経営安定、新規参入を後押しする「収入保険」

天候不順や価格変動による収入減をカバー

台風や冷害、雪害など、自然災害が起こるたびに話題となる農家の被害。天候という人間にはどうにもならない事象が相手なだけに、その苦労は計り知れない。そうした被害に備えて、これまでも農業共済組合による保険制度(農業共済)はあったが、2019年からはそれに加えて「収入保険制度」が導入される。天候不順による収入ダウンというリスクを軽減できれば、大手企業による農業事業への参入も進みやすくなるだろう。新しい制度の狙いと、これまでの農業共済との違いについて、国内外の農業保険に詳しい農林水産政策研究所の吉井邦恒総括上席研究官に聞いた。

農林水産省 農林水産政策研究所の総括上席研究官(食料・環境領域長)を務める吉井邦恒氏

 農業のように自然に左右される産業の場合、農家の経営努力に反して、年によって収穫量や収入の差が生じやすくなるのが実情だ。そのため世界全体で見ても100カ国以上がなんらかの農業保険制度を導入している。

 「日本の農業保険のように、ほとんどすべての自然災害による被害を対象に農業保険を行っている国は、日本のほか、米国、カナダ、フランス、スペインなど、少数に限られています」と吉井氏は語る。多くの国では、雹や霜などの特定リスクを対象にした保険や、降水量や気温などのデータが上下することで支払いを行うインデックス保険が中心だ。

 日本の農業保険は農業共済組合が運営している。1947年以来、約70年の歴史を持つ。同年に制定された農業災害補償法に基づき、自然災害などによる収穫量の減少を補填する農業共済(農業災害補償制度)がそれだ。ただし、対象が台風や冷害などの自然災害を原因とする収入減少に限られていた。

 2019年から導入される収入保険制度は、それ以外の価格下落などによる収入減少に広く対応しようというものだ。

収穫量ではなく年間収入が保険の対象に

 では、なぜ新たに収入保険制度が必要になったのだろうか。その大きな理由の一つは、既存の農業共済では対象となる農作物に制限があったことだ。「農業共済の対象となるのは、水稲、麦、大豆、ビート、果樹など一部に限られていました。しかも、水稲と麦に関しては一定面積(例えば水稲の場合、都府県では20~40アールの範囲内で知事が定める面積)以上を耕作する者は、加入が義務付けられています。その一方で、多くの農家にとって重要な収益源になっている野菜の多くは対象外です」(吉井氏)

●共済事業の種類と対象品目
事業種類 対象品目
農作物共済 水稲、陸稲、麦
家畜共済 牛、豚、馬
果樹共済 うんしゅうみかん、りんご、なし、ぶどう、うめ、もも、かき、おうとう、いよかん、キウイフルーツ、なつみかん、すもも、くり、びわ、パインアップル、指定かんきつ
畑作物共済 てん菜、大豆、ばれいしょ、たまねぎ、さとうきび、小豆、そば、いんげん、かぼちゃ、スイートコーン、茶、ホップ、蚕繭
園芸施設共済 特定園芸施設(ビニールハウス等)
出典:農林水産省資料

 その結果、品目別の加入率を見ると、米や麦は90%以上と大多数が加入している一方で、畑作物は67.6%、果樹は24.4%にとどまっている。

農林水産省調べ
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 果樹の加入率が低い理由については、収穫量と収入の乖離の大きさと、品種によっての価格差が挙げられる。

 「たとえば、天候不順でリンゴの糖度が不足してしまった場合、収量は変わらなくても農家の収入は減ってしまいます。農家としては1個何百円もする高付加価値のリンゴが半分の価格になれば損失を補填してほしい。ですが、それに対応できていませんでした。公的な保険ですから、同じ地域となると農家ごとに補償する価格設定に大きな差をつけるのは難しかったのです」

