北海道森町の「働き方改革」 が全国から注目されるワケ

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テレワークが住民への“おもてなし”を実現

「唯一の まちであなたを おもてなし」をスローガンに掲げる北海道森町。渡島半島中部に位置し、南東にそびえる活火山である駒ヶ岳の噴火なども想定される同町は、もともと自然災害に対する意識は高かったが、2011年の東日本大震災をきっかけとして、自然災害に対するBCP対策が具体的に検討されるようになった。

「災害時に業務を停止させることなく職員が能力を発揮できる。いざという時には担当外業務の応援もスムーズにできる環境を整えることが重要だと考えました」そう語るのは森町役場総務課情報管理係係長の山形巧哉氏だ。

森町役場総務課 情報管理係係長 山形 巧哉氏

現在、森町では、オフィスソフトなど、職員が業務で使うメールや業務ソフトが「クラウド経由」で提供されている。たとえ1つの庁舎が倒壊しても、別の場所から、いつもと変わらない環境で、業務を再開することができる。時間と場所に左右されずに仕事ができる「テレワーク」の仕組みを構築したことで、職員の残業時間の減少やコミュニケーションの向上に寄与したことは想像に難くないが、驚くべきことに「テレワーク」が住民へのサービス向上に寄与しているという。

例えば、確定申告。「森町の住人の多くは高齢者です。申告のために庁舎にいくことができないお年寄りもいらっしゃいますが、ご自宅の近くにある会館等に職員が端末とプリンターを持ち込み、その場で申告のお手伝いをするケースでも端末に重要情報を保存せずに安全にデータを持ち運ぶことが可能になりました」(山形氏)。テレワークが結果として移動支所的な使い方をもたらし、住民のニーズに沿った行政サービスの提供に結びついているのだ。

また、今後効力を発揮しそうだと山形氏が考えているのが「ヒグマの出没情報の報告」だという。「ヒグマが出ると町職員は現地で写真撮って道庁に報告しなければいけません。テレワーク環境を活用することで、撮影した写真をクラウド上にアップすることができ、手間なく迅速な報告が実現できるでしょう」。ヒグマの出没情報への活用は、この地域特有のものだが、災害発生時の被害状況やインフラの破損・故障情報の報告など、他の地方自治体でも活用できるシーンは数多くありそうである。

クラウドサービスが職員の働き方を変えた

BCP対策やテレワークの実現のために、森町が選択したのが、マイクロソフトのビジネス向けクラウドサービス『Microsoft Office 365』だ。「掲示板的な使い方しかされなかったグループウエアに代わり、『Microsoft Office 365』のコミュニケーションツールを活用したことで、これまでの自治体では考えられなかったコミュニケーションが生まれています」と山形氏は言い切る。

現在、森町役場内では、職員間のコミュニケーションに庁内専用SNSネットワークやビデオ会議ツールが活用されている。これらのツールを使うことで、かつてより職員間のコラボレーションが促されるようになったという。さらに公用車や会議室の予約・管理なども最新のスケジュール管理ツールが使われ、効率的な運用が図られている。

「Microsoft Office 365」とは、マイクロソフトが提供するビジネス向けクラウドサービス。組織内専用のSNSネットワークが構築できる「Yammer」やビデオ会議やインスタントメッセージなどによるコミュニケーションを実現する「Skype for Business」の他、ExcelやWord、PowerPointなど、すべてのMicrosoft Officeアプリケーションが利用できる「Office 365 ProPlus」やメールシステムとして利用できる「Exchange Online」、一般文書や申請書などの書類を組織内で簡単に共有できる「SharePoint Online」など、業務生産性を向上させるさまざまなツールがセットになっているソリューションだ。

クラウドで提供されるこのサービスを導入すれば、時間と場所に左右されずに仕事が行える「テレワーク」の仕組みが簡単に構築可能だ。しかも、各端末からマイクロソフトのサーバーへデータが転送される際にはデータが暗号化されるため、それを安全な環境で実現できる。

クラウドで提供される「Microsoft Office 365」を活用することで、
たとえ災害時に庁舎が倒壊しても業務の継続が可能。またマルチデバイス対応なのでBYODも容易に実現

慢性的な残業体質が激変

森町の情報系システムが現在のようなクラウド環境になったのは2014年に遡る。複数のサービスを検討するなかで、元々はコストメリットが主な目的だったが、『Microsoft Office 365』の説明を受け、その考えを改めたと山形氏は強調する。

「このビジネス向けのクラウドサービスは、単にオフィスソフトが使えるだけではなく、それまで我々が抱えていたBCP対策やシステムのセキュリティ向上などの課題を解決するものだということがわかりました。このサービスを使って、庁内の情報系業務アプリケーションを完全にクラウド化するべきだと考えたのです」

