“IoT牛”誕生!?

手のひら上で一頭ずつの健康管理がもうかる仕組みづくりに

酪農・畜産分野のIT導入が進んでいる。中でも注目は、乳牛・肉牛のいわば“IoT(モノのインターネット)”化だ。飼育牛にセンサーを付けてその動きをデジタルデータとして捕捉、AI(人工知能)を併用し、繁殖や肥育、病気の予防に役立てる。旧来的な飼育現場にITが入り込むことで、酪農・畜産の世界も大きく改革が進みそうだ。酪農・畜産のIT化、そして来たる「牛のIoT化」の姿を追う。

 「スマートフォンを見るだけで、牛の健康状態を示すデータがぱっと確認できる点がすごくいい」

 オホーツク海に面した北海道紋別郡興部町。この地で牛を飼育している有限会社パインランドデーリィの松村孟(はじめ)専務取締役はこう語る。同社は酪農に加えて、敷地内に乳製品の工房を建設。牛のふん尿を活用したバイオガスプラントを建て、さらには地元農家と協力して牛の飼料を生産・販売する会社も運営している。

牧場の業務をITで改革

 多角的に事業を展開している松村専務が進めているのが、ITの活用による“飼育の業務改革”である。パインランドデーリィでは2016年春に、スマホから操作できる牛の管理用ソフトウエアを導入した。

 管理する牛は合計で約1250頭。スマホを見ながら牛の目の前で状態を記録。記録後は牛のデータを横断的に確認しつつ、いつどの牛にどんな世話をするか、作業の進め方を検討する。

パインランドデーリィではスマホから操作できる牛の管理用ソフトを導入した(写真提供:ファームノート)

 今ではスマホを所有している同社のスタッフ全員が、牛のデータを手元から確認している。「入力作業の省力化が実現できるし、スマホですぐに個体のデータを参照できる。牛の管理がとても楽になった。このためにわざわざスマホを買ったスタッフもいるくらいだ」と松村専務は語る。ソフトウエアの導入後は、紙やホワイトボードによる牛の管理は止めたという。

 松村専務は、「牧場にITはもはや欠かせない存在だ」と強調する。

 パインランドデーリィが導入したのは、牛の管理用ソフトウエア「Farmnote(ファームノート)」だ。開発元のファームノートは酪農・畜産向けクラウドサービスに特化したITベンチャーで、北海道帯広市に本社を置く。帯広市がある帯広平野は日本でも有数の酪農地帯である。

 Farmnoteの最大のポイントは、スマホやタブレットから牛の情報の入力・確認が可能なこと。先のパインランドデーリィのように、農場の作業者は牛舎を見回りながら、牛の情報をスマホの画面から入力したり確認したりする。管理者は入力された情報を見て分析することで、牛の管理を効率化したり、飼育の改善に役立てたりと、様々な用途に展開できる。

しっかり記録すれば、発情期を見逃さない

 牛の飼育で重要なのは、21日周期で起きる雌牛の発情期を見逃さないことだ。挙動が落ち着かなくなる、あるいは「スタンディング」といった明らかに発情している様子をとらえて、人工授精させる(種付けする)のだ。

 乳用牛にしても、肉用牛にしても、雌牛の人工授精、妊娠、出産というサイクルをうまく回すことが経営における最大のポイント。妊娠によって母乳が出て、個体が増えるからだ。つまり、発情期を逃さずとらえて授精させることが、牧場の売り上げアップの必須条件といえる。

 「同じ第一次産業でも、酪農・畜産が園芸農家などと違うのは、飼育している牛1頭が高い資産価値を持つことだ。そのため、酪農・畜産はしばしば装置産業にたとえられる」。ファームノートで営業戦略を担う下村瑛史セールスストラテジー北海道・東日本セールスマネージャーはこう語る。

 牛の種類にもよるが、購入価格は1頭当たり80万円から100万円、質の高い牛であればそれ以上になる。そのような価値を持つ“製造装置”を維持して、うまく生乳や子牛を“生産”するというのが、酪農・畜産の業務の本質である。

 ところが通常の工場とは異なり、牛は生き物である。発情している時間は10時間から16時間と言われているが、必ず21日間隔で同じ時間帯に起きるとは限らない。管理対象の牛が200頭、300頭と数が多くなればなるほど、見逃してしまう確率が上がる。

 見逃すと次の発情期を待つことになるが、酪農・畜産の分野では発情を1回逃した場合、約3万円のロスが生じるとされる。牛の餌代は1日当たり800円前後。それに人件費や水道光熱費などを足して、21日分積み上げると約3万円になる。

 ある程度分娩回数をこなした雌牛を見極めて、肉用にする判断も欠かせない。分娩回数をこなすと乳量が減り、受胎しづらくなる。飼育コストに対する経営効果が見合わなくなるからだ。

 ITを導入していない牧場では、こうした牛の記録・管理には紙の台帳や表計算ソフトを使うケースが多い。これらの場合は、記録、確認、集計時に手作業が入るため、正確性や即時性を追求するには限界がある。結果として管理が行き届かず、生産性の向上が図りにくい。

 Farmnoteは、このような牛の飼育の現場で生じている課題に着目して開発された。まず、現場における記録作業を簡素化できるように「発情」「種付」「妊娠鑑定」といった活動内容を、牛を目の前にしたその場で画面表示に従ってすぐに入力できるようにした。

活動内容の登録画面例(写真提供:ファームノート)

 「ストーリー」という個々の牛の履歴を確認できる機能も役に立つ。この機能では、画面上で時間軸に沿って牛の活動が表示される。フィルター機能を使って絞り込むことで、人工授精を行う授精師なら直近の発情履歴を、あるいは獣医なら治療履歴をといった具合に、それぞれの業務内容に沿った情報が確認しやすくなっている。

 作業のタイミングの見逃しを防止する機能も搭載した。作業者が入力した牛の記録情報を基に、「種付後の妊娠鑑定」「乾乳予定日」「分娩予定」など、節目となる作業予定を自動で作成し、スケジュール画面に表示する。妊娠鑑定は40%程度とされる牛の受胎率に準じて妊娠しているかどうかを見極める作業である。乾乳とは分娩前にその牛から乳を取るのを止めて、分娩に備えて牛の体力を温存することを指す。

 パインランドデーリィの松村専務取締役は「この機能が非常に役に立っている」と強調する。「以前は紙の帳票を見ながら作業していたが、漏れが生じがちだった。Farmnoteを導入して、作業の精度が格段に上がった」(松村専務)。

 乾乳予定日が近い牛、分娩予定日が近い牛、妊娠しにくい牛、病気の回数が多い牛といった具合に、条件に応じて牛をソートあるいは集計し、集中的に管理すべき牛を洗い出す機能もある。牛の血統の情報を入力できるようにし、血統ごとの乳量や病気の発生度合いを分析している農家もあるという。

 いわば“牛の数字”を「見える化」する機能である。パインランドデーリィの松村専務は「数字が見えるというのは、経営判断に非常に有効だ」と語る。Farmnote上では、例えば「半年後に分娩が予定されている牛の総数」といった経営判断に関わる数値が確認できるので、いつ牛舎を建てるべきかといった投資計画が立てやすくなったという。