ICTやソフトウエアの利用、開発において、国境はないに等しい。一個人の開発した技術がインターネット上に公開され、世界各地のエンジニアやユーザーに驚きをもって迎えられることがある。未踏に採択されたプロジェクトには、そうしたインパクトや可能性を秘めたアイデアが極めて多い。未踏をバネにし、ICTやソフトウエアの力で、世界を変えることができるのか。基盤的なソフトウエア技術を自在に操る、基本ソフトウェア分野のスーパークリエータ4人が持論を展開した。

温めていたアイデアやイメージを形にする

―未踏に採択されたプロジェクトは、どのようなものでしょうか。

久保田氏:スケッチブックに絵筆で描いたイラストのようなプログラムを描くことのできる「Crowkee(クローキー)」というシステムを開発しました。イメージは、レオナルドダヴィンチが遺したノートです。今にも飛び立ちそうな飛行機やヘリコプターの絵、そして注釈がびっしり描き込まれたノートが、私には一種のプログラムのように見えました。何か好きな絵を描いて、そばに何行かメモを書くと、その絵全体がプログラムとして機能し、動き始めるシステムの開発・実行環境です。その着想を基に、2006年ころからJavaScriptでプログラムの開発を始めました。

荒川氏:私が採択されたプロジェクトは、Windows環境においてデータを簡単に管理するためのシステムです。データ管理には、「重要なデータを消失させないようにデータをバックアップする」「任意の過去の状態にデータを戻せるようにバージョン管理を行う」「第三者にデータを読み取られないよう暗号化する」といった作業があります。これまでにも、そうした用途のツールはあったのですが、Windowsを使う一般的なユーザーにとって使いやすい仕組みではありませんでした。
 ですから、ユーザーにデータ管理そのものを意識させず、いかにデータが管理されている状態を実現するかを一番のテーマに掲げました。このデータ管理システムを使うと、ユーザーはWindows上の仮想ドライブに対してエクスプローラ等でファイルを保存するだけで、データのバックアップや暗号化、バージョン管理など、理想的なデータの管理状態を作り出せます。

伊藤氏:私と川田は2人で、「オープンデザインコンピュータプロジェクト(Open Design Computer Project)」に取り組んでいます。市販のコンピュータをしのぐ性能を持った、低消費電力のコンピュータを一から作るプロジェクトです。そのコンピュータの仕様をオープンに公開することで、多くの方々の手を経て、さらによいコンピュータに改良してもらいたいと考えています。

川田氏:このプロジェクトでは、伊藤がハードウエア担当で、FPGA(Field-Programmable Gate Array)という汎用性の高い集積回路上に、データを処理するプロセッサの機能を実装しました。従来のプロセッサにおける非効率な部分を、抜本的に見直しています。命令セットレベルから開発した独自のプロセッサなので、私が開発ツールであるCコンパイラとアセンブラの移植、シミュレータの開発などソフトウエアを担当しました。

―今は、どのような事業やプロジェクトに携わっているのでしょうか。

久保田氏:現在は、Crowkeeの技術をベースに開発した、Webコラボレーションサービス「SaasBoard」のビジネスを展開しています。離れた場所にいる人達が、仮想的な1つのホワイトボード上に文字や絵、動画など、多様な形式のコンテンツを同時に書き込みながら、コミュニケーションできるため、商談や会議など様々なビジネスシーンや遠隔教育の場面で活用されています。

荒川氏:先述したデータ管理の仕組みを縁の下を支えているのが、「Dokan」というWindows版のユーザーモードファイルシステムライブラリです。このライブラリは誰でも使えるオープンソースソフトウエア(OSS)で、これを使って色々なプロダクトを作ることができます。世界中のユーザーが利用していますが、私自身も企業向けのオンラインストレージサービスの開発に活用しています。企業間において、文書や動画を安全かつ簡単に受け渡しできるストレージで、クラウドコンピューティングの普及を背景に引き合いが増えています。