 しかし、年間の収入全体を基準にする収入保険ならば、そうした問題は解消される。しかも、農産物ならどんな品目でも対象になる。今後は、シャインマスカットのように、高付加価値でさらには輸出も視野に栽培しているような作物の生産農家にも収入保険を活用してほしいと吉井氏は期待する。

災害以外の価格変動にも対応する

 収入保険への加入は青色申告をしている農家が対象で、過去5年間の平均収入を基準にして収入の減少分を補償する。ただし、肉牛、肉豚については、畜産農家を対象にした他の手厚い保護がすでにあるため対象外だ。

 では、どのくらいの農家が対象者となるのだろうか。吉井氏によると、「統計によって差があるのですが、全国の農業経営体は農林業センサス(2015年度)によると約140万あります。そのうちで青色申告をしている農家は約43万戸ですから、1/3近くは対象になるでしょう」。

 今後、各農家は、新しい収入保険へ移行するか、従来型の農業共済のままでいくか、どちらかを選択することになる。農業共済については、米と麦の義務加入は廃止され、現在90%以上ある米と麦の加入率が減ってしまう可能性もある。

 それに対し、吉井氏は次のように語る。「災害対策を考えれば、無保険はどうしても避けたいところです。経営規模が拡大すればするほど、保険の恩恵は大きい。一方で今後は、よほどの事態でない限り、災害時に国から補助金を出すことはなくなるでしょう。災害が起きても国が補償してしまっては、保険に入るメリットがなくなってしまうからです。ですから、新しい収入保険のメリットをアピールする必要がありますし、政府も加入の促進に力を入れています」

 また、TPPの発効によって、今後は農作物の価格変動が大きくなることが予想される。災害以外の外的要因による収入減少にも対応できる収入保険の意義は大きいだろう。

農家にとって大きなビジネスチャンスに

 収入保険の仕組みは、年間の収入が基準収入(過去5年間の平均収入)の9割を下回った場合に、下回った額の9割を補填するというもの。「掛捨ての保険方式+積立方式の組み合わせ」を基本としているが、保険料を抑えられる「掛捨て方式」も選択できる(保険料については50%、積立金については75%の国庫補助がある)。

●収入保険制度の補填方式
収入保険制度の補てん方式
出典:農林水産省「収入保険制度の導入について」
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 農林水産省がモデルケースとして紹介しているのは、基準収入が1000万円の農業者の場合(補償限度9割(保険8割+積立1割)、支払率9割を選択したとき)。29.7万円(保険料7.2万円と、積立金22.5万円)を用意すれば、万一収入がゼロになっても、保険方式の場合720万円、積立方式の場合は810万円の収入が確保される。

 補償限度や支払率の水準も選択できる。小規模農家にとっても大規模農業法人にとっても使いやすい形で活用できるのが魅力だ。

 ただし、メリットばかりでもない。前述のとおり、収入保険は青色申告の結果がベースとなる。そのため確定申告が行われる翌3月を過ぎないと支払額が決まらず、支払いが3~6月ごろになってしまうのだ。

 「災害が起きたら、すぐにもお金が必要だという農家は必ず出てきます。そうした農家のために、つなぎ融資が行われることになっています」(吉井氏)

 とはいえ、収入減がある程度保障されることから、農家にとって新しいことにチャレンジする余裕が出るというのは最大のメリットだろう。規模を拡大して販路や品目を増やしたい、有機栽培に取り組みたい、輸出も視野に入れ高付加価値な品目の導入に取り組みたいなど、新しいことをしようとする農家にとっては、収入保険という下支えによってリスクが減るからだ。大手企業にとっても、農業事業参入への大きな後押しとなることは間違いない。

 新しい収入保険は2018年10~11月に加入申請を受け付け、2019年1月から保険期間の開始。初年については、2019年1~12月分の確定申告の収入金額にもとづき、2020年3~6月ごろに保険金の支払いというスケジュールになる。制度は4年後に見直される。それまでにどのような結果がもたらされるか注目したい。