医療・医学の発展をリードしてきた京大病院の新たなチャレンジ

ビジョンは「データサイエンスの拠点」
統合データウェアハウスがデータ活用の中核を担う

医療の新しい知見を生み出すため、
部門ごとのデータ管理から統合管理へ

京都大学医学部附属病院(以下、京大病院)には、1日平均で毎日約3000人の外来患者が訪れる。ベッド数は1121床。1899年の設立以来、医療と医学の発展をリードしてきた国内屈指の病院である。

京都大学医学部附属病院
京都市左京区聖護院川原町54にある京都大学医学部の附属病院。1899年(明治32年)に設立されて以降、多くの人材を輩出し、日本の医学・医療の発展に貢献。社会の期待に応えるべく、「診療、研究、教育」に関する3つの理念の実現を目指している。1121の病床を有し、外来患者数も1日平均3000人にのぼり、約3000人の職員が従事。臨床研究中核病院として、iPS細胞研究所などのさまざまな研究科や研究所との連携を押し進め、常に新しい医療に取り組んでいる。

京大病院では今、次世代医療に向けたチャレンジが進行中だ。そのキーワードがデータである。院内ITの最前線に立つ京大教授の黒田知宏氏はこう説明する。

京都大学医学部附属病院 医療情報企画部長/病院長補佐 京都大学教授(大学院医学研究科、大学院情報学研究科) 博士(工学) 黒田 知宏氏

「2013年、私は当時の病院長から『京大病院を日本の医療におけるデータサイエンスの拠点にせよ。それが、あなたのミッションです』と言われました。以来、拠点化に向けた取り組みをこれまで以上に加速しています。ビジョンに向けて前進するために、ITの観点で中核になるのが電子カルテシステムとデータウェアハウスです」

2016年10月、ビジョンに向けたプロセスは大きな節目を迎えた。京大病院に導入された統合データウェアハウスの運用がスタートしたのである。この仕組みはIBMの「MD-View」と「CPDP」をベースに構築された。MD-Viewは統合データウェアハウスと汎用的な分析、CPDPは時系列およびイベント分析に特化したソリューションである。IBMはソリューションの提供に加え、システム構築の面でもプロジェクトをサポートした。導入の狙いについて黒田氏は次のように話す。

「現代の医療は、ますますデータサイエンスの色彩が濃くなっています。日々発生する多種多様なデータを統合して蓄え、それを簡単に分析するための仕組みは不可欠です」

続いて、特定教授を務める南部雅幸氏が語る。

京都大学医学部附属病院 先制医療・生活習慣病研究センター情報部門 特定教授 博士(工学) 南部 雅幸氏

「院内には多くの診療科や部門があり、さまざまな種類の情報を蓄えています。従来、これらの情報は部門ごとにデータベースなどで管理されていましたが、今回のプロジェクトにより統合管理の仕組みができました。統合データウェアハウスの活用により、病気の予測や予防法の発見など、医療に役立つ新しい知見を生み出せると考えています」

京大病院の統合データウェアハウスには、匿名と顕名という2つのデータセットが格納されている。匿名データは主として研究用であり、顕名データは適切な権限管理を行ったうえで、主として事務部門が活用するが、臨床目的でも使われる。「研究向けのデータを匿名化して一元的に管理する仕組みは、情報セキュリティーの観点でも有効」と黒田氏はいう。

医療用統合型データウェアハウス IBM MD-Viewの概要

多種多様で膨大な量のデータを
7つのシステムから集約し蓄積

国内でデータウェアハウスを導入している病院は少なくない。ただ、そのほとんどは電子カルテや医事会計など、特定分野を対象にデータを蓄積・分析するためのシステムだ。これに対して、南部氏が述べたように京大病院は広範なデータ領域を対象にしている。

統合データウェアハウスへの“データ送出元”となるシステムは7つ。電子カルテシステム、健康診断システム、がんのカンファレンス支援システム、がん診療支援システム、がん登録システム、リウマチセンターの問診票管理システム、循環器部門のデータベースである。

「今後はさらにエリアを拡張していきます。バイオバンクの検体に関する情報、ゲノム情報なども、統合データウェアハウスに取り込みたいと考えています」と南部氏。将来的には京大病院の持つあらゆる医療データが取り込まれ、より多角的な分析ができるようになるだろう。

データの種類だけでなく、その量もケタ違いだ。数十年にわたって蓄積された電子化済みの患者データは約88万人分。ここに7つのシステムから日々のデータが加わる。電子カルテだけでも毎日数千人の患者の臨床データが生成される。これらの膨大なデータは日次で送り出されるので、統合データウェアハウスの中身は毎日更新されている。データの種類と量の急増にも耐えられるものとして、統合データウェアハウスは設計された。拡張性の高さはMD-Viewの特長の1つだ。

