



小川 ソーシャルメディアの急成長に代表されるように、消費者を取り巻く情報環境は大きく変わりつつあります。かつて、情報面では企業が優位に立っていましたが、いまでは消費者と企業とのパワーバランスも変化しています。企業はいま一度、ビジネスとマーケティングのあり方を再検討する時期に来ているのではないでしょうか。
一方、日本企業の現状を見ると、国内市場の成熟を背景に、アジア地域を中心とする海外市場への進出が加速しています。こうした、日本市場とは勝手が違う市場でのマーケティングも、大きな課題となっています。
石井 花王も海外市場への取り組みを強化しています。アジアでは8カ国で事業を展開中です。しかし、多くの地域で花王は後発であり、日本と同様のマスマーケティングを軸にした手法もすべてに通用するとは言えません。
そこで、大きな期待を寄せているのがWebやソーシャルメディアです。お客様に対して、どのように情報を発信するか。あるいは、お客様のニーズや意見をどのように収集するか、どのように動かしていけるのか。情報の発信と受信それぞれの場面で、様々なトライアルを行いながらインターネットの活用を考えています。
小川 グローバルに事業を展開する企業の場合、国や地域単位ごとにWebサイトを立ち上げてしまい、全体のガバナンスを利かせにくいという声を聞くことがあります。そのため、世界共通のブランディングやガバナンス強化のため、本社主導の方向に舵を切る企業もあります。一方で現地のニーズをくみ取るために、やはり市場をよく知っているローカルに任せるというやり方もあるでしょう。花王はどのようなバランスで、本社とローカルの役割を分担しているのですか。
石井 私のいる本社Web作成部が担当しているのは、日本とアジア全体です。Webサイトの見え方、ナビゲーションなどの基本的な部分については共通化し、花王についてのイメージの統一を図っています。
ただ、花王という企業に関する情報は共通ですが、各ブランドについてはローカルに任せています。というのは、国ごとにお客様のライフスタイル、商品の使い方も違うからです。商品のパッケージデザインも、地域によって微妙に異なることがあります。


小川 この秋、IBMでは、世界の主要企業のCMO(最高マーケティング責任者)に対する調査を行いました。その結果は「Global CMO Study」として近々公表する予定ですが、その中でCMOの課題認識を聞いています。「対応策を打つべきテーマは何か?」という質問に対して、最も多かったのが「急増するデータ量にどう対処するか」、次いで「ソーシャルメディアにどう対応するか」でした。
石井 確かに、データの急増は大きな課題です。以前は収集できるデータが限られていましたが、現在では膨大な量のデータが日々収集されています。もちろん、多くのデータが集まれば、より多様な切り口から精度の高い分析結果を得ることができますが、それを読み解くマーケッターへの負担は決して小さくありません。ITなどを使って、人間にかかる負荷を軽減する必要があります。
小川 具体的には、どのようなITが必要だとお考えですか。
石井 まず、人間の判断をサポートするダッシュボードのようなものが必要となるでしょう。また、何らかの行動を起こすときに選択肢を提示してくれたり、異常が発生したときにアラートを上げてくれたりすれば助かります。ただ、選択肢やアラートを見てどう行動するかを判断するのは、あくまでも人間の仕事です。
小川 マーケットに漂う空気のようなものを読んで、タイミングを計りつつ判断する。確かに、これは人間の仕事ですね。ただ、一度下した判断を繰り返すことはITでも肩代わりできるかもしれません。ルール化、仕組み化にITを使えば、さらにマーケッターの負担を減らせるでしょう。

