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室内・ベランダ・屋上を使った都心部の新型農業

「マイクロファーミング」の最新事情

マイクロファーミング――。室内、ベランダ、屋上、庭といった限られた狭いスペースを使って野菜などを作る、特殊な農業のあり方を指す言葉だ。このマイクロファーミングが、近い将来、“農”のかたちを大きく変えるかもしれない。ここではIoT(Internet of Things)技術を駆使した水耕栽培器、ビルを丸ごと農園にしたオフィス、木造住宅の屋上にミニ菜園を作る動きなどを見ていく。

 「foop」と名付けられた、ちょっとスタイリッシュな家庭用水耕栽培器がひそかな人気を集めている。値段は4万8500円と決して安くはない。同じサイズの他の水耕栽培器の2倍近くになる。しかも、期間限定での注文販売でしか買えない。欲しくてもなかなか手に入れることができない“レアもの”なのだ。

 このfoop、単なる水耕栽培器ではない。コンピューターの頭脳に当たるマイクロプロセッサーとメモリー、各種センサーを備え、インターネットとも接続できる。いわばIoT技術の粋を集めた“ミニミニ”植物工場だ。IoT時代のマイクロファーミングを象徴する製品と言ってもよい。

飛騨産の木材をあしらったfoop

スマートフォンで野菜の生育状況が分かる

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 foopは、レタスやハーブなどの野菜を育てる栽培室の中の水の量、温度、湿度、照度、二酸化炭素濃度などを常に計測し、メモリーに記録している。ユーザーはスマートフォンに専用アプリをダウンロードしておけば、どこにいてもインターネット経由で野菜の生育状況を逐一把握できる。プロ農家並みか、それ以上のきめ細かい生育管理ができてしまうのだ。さらに、facebookにはfoop専用の窓口がある。そこにデジカメで撮った野菜の状況を送れば、野菜生育のアドバイスをもらえる。もちろん、foopを持つ人同士がネットを通じて交流もできる。

 野菜生育コンピューターとも言えるfoopだが、冷たいIT機器のイメージはまるでない。例えば、foopのきょう体の一部には飛騨産のブナ材を使っている。3枚の目が異なる板を接ぎ合わせた上に高品位な表面処理を施すことで、木の返りを防ぐとともに自然の風合いを生かしている。人気を集めている秘密はこういうところにもある。この製品を手がけたデルタ電子IoT事業開発部General Managerのシェ・ユンホウさん(以下、通称のマーベリックさん)は、「日本でしか作れない、徹底的に上質な製品になるように心がけました」と笑う。

デルタ電子は台湾を本拠地とする大手電子機器メーカーで、さまざまな電源装置で世界的なシェアを持つ。同社IoT事業開発部を率いるマーベリックさん

 2016年9月に始めた100台の注文分はわずか5日で完売。追加で用意した50台もすぐに売り切れた。現在のところ、大量生産は考えていない。「責任を持って品質の高いものを出したいので、今は受注販売というスタイルしか考えていません」とマーベリックさんは語る。飛騨の天然木の準備だけで4カ月かかる。そうそう簡単には量産できない事情もある。しかし、日本のユーザーからの引き合いは強く、海外からも製品を求める声が届いている。今後の水耕栽培器の方向性を決定づけ、室内での野菜づくりが当たり前という時代の先駆けになる可能性を秘めている。

foopで使うスマートフォンのアプリ画面。栽培室の中の環境を外出先から知ることができる。

オフィスビルを丸ごと農園化

 “ミニミニ”植物工場とは対照的に、オフィスビル全体を農園にしてしまったのが総合人材サービス大手のパソナグループの本部ビルだ。これも都市における新しい“農”のスタイルを提案する例だろう。東京駅八重洲口からほど近いところにあるこのビルは、2010年にできて以来、都心にある緑のランドマークとして内外から高い評価を得ている。ビル内に一歩足を踏み入れると、そこには驚きの空間が広がる。一階には水田があり、受付近くの天井からは瓜やゴーヤが実をつけ、奥にはとうもろこし畑、応接室には大玉のトマトが実る。社内食堂で供されるレタスやサラダ菜などの葉物野菜を育てる植物工場も備えている。

パソナグループ本部が入るオフィスビル。東京駅八重洲口からほど近いところにある緑のランドマークだ。応接室では大玉トマトを育てている

 パソナグループではこのビルのことを「アーバンファーム」と呼び、グループの農業ビジネスを推進する子会社「パソナ農援隊」がその管理・運営を担っている。ビルを丸ごと農園にするために、さぞ先進的な技術や設備を駆使しているのではないか、と思うかもしれない。しかし、一部のものを除けば、比較的手に入りやすいものが使われている。パソナ農援隊の佐藤元信アーバンファーム事業部長によれば、野菜や樹木に水を供給する自動灌水(かんすい)装置についても一つのエリアごとの初期投資は5万~10万円ほどで済む。植物工場についても最新式のLED照明ではなく、蛍光管照明を使って「初期投資を抑えている」(佐藤さん)。難しいのは管理だが、オフィスにいる社員全員が農作物を育てる当事者になることで問題なく運用できている。社員の意識付けと運用ルールさえできれば、オフィスの菜園化はそれほど難しくないという。

 オフィス内に菜園があるメリットは大きい。「社員の8割が“癒やされた”感覚をいだき、仕事の効率化ができている」と佐藤さん。このアーバンファームに刺激を受けて、オフィスの緑化・菜園化を進めている事例も既にある。近未来のオフィスビルは菜園を備えているのが当たり前になるかもしれない。

木造住宅の屋上にも菜園化の波

 建物の屋上を菜園化する動きも広がっている。屋上緑化は都心のヒートアイランド現象を抑える切り札になるという見方もあり、都心のビルで屋上庭園を備えるところは珍しくなくなっている。最近では、都市圏の中で個性的なミニ菜園が開設され、話題になることが増えてきた。商業施設の屋上で貸農園を展開する「まちなか菜園」(運営:東邦レオ)はその代表的な例だ。ここでは都市住人が、通勤前や会社帰りに寄って土いじりをしたり、週末の畑仕事に精を出したりする。SNSが普及し、自分のライフスタイルを発信したいと考える人が増える中、菜園は魅力的なコンテンツになっているようだ。

 こういった屋上菜園の波は木造住宅にも及ぶ。屋上緑化のトップランナーである東邦レオの子会社innovationでは、2016年10月から新築の木造住宅設計のオプションとして屋上菜園を取り入れた。防水や荷重に強い設計ができるようになり、コストダウンも進み、屋上菜園が作れるようになったというのだ。東邦レオでは今後は木造住宅にも屋上を作り、そこで菜園を楽しむ人が増えるとみている。

木造住宅の屋上にもミニ菜園を作れる

人と人の絆をつむぐ“農”とは

 ここで紹介した3つの例は、いずれもまだ大きな流れを生み出しているわけではない。今のところ、マイクロファーミングの萌芽にしかすぎない。しかしながら、野菜は畑や菜園で作るものという農業の常識をはっきりと覆す。室内であれ、屋上であれ、どこでも野菜作りはできる。そして、そこで作った作物はただ生産し、消費するだけのものではない。作り育てることが、暮らしの中で張りや癒やしをもたらし、人と人の絆まで育てる。マイクロファーミングが、これまでとは違う新しい“農”のかたちを生み出すのはどうやら間違いなさそうだ。