システム構築プロジェクトの山場は2016年の春だった。診療科の医師や研究者、IT運用を担う医療情報管理掛のメンバーなどが参加するワーキンググループを立ち上げ、約3カ月をかけて議論を重ねた。このワーキンググループは、様々な専門領域の視点からデータ活用の方法について議論を行い、そして要件定義を行う場である。

「データ活用に積極的な診療科に声をかけ、各診療科から1、2名の先生に参加してもらいました」と黒田氏。ワーキンググループではさまざまな議論が行われたが、難しい課題が2つあった。まず、研究用データは匿名化されるが、統合データウェアハウスに格納すると院内全体で情報共有することになる。同じ院内とはいえ、これに抵抗感を持つ医師もいたという。もう1つは技術的な側面。部門ごとに構築されたシステムからデータを送り出す際の手順やプロセスをどのように変更するかという課題だ。IBMはこのワーキンググループにも参加し、データ活用の方式の提案や、要件定義フェーズの進行をサポートしている。

統合データウェアハウスが
研究の試行錯誤を促進する

課題を1つ1つクリアして完成した統合データウェアハウスは、医師や研究者から大きな期待を寄せられている。特定助教の中津井雅彦氏はこう語る。

京都大学大学院医学研究科 寄附講座 臨床システム腫瘍学 特定助教 博士(システム生命科学) 中津井 雅彦氏

「私たちが扱っているのは、主にがん患者のデータです。これまでは分析の前段階、すなわちデータを分析可能な状態にするデータ整理の作業に相当の手間と時間がかかっていました。ちょっとした情報の並べ替えだけで、サーバーを一晩中動かすことも珍しくありません。こうしたデータ整理の部分は、統合データウェアハウスによりかなり軽減されます」

アナリティクスの分野では、労力の8~9割がデータの前処理に費やされるといわれる。このプロセスは、MD-Viewで相当程度まで自動化された。前処理のための労力が削減されれば、本来の研究活動などに充当する時間が増える。

「たとえば、副作用が見つかった場合、過去の検査値や投薬、治療などとの関係を分析すれば特定のパターンが見つかるかもしれません。こうした研究の成果は、いずれ患者に届けることができるはずです」と中津井氏はいう。

中津井氏は研究分野のユーザーだが、臨床分野でも統合データウェアハウスへの期待は大きい。その代表的な存在が、地道にデータの整備や蓄積に取り組んできたリウマチセンターだろう。同センターの特定助教の橋本求氏は次のように語る。

京都大学大学院 リウマチ性疾患制御学講座 特定助教 博士(医学) 橋本 求氏

「リウマチセンターは、内科と整形外科の一部を統合して2011年に開設されました。同じ年から、問診票データの蓄積をスタート。そのベースにあったのは、リウマチ治療においては患者のデータが極めて重要という強い意識です」

そこで、前述の問診票管理システムを構築。その際、問診票の形式やデータ入力プロセスを工夫し、ヌケ・モレのない高品質のデータを収集・蓄積する仕組みを整えた。

リウマチセンターは約1000人の患者に対応している。1人年間10回の診療を受けるとして、問診票管理システムには毎年約2万件の新たなデータが加わっている。収集したデータの質が高ければ、分析の精度も高まる。問診票データを統合データウェアハウスに格納し分析することで、新たな知見の発見につながる可能性は高い。

「今後は、これまで蓄積した問診票データと、検体データを結合して分析するなどさまざまな角度から研究を進められます。試行錯誤の数が多いほど研究の質は高まります。そんな試行錯誤を促進する環境ができたということ。データ活用の可能性は大きいと思っています」(橋本氏)

統合データウェアハウスの主目的は臨床と研究である。「臨床と研究の役に立つ情報環境づくりを進める上で、大きな一歩を踏み出せました」と黒田氏。それは、「患者に対するよりよい医療」の実現に向けた一歩でもある。加えて経営管理面での効果も見込めると南部氏は考えている。

「経営管理指標の作成を、従来はほとんど手作業で行っていました。統合データウェアハウスによって、こうしたプロセスの自動化も可能です。指標の質や業務効率をかなり向上させることができるでしょう」

医療におけるデータサイエンスの拠点づくりは、今も急ピッチで進められている。次世代医療を見据えた京大病院のチャレンジを、IBMは今後とも全力で支援していく考えだ。

左から、京大病院の中津井氏、橋本氏、黒田氏、南部氏、
今回の導入プロジェクトをリードした日本IBMの伊藤義顕氏

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