小川 CMO Studyで2番目の課題として挙げられたのがソーシャルメディアです。日本のFacebook利用者は1000万人を超えました。先ほど、花王でもソーシャルメディアには注目しているとおっしゃっていましたが、具体的にはどのような取り組みを行っていますか。
石井 アジアの多くの国で、Facebookは日本以上に浸透しています。従って、アジア各国では日本に先行してFacebook上での施策を始めています。ソーシャルメディアにおけるマーケティングで大事なことは、私たちが投げかけた話題やメッセージが人から人へと波及して盛り上がることだと思います。では、どのような話題を提示すべきか。適切な情報発信のためには、お客様の興味のありかを知る必要があります。
友人同士でソーシャルメディアなどで盛り上がれることを意識して作成したツールの例としては、当社が日本で提供している「若肌診断」があります。お客様が、iPhoneやiPadでアプリを起動し、ご自分や友人の顔写真を撮影すると、若肌度を診断して数値化してくれるというものです。このアプリを試しながら女性たちが会話をしている光景が、何となく思い浮かびませんか。
小川 確かにイメージが浮かびますね。人から人への情報の波及を考えるうえで、ソーシャルグラフ(ソーシャルメディアにおける人と人との相関関係)は、1つのカギかもしれません。ソーシャルメディアの普及が早かった米国では様々な事例が生まれています。例えば、オンラインの花屋「1-800-Flowers.com」はFacebookで販売促進を行っています。ある女性が1-800-Flowers.comのファンページの「いいね!」ボタンを押したとします。その女性の誕生日に、女性と友人関係にある男性に向けて「花を贈ってはどうですか?」とメールで案内を送るのです。
石井 ただし、ソーシャルメディアでの情報発信には注意も必要です。ソーシャルメディアは、もはや「メディア」ではなく、インフラだと私は考えています。そこでは人々が生活し、コミュニケーションをしています。例えてみれば、公園のようなところです。そこで、友人同士が、「次の連休、どこかの温泉に行きたいね」という話をしているときに、企業が突然顔を突っ込んで「花王のバブには温泉効果もあるので、いかがですか」と言えば、明らかに場違いですよね。しかし、マーケッターはそれをやりがちです。この点を押さえたうえで、マーケッターはお客様とのコミュニケーションを考える必要があります。
小川 ソーシャルメディア上では消費者の声が刻々と、しかも大量に生まれています。この情報からどのような知見を得られるでしょうか。
石井 私たちは以前から、様々な形でお客様の声を収集しています。例えば、お客様のお宅を訪問して商品の使い方を見せてもらったり、インタビューを行ったりしてきました。ソーシャルメディアにより、こうした情報を大量に収集できるようになります。
また、お客様の「生」の声ですから、バイアスのない情報という点も有用です。花王は様々なマーケティング調査を実施していますが、調査票を出した段階でお客様は構えてしまうものです。ソーシャルメディアには、商品の使用感や不満など自由で率直な意見が載せられています。


小川 IBMでは、自然言語を高度に分析し、知見を得るための技術開発を進めています。IBMリサーチが開発した質問応答システム「ワトソン」の例を紹介しましょう。今年2月のクイズ番組でワトソンはクイズ王を退けて、最高金額を獲得しました。このシステムの中核は自然言語処理技術です。自然言語で書かれた大量の情報を分析し、質問に対して短時間で最適な解答を導くのです。自然言語処理技術には幅広い応用領域がありますので、マーケティング領域への適用も考えられると思います。また、IBMでは、このような分析技術に加え、Web上で消費者の購買行動を分析するソリューションなどデジタルマーケティングを実現するソリューション群を保持しています。
このようにマーケティング分野でITが貢献できるポテンシャルは非常に高いと思います。最終的な判断は人間だとしても、できるだけそれに近い、インテリジェンスの領域までITでサポートすることを私たちは目指しています。
石井 先ほど、マーケッターはお客様とのコミュニケーションを考える必要があると言いましたが、ソーシャルメディアの時代には、企業視点からお客様視点へと発想を切り替えることが重要です。ポイントの1つは、最適なタイミングで最適な情報を届けるということ。お客様が困っているタイミングで、それを解決する情報を提供できれば、それが広告であってもお客様へのサービスになります。こうした情報提供の面でもITは役立つツールとなるでしょう。
小川 その期待に応えるのは、ITの専門家である私たちの大きな挑戦です。本日は、参考になる意見をたくさんいただきました。ありがとうございました。
※iPhone、iPadはApple Inc. の商標です。

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