サービスを検討するうえで、「特に印象に残っている」と山形氏が語るのは、Wordなどで作成した文書のアクセス権限を個別に設定できる『Office 365 ProPlus』の「ライツマネジメント」システム機能や『Exchange Online』のメールアーカイブ機能やメールフィルタリング機能だ。「それまではセキュリティを盤石にするために活用したくても、これらの機能を実現するアプライアンスやサービスは非常に高価で、高嶺の花でした。これが『Microsoft Office 365』を導入すれば、わずかなライセンス費用で利用できるのは大きな魅力に感じました」(山形氏)

そして、先述したようにサービスに含まれる高機能なツールを活用することで、当初は想定していなかったものの職員の働き方まで変えてしまったのである。しかし、庁舎内で最も働き方が変わったのは、山形氏自身かもしれない。

「我々の部署はそれまで慢性的な残業体質でしたが、現在のシステムになってから、残業がなくなりました。それまで庁内すべての端末を回って行っていたアンチウイルスソフトの更新やシステムのアップデートもサーバーの作業だけででき、システムの保守や管理業務が軽減されたことが要因の1つです。また、ソフトに関してもクラウドベースなので、Microsoft側のアップデートに任せておけばよい。さらに、外部の業者さんとのやり取りも『Office 365 グループ』(共同作業するチームメートを選定し、メンバー内で予定やドキュメントを簡単に共有できる機能)によって大幅な業務効率化及びセキュアな情報共有を実現しています」(山形氏)

さらに地方自治体では、一般事務職員がIT担当を務めていることが多く、それは山形氏も同様。今後、人事異動もあり得る立場なのだ。そこでクラウドサービスの活用により、システム運用業務の属人化を解消できたことのメリットは大きいという。

ネットワーク分離がテレワークを加速させる?

現在、総務省では、個人情報漏洩防止策の1つとして、各地方公共団体に対し、「統合行政ネットワーク(LGWAN)」とインターネット環境のネットワーク分離を求めている。一方で、政府はテレワークによる「働き方改革」を推進しているが、このネットワーク分離を行うとインターネットからダイレクトでLGWANにアクセスできなくなる。そのためテレワーク環境の実現は困難になるように思われる。

この課題に対し、山形氏は仮想化技術により、LGWANとインターネットを1台のPCで処理できるようにして、使い勝手とネットワークの分離を実現。さらにLGWANとインターネット間でファイルを送れる仕組みを、ファイルの無害化技術を活用して安全に構築している。

そして、ネットワークの分離を実現したことで、却ってテレワーク推進の鍵となる「BYOD(Bring your own deviceの略。自分の端末を持ち込んで業務に活用すること)」がしやすくなった山形氏は語る。

「森町では『行政情報はオープンにするべき』という考え方の下で、オープンデータの取り組みを積極的に行っています。これを言い換えればインターネット側にあるすべての情報は基本的には公開してもよいということ。ネットワークが分離されたことで、LGWAN側からの特定個人情報の漏洩はないはずなので、極端なことを言えば、インターネット側で扱う情報は漏れても問題がないのです。このことによって、ITリテラシーの低い職員でも漏洩のリスクを考えずに私物の端末が使えるようになり、庁内すべてでBYODを推奨できるようになったのです。当町のような小さな町では、通常業務は対面の方が効率的であると考えておりますが、「テレワークは在宅勤務」という固定概念を捨てた事で、その手法を活用した様々な働き方、住民サービス提供が可能になってきていると体感しております。」

今後、森町役場の働き方はさらに変わっていきそうだ。前述したように職場環境が変革すれば、サービスを受ける側にも好影響を与えていくのである。この好循環が生まれるのは、何も森町のような基礎自治体だけではない。各省庁や都道府県、ひいては民間企業も同様だ。IT基盤の仮想化、クラウド化によって実現するテレワーク環境が地域社会や経営に与えるインパクトは思いの他、大きいものだと言えそうだ。

大切なのはまず「実際にやってみること」

日本マイクロソフト マイクロソフトテクノロジーセンター
エグゼクティブアドバイザー 小柳津 篤氏

東京への一極集中を是正する地方創生の推進は、日本再生のスローガンの1つに掲げられている。働き方改革がサービス向上に寄与するという考え方の元でテレワーク実現の取り組みが進められている森町の事例は、IT活用がその実現につながる1つの方策であることを示唆している。

また、ネットワーク分離とテレワークの両立に対し、さまざまな工夫を凝らして実現させた姿勢には、IT活用を成功に導くためのヒントが隠されているように感じる。IT活用は手段であって目的ではないのだ。先の課題に頭を悩ませる地方自治体は多いと聞く。森町のような小さな町で先進的な取り組みを実施し、それを実現していることは、そのような地方自治体を勇気付けるのではないだろうか? 同様の取り組みが日本全国の各地方自治体に広がることを期待したい。