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JR西、災害訓練にVR(仮想現実)を導入

「きのくに線」をご存じだろうか。紀伊半島をぐるりと走る紀勢本線の一部で、和歌山県の新宮駅から和歌山駅までの区間の愛称だ。海岸沿いを走る風光明媚な景観が観光客などに人気の路線だが、南海トラフを震源とする地震が発生した場合、甚大な津波被害を受ける可能性もある。運行を担当するJR西日本では、リスクに対応するために様々な対策を施してきた。そして今年4月からはVR(バーチャルリアリティ:仮想現実)を駆使した乗務員向けの避難訓練を開始した。なぜ、避難訓練でVRが選定されたのか。その理由を探った。

生死を分ける津波対策で求められるリアルな訓練

鹿野篤志 氏
西日本旅客鉄道株式会社
鉄道本部
安全推進部 安全基準課 課長
鹿野 篤志

 「津波対策はハードだけではなく、ソフト対策も重要」。長年、南海トラフ地震のリスク対策に取り組んできたJR西日本が出した結論だ。同社は2007年3月に津波ハザードマップを完成させ、同年12月にはそれを全乗務員に携帯させるとともに、2009年5月には沿線に津波避難標を設置するなどの対策を行っている。しかし、2013年に提示された和歌山県の新たな想定では、紀勢本線の浸水エリアは約20kmから約73kmに広がり、“地震発生から5分以内に高さ10mを超える津波が到来する”という厳しい状況が示された。新宮駅と串本駅の間では、発生から5分以内に10mの津波が想定されている。

 JR西日本はこうした状況を受け、浸水区域の看板や線路外出口標の増設、避難方向矢印標の変更などを行うとともに、乗務員用の避難支援アプリを開発。さらに、乗務員が実際に線路を歩いて避難場所を確認するなど、避難訓練の徹底に取り組んできた。

 「地震発生時は、瞬時の判断が生死を分けます。それを乗務員に教育するには、繰り返し使えるリアルな訓練ツールが必要だったのです」と、JR西日本の鹿野篤志氏は語る。

若森宗仁 氏
KDDI株式会社
ソリューション営業本部
ソリューション関西支社
法人営業2部 営業2グループ
チームリーダー
若森 宗仁

 そこで同社は災害対策などで取引のある3社に声をかけ、乗務員向けの訓練を支援するツールの提案を求めた。このときすでに鹿野氏の頭の中にはVRがあった。「労働安全訓練向けのVRツールのプレゼンに同席させてもらったことがあり、乗務員の訓練にも使えるのではないかと考えていました」(鹿野氏)。実際に3社のうち2社がVRを提案してきた。

 ただ、同じVRでも2社の提案には大きな違いがあった。使用する映像の画質だ。1社は普通の映像だが、もう1社は9K(フルハイビジョンの16倍以上)という圧倒的に高精細な映像によるVRを提案してきたのである。「臨場感が欲しい」と考えていた同社にとってこの9Kの映像のインパクトは大きく、この提案をしたKDDIへの発注が決まった。

 なぜ、KDDIはこうした提案ができたのか。同社の若森宗仁氏は「JR西日本には、10年以上前から携帯電話などの安全対策用のデバイスを提供しており、安全対策への想いの強さは理解していました。その要求に応えられるものは何なのかを部署横断で考えて、たどり着いたのが9KによるVRでした」と話す。

試行錯誤しながらも、より高い完成度を目指す

前田さとみ 氏
KDDI株式会社
ビジネスIoT推進本部 ビジネスIoT企画部
サービス企画2グループ 課長補佐
前田 さとみ

 KDDIとVR。一見、そのつながりを見いだすのは難しい。しかし、「以前からVRの活用を考えていました」と同社の前田さとみ氏は話す。先進の技術の商材化を企画する商品戦略部では、VRを今後の重要な商材と考え、協力会社と意見交換を進めていた。その1社が高性能の実写VRを得意としていた。

 「9KのVRを提案した決め手は、現場の人たちの声です。リアリティに欠けるツールでは気持ちが入らない、画像に少しでも違和感があると訓練ツールとしては不十分。“没入感”がVRの基本です」と若森氏は、リアリティの重要性を強調する。実際にでき上がった映像は、標識の文字までしっかりと見える。

