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「日本の農業」の未来を左右する新しい農薬づくり

ジェネリック農薬が農業のコスト削減に貢献

政府主導で進む農業改革の中で、生産コストの削減に注目が集まっている。農業再生のためには農機、肥料、農薬、飼料など様々な資材の価格を下げる必要があるが、なかでも農薬に関してコストダウンに向けた新しい動きが出てきた。開発費を抑えられるジェネリック農薬にも注目が集まっている。

写真:木村 輝

 「コストダウン」――ビジネスパースンにとって逃れたくても逃れられないキーワードと言えばこの言葉ではないだろうか……。日頃、上司からうるさく言われている、もしくは部下に対して指示しているという人も多いだろう。このコストダウン、農業の分野においても今いちばんホットな話題であり、政府主導で進む農業改革もコストダウンがメーン・テーマとなっている。

 今後「日本の農」が産業として成長するためには、コストの削減は喫緊の課題だ。逆に、コスト削減をうまく進められれば、もともと安全性や品質の面で海外から高い評価を受けている国産農産物の競争力は高まる。

 農業にかかるコストの中でも、農機、肥料、農薬、飼料といった資材の価格について、JAグループでは全国農業協同組合連合会(全農)が中心となって、これらの資材価格を引き下げる取り組みを急いでいる。

 とりわけ、開発に膨大な費用が掛かるといわれる「農薬」のコストダウンは真っ先に着手すべき課題の一つだ。

 そもそも農薬の開発には、一つの新しい農薬を実用化するために10年以上の長い時間と膨大な開発費を必要とする。害虫や病原菌、雑草に対する薬効があればいいというわけではなく、人間や家畜への安全性や毒性、作物に対する残留物や環境への影響などを徹底的にチェックし、一つひとつ潰していかなければならない。例え優れた薬効を示す有効成分が見つかったとしてもそのうち実用化され、実際に使われるものはわずかしかないのが現状だ。

コストダウンの中でも特に重要な「農薬」。大別すると、害虫を駆除する殺虫剤、病原菌から守る殺菌剤、雑草を枯らす除草剤、の三種類に分かれる。(写真:木村 輝)

農薬開発は莫大な投資を伴う一大プロジェクト

 農薬に関する調査会社の英フィリップス・マクドゥガルによると、1995年には研究段階で5万種類ほどの有効成分から1つの農薬が実用化できたが、2010年以降では約16万種に1つしか実用化できていないという。そもそも難しかった開発が今ではいっそう困難なものになっている。

 一つの農薬が実用化されるためには、探索・開発から、毒性や安全性、環境への影響調査、登録審査のための試験費用などを含めると数百億円になるという試算もある。実用化までにかかるコストは、一つの医薬品を開発するための金額と差がないとまで言われている。

 メーカーが入念な試験を繰り返して実用化レベルにまで磨き上げると、次に待っているのが各国政府による審査だ。人間や動物への毒性や安全性、環境への影響、残留特性、安全な使用量などを徹底的に調査し、安全だというお墨付きが必要となる。農薬の製品化は長い時間と膨大な投資を伴う気が遠くなるような一大プロジェクトといえる。世界の名だたる農薬メーカーが、スイスのシンジェンタ、ドイツのバイエル、アメリカのモンサントなど、種苗や医薬品、化学の世界でも幅を利かせる巨大企業ばかりというのもうなずける。

「ジェネリック農薬」はコスト削減に大きな効果が見込める

 そこで最近話題になっているのが、「ジェネリック農薬」だ。農林水産省も2016年度内に農薬取締法の運用を見直してジェネリック農薬の普及に乗り出す方針を明らかにした。ではジェネリック農薬とはどういうものなのだろうか。医薬品の世界では「ジェネリック医薬品」がかなり身近な存在となっているが、それと同様に特許が切れた有効成分を使った農薬で、後発メーカーが作ることが多いため「後発農薬」などとも呼ばれる。

 全農もこの「ジェネリック農薬」が農薬のコスト削減の“切り札”になると見て、調査、研究を進めている。肥料農薬部では、「開発費のコストが低く、価格を安く抑えられるためオリジナルの農薬に比べて30%ほど価格が下げられる可能性がある」と見ている。一つのジャンルでジェネリック農薬が実用化されると、そのジャンルで競合する農薬の価格も下がる可能性があり、「波及効果は大きい」(前出・肥料農薬部)。

 JA全農ではかつて、「ペンコゼブ」と「ジェイエース」という2つのジェネリック農薬を開発した実績がある。

 前者の「ペンコゼブ」は国内第一号のジェネリック農薬で、1995年に発売された果樹・野菜など園芸作物用の殺菌剤だ。オリジナル品の有効成分は「マンゼブ」というもので、当時のオリジナル品に比べて約17%の価格引き下げを実現した。後者の「ジェイエース」は園芸作物用の殺虫剤で、2003年に発売された。オリジナル品の有効成分「アセフェート」を使ったもので、こちらもオリジナル品よりも約15%安く提供された。どちらも競合製品の価格引き下げにつながり、ジェネリック農薬が同じジャンルの農薬全般に対してコスト削減効果を持つことは過去に実証済みだ。

 農薬には、水稲と園芸作物のそれぞれについて除草剤、殺菌剤、殺虫剤の3種類に分かれ、合計で6つのジャンルがある。全農ではこの6つのジャンルについて「インパクトの大きなところを選びジェネリック農薬の開発に注力していく」(前出・肥料農薬部)ことになる。国により大幅な農薬登録制度の規制緩和が進んだ場合、全農では将来10種類ほどのジェネリック農薬を開発することを目指している。

国産ジェネリック第一号の「ペンコゼブ」(左)と第二号「ジェイエース」(右)

ジェネリック農薬の開発に必要なこととは?