「未踏」が開発や事業化にもたらすメリット

―未踏にチャレンジしてよかった点は何でしょうか。

伊藤氏:市販されているプロセッサやOSのほとんどが、企業による莫大な投資で開発されたものです。私は中学時代から電子工作が好きで、いつかは自分の手で開発したいと思っていましたが、技術的にも資金的にも大きな壁がありました。未踏に採択されたて金銭的な支援が得られなければ、現在、このようなデモができるコンピュータは作れなかったと思います。

川田氏:応募したことが、自分にプレッシャーをかけて、一定水準以上のシステムを開発しようと追い込むきっかけになりました。筑波大学には、スーパークリエータに選ばれた先輩が多数いて、未踏への挑戦にはもともと憧れもありました。

久保田氏:私の場合、よかった点は2つあります。1つ目は、個人的に開発していたCrowkeeを未踏プロジェクトで取り上げてもらい、開発を進める自信や新たなモチベーションが湧いてきたこと。2つ目が、ベンチャー企業でビジネスを展開する上で、未踏で評価されたことが非常にプラスに作用していることです。
 日本では我々のようなベンチャー企業がサービスを提案しても、なかなか信用してもらえないのが実情です。しかし、『これはIPAの未踏プロジェクトで選抜された技術が使われています』と言うと振り向いてくれます。事業の基盤となる信用を得ることができました。

荒川氏:未踏をきっかけに、数多くの仲間を得たことが大きな収穫です。プロジェクト中の会議などの場でアイデアを共有し、どんどん膨らませられたのは本当に得難い経験でした。また、私もベンチャー経営者として、ビジネス上で非常に受けがよいと実感しています。展示会などでも興味を持ってもらうことも少なくありません。

伊藤氏:印象に残っているのが、PMからの指摘でした。「コンピュータの中味を分かりやすく伝える教育用途を目指すのか、それとも性能強化を狙うのか」と問われ、「自分達が欲しいと思う機能や性能を追求していこう」という初心を再確認できました。

ソフトウエアやネットワークで世界とつながる

―ICTやソフトウエアは、皆さんの人生にとってどんな価値を持つのでしょうか。

久保田氏:私にとってソフトウエアは、身体能力や表現力など、人間の能力を拡張してくれる「パワード・スーツ」のようなものです。私の開発したツールを使った方が、次のように仰ったことがあります。「自分は絵なんて描けないと思っていたけれど、このソフトを使うことで自分も絵が描けるんだと分かりました」と。
 この言葉は、今でも私にとって大きな励みになっています。Crowkeeは手の能力を拡張して、表現することの楽しみを教えてくれます。WebコラボレーションサービスであるSaasBoardを使えば、離れた場所にいる人達が、ビジュアルコミュニケーションで気持ちを伝えられます。従来できなかったことができるようになるソフトウエアを、多くの人に使ってもらえたらうれしいです。

川田氏:ICTは、世界を変えることのできる道具だと思います。今回のプロジェクトは、OSSで開発しているので、プログラムが読めて、ボードなどの開発環境さえあれば、誰でも利用できます。ライセンスも厳しくないので、個人でも、企業でも使えるのが特長です。
 OSSにした理由は、様々な人に使ってもらうことで、自分で見落としていた可能性に気づけるからです。ICTの技術やソフトウエアを特定の人が囲い込むのではなく、多くの人たちの手を通じて、これからさらに発展させていきたいと考えています。

伊藤氏:普及するICTの中でも、インターネットは私にとって特に重要な存在です。開発したものをオープンに公開することで、それを利用してもらうことができ、その中からさらに誰かがアイデアや機能を付加してくれたりします。ソースコードは世界共通言語です。これからも積極的にインターネットを使って情報発信したいと考えています。

荒川氏:ソフトウエアは私にとって、自由度の高いデザインツールですね。現在世界中で、「データの管理を効率化したい」「24時間365日ノンストップでスケーラブルなストレージを運用したい」といった需要が急速に伸びています。そうしたニーズに応えるソリューションをどのように実現するのか。それには、解をデザインするソフトウエアの力が欠かせません。私は、ソフトウエアを武器に、世界に打って出ます。挑戦を前にして、今まさにワクワクしているところです。

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