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第1回・織田信長――豊臣秀吉

「わがままを、許さないことだ」

 「七たび牢人せねば、武士ではない」といわれた戦国時代――主君の恩賞に満足できず、ある者は「これだけだと? ふざけるな!」と飛び出し、ある者は「そうですか、わかりました」と静かに去っていった。

 牢人となった彼らは、槍を肩に担ぎ、具足を背負って戦国の荒野を闊歩する。より高く自分を買ってくれる主君のもとに身を寄せて、戦となればわれ先にと血しぶき舞う戦場を駆けた。そして敵の首を掻っ切っては、どうだと言わんばかりに天高く掲げる。

 彼らの恩賞に対する執念、自己主張たるや、生半可なものではない。おそらく、なかには自分の実力を勘違いした者、自己主張と自分勝手の意味を履き違えた者もいる。そのあたりは、現在も昔も変わらない。

 そんな牢人たちを、織田信長(1534~82)はどうまとめたか。
「わがままを、許さないことだ」

 身も蓋もないようだが、この一言に尽きる。

 祖父の代から尾張西端の勝幡(しょばた)城を居城とし、伊勢湾交易の要衝である津島一帯を領有していた織田家は、国内きっての資産家として知られていた。

 信長の生涯の、分岐点となった美濃攻略戦の頃のこと。自国である尾張に美濃を加えれば、天下取りへの道がひらける――この勝敗で今後の人生が決まる――そうみた彼は、金に飽かせて牢人を雇い入れた。

 そのうえで信長は、家臣に強権を発動し、絶対服従を強いて自分への恐怖心を植えつけていった。

 そもそも信長は家臣の人間性など斟酌(しんしゃく)しない。信長は人を道具のように捉え、性能のみで考えていた。だから身分を問わず、平等に機会を与え、才覚を発揮した者を抜擢した。

 そして美濃を統一した信長は、“天下布武”という将来のビジョンを掲げる。
「上様が天下を統一なさる」

 これまで苛烈(かれつ)で冷酷な主君に怯え、ただがむしゃらに、息せき切って戦ってきた家臣たちは、ここで自分たちの戦いに意義を得る。織田家の誰もが「これからの戦は、天下を平定するための戦だ」と理解し、そして「上様が天下布武のあかつきには、自分たちも――」との勇躍の思いにつながった。
“信長は平等に機会を与え、才覚を発揮した者を抜擢する。しかも明確な将来のビジョンを持っていた”

 信長が“上司にしたい戦国武将ランキング”で常に上位に入る理由は、このあたりにあるのだろう。