 撮影は運転士の頭部にカメラを取り付けて列車を走らせて行われた。その際にこだわったのが列車のスピードだ。鹿野氏は「コマ数が少ないと低速の場面の映像が粗くなるということで、時速30kmという低速で列車を走らせて撮影しました」と話す。そのためにダイヤを調整し、臨時列車を用意した。まさに一発撮りだったが、天候にも恵まれて成功した。

硲重行 氏
西日本旅客鉄道株式会社
和歌山支社
安全推進室(企画・防災)
硲 重行

 撮影した映像をつなぎ合わせて、360度の球体の映像がつくられた。高精細な映像だけに、つなぎ合わせる作業には高度な技術が要求される。前田氏は「切れ目なく映像をつなぎ合わせる高度な技術が求められました」と話す。解像度はハードウェアのスペックと見え方のバランスを考慮し6K 60フレームに落とした。

 さらにVRコンテンツとしてデジタル情報を付加するという作業が行われた。「実写だけだと“体験”で終わってしまいます。そこで避難支援アプリを搭載するとともに、ハザードマップの情報を画面に入れ込みました」とJR西日本の硲重行氏は話す。VRの映像では、避難出口や避難場所の方向が示され、想定水位をもとにその場所の津波の高さまで確認できる。

 「大変だったのは、情報のソースや基準がバラバラだったことです。利用者にとって違和感がないように、それぞれのソースで基準が異なる緯度経度の数値と路線上の地点がずれないように登録し、アプリとVRの線がずれないように手探りでつくり込むしかありませんでした」と前田氏。新しい取り組みだけに、前例やマニュアルはない。JR西日本とKDDIの担当者同士が密に意見を交換してその場その場で最適解を考え、VRコンテンツの開発が進められた。JR西日本は現場の人たちの声を吸い上げ、KDDIの担当者とテレビ会議などで何度も意見交換と情報共有を行い、現場に足を運び、ともに持てる力を出し合ってリアリティを追求していった。

実写だけでは体験で終わってしまうため、VR映像の中にハザードマップ情報を入れ込んだ。さらに避難場所の方向や津波の高さなども確認できるようにした。

ニーズの本質に応える最新技術の活用を追求

 デモ版のプレゼンテーションから約半年後の今年4月下旬に「VRによる災害対策訓練ツール」は完成し、70人の乗務員向けに第1回目の訓練が行われた。乗務員はヘッドマウントディスプレイを装着し、コントローラーを使って映像を操作する。

乗務員向けの訓練の様子。ヘッドマウントディスプレイを装着し、コントローラーを使って映像を操作する。

 硲氏は「1回目の体験では、“想像していたよりもリアルだ。臨場感がある”という感想が聞かれました。今後は年2回のペースで訓練を実施していきます」と語る。今回は全区間73kmのうちリスクが大きい約43kmの区間をVRコンテンツにしているが、残りのリスクが大きいとされる区間についても取り込む予定だ。

 JR西日本では、和歌山大学と連携して「鉄學(てつがく)」と題する鉄道災害教育プログラムを実施している。これにより、JRきのくに線沿線の魅力を知ってもらいながら、災害対策についても学んでもらう機会を提供する。ここでもVRを活用し「震災体験列車」として仕立てていく予定だ。

 「ローカル線はワンマン列車です。災害発生時に運転士一人だけで避難誘導をするのは困難です。そのため、災害対策への理解を深めてもらうことが大切です」と硲氏。JR西日本では運転士が近隣の高校を訪問して災害対策のレクチャーを行い、地道に理解者を増やす活動にあたっている。VRコンテンツもこうした活動の一つに位置づけられる。

 「VRはゴールではありません。あくまでも訓練ツールの一つです。乗務員はお客様の命を助けるために身を挺して頑張ってくれます。その乗務員の生命を守るのも私たちの役割と考えています」と鹿野氏。運転士の判断力を強化することは、そのためにも重要だ。

 「今回はVRでしたが、拡張現実であるARや複合現実のMRなど技術はいろいろと出てきています。VRの迅速な保守運用をしながら、新しい技術をどう組み合わせることで、どのように本来のニーズに応えられるのかを今後も追求していきます」と若森氏。いつ起きてもおかしくない大地震に備えるために、最新の技術を活用してどこまで現実の課題を解決できるのか。これからもそれが問われ続けられることになる。

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