 ただ、現状では日本におけるジェネリック農薬のシェアは「約5%と低い」(全農)。海外は30%程度という試算もあるので、ジェネリック農薬の導入に関してはかなり遅れを取っていると言ってよいだろう。それではジェネリック農薬がもっと国内で開発され、多くの製品が実用化されるようになるためには何が必要なのだろうか?

 ジェネリック農薬を導入しているEUを例に見ていこう。

 EUでは登録された農薬は「有効成分と不純物の組成」(原体組成)を定めることで管理されており、有効成分の含有量および一部の不純物は公表されていて、他のメーカーからも農薬の品質がわかりやすい仕組みであり、ジェネリック農薬の開発がしやすくなっている。一方、日本では、有効成分含有量と農薬の製造方法を定めることにより管理されているが、全ての情報は非公開となっている。

 国が2017年(平成29年)4月以降に導入予定の制度では、新規登録農薬についてはEU並みの原体組成が設定されるとしているが、既存登録農薬の原体組成の設定は、メーカーの自主判断に委ねられており、全く目途が立っていない。日本におけるジェネリック農薬の開発促進のためには、特許のみならず農薬安全性データの知的所有権における有効期間を諸外国並みに設定するとともに、短期間に主要農薬の原体組成を設定し、広くジェネリック農薬の開発が進む環境を整える必要がある。

EUと日本の農薬体管理方法の違い
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国により大幅に規制緩和が進んだ場合、将来10種類のジェネリック農薬開発を目指す全農

全農の農薬開発を担う 営農・技術センター 農薬研究室の今井克樹室長。(写真:木村 輝)

 もちろん全農は、オリジナルの農薬の開発にも力を入れている。農薬を続けて使うとその農薬が効かない、いわゆる“抵抗性”を持った害虫や病原菌などが出てくる恐れがある。農業生産の現場としては、「農薬の開発は、これらの虫や菌とのいたちごっこ。だからこそ手持ちの薬剤を増やし、複数の農薬を組み合わせてローテーションしながら使っていく必要がある」(全農における農薬技術研究の要となる営農・技術センター 農薬研究室の今井克樹室長)。

 安心して使える農薬の種類を増やすためには、農薬の開発をジェネリックとオリジナルの両面から進めることが重要になってくる。全農では、農薬研究室が中心となって両者の開発を同時並行で進めていく。

平塚にあるJA全農の営農・技術センター。ここでは害虫を飼育し、農薬の効果を測定している。(写真:木村 輝)

物流面でのコスト改革も同時進行

 全農では、物流面でもコストダウンの取り組みを進めている。その代表的な例が、広域物流センターを構築することによって農薬の流通経路をシンプルにする取り組みだ。

 従来は、メーカーの工場からメーカーの倉庫、県ごとの倉庫、JA・資材店舗を経て農家に届く多段階輸送だったが、この段階を減らしていく。メーカーの工場から全農が運営する広域物流センターに配送し、そこから農家に直接届ける仕組みに変え、農家からの注文も各県本部や地域JAから広域物流(受注)センターに集中させることにより、JAグループ全体のトータル物流コストの削減を図る。

 この改革は2012年に稼働して大きな成果を挙げている「北部九州広域物流センター」が一つのモデルとなる。次は2018年の12月稼働で、中四国8県を結ぶ広域物流センターの構築を計画している。

 さらに、農薬パッケージの大型規格化もこれまで以上に進めていく。

 2007年からスタートした1ha(ヘクタール)用10kgの大型規格は、地味ではあるが、最大で10%程度のコスト削減につながった。大型規格が登場するまで、農薬は10a(アール)用に1kgの小型パッケージで販売されていた。2015年の時点では、10kgの大型規格は全農が扱う農薬の総売上のうち14%を占めるようにまで成長した。さらにメーカーの工場から農家に直送する5ha(ヘクタール)用に50kgの超大型パッケージも2014年にスタートさせ、大規模農家向けに効果を上げている。全農では、これらの大型パッケージの品目を今後も充実させることで、さらなる農薬のコストダウンにつなげる狙いだ。

 JAグループのコスト削減のための改革はまだ始まったばかり。国ぐるみの改革とJAの技術力と流通革命が、農家にとって不可欠となる農薬のコスト削減に大きな影響を与えることは必至といえる。

広域物流センターを中心に農薬の物流を単純化してコストダウン。SPはStock Pointの略。
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