日経ビジネスONLINE Special週刊日経ビジネスオンライン SPECIAL日経ビジネスオンライン

第2回・織田信長――滝川一益

水谷 俊樹 作家・漫画原作者
日経BP総研 中堅・中小企業ラボ

2018年5月16日(水)

10代後半より鉄砲の訓練を実施するなど、早い段階で最新兵器の威力に注目した織田信長は、同時に、人を道具のように捉え、性能のみで考えた。このため、身分や出自を問わず、その人物をみて召し抱え、実績しだいで厚遇した。

その代表例が、一介の牢人(ろうにん)から織田家の「関東方面軍司令官」にまで上り詰めた滝川一益(かずます、いちます)だ。近江の甲賀出身で忍びなどから他国の情報を得るなど、自分にはない人脈・能力をもつ一益を評価したもので、当時としては画期的な人材登用だった。

第2回は、信長が領外から初めてスカウトした人材である滝川一益を取り上げ、現代のビジネスにも通じる人材獲得術について考える。

一説に織田信長は、当時の最新兵器である鉄砲術に明るい滝川一益を召し抱え重用したと伝えられる(イラスト=月岡エイタ)
一説に織田信長は、当時の最新兵器である鉄砲術に明るい滝川一益を召し抱え重用したと伝えられる(イラスト=月岡エイタ)
[画像のクリックで拡大表示]

「なにゆえ、無能な主君に尽くさねばならぬ?」

 就職・転職を希望する人にとって“売り手市場”といわれて久しい。

 戦国時代も、売り手(家臣)が買い手(主君)を選ぶことができた。

 のちの江戸時代では、人は生まれた環境から抜けだすことが難しくなったが、戦国の世は違う。この時代は、家臣が主君のスキルやキャパシティーを測ったうえで、その家に仕えた。

 戦国の武士は現世での栄達と、その後の家の繁栄を託すに値する主君を選び、その命を的に懸ける。だから主君が期待外れで、その家がふるわないと、さっさと見限り別の家に移った。

 大坂夏の陣をもって戦乱の世は終焉を迎え、“元和偃武(げんなえんぶ)”という泰平の世の到来とともに重宝がられた朱子学の思想「君、君たらずといえども、臣、臣たらざるべからず(主君に徳がなく主君としての道を尽くさなくても、臣下は臣下としての道を守って忠節を尽くさなければならない)」を聞けば、彼らは嘲笑の色を浮かべただろう。

「なにゆえ、無能な主君に尽くさねばならぬ?」

 もちろん、逆に功なき者はその家に捨てられ、才なき者は主君に忘れ去られる。当然だ。さらに主君が家臣に見限られたとあっては面子(メンツ)がたたない。別の家に移る前に粛清することも珍しくはなかった。

「調子に乗るな」

 家臣が主君を選ぶことは自由だが、主君がそれを妨害し、阻止することも自由だ。