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事例1 トヨタ自動車 サービス技術部

サービスエンジニアの未来を「共創」、描いた「ビジョンマップ」が革新を加速

事業拠点の統合に向けて職場の変革と部全体の意識統一の必要性を感じていたトヨタ自動車のサービス技術部長(当時)の大野秀樹氏は、「共創」に注力する富士通が展開するプログラムを活用して、「サービスエンジニアのありたい姿」を描くワークショップを社内で開催した。約3年にわたる同氏の取り組みの仕上げとして開催したこのワークショップは、変革に向けて部員が自発的に取り組む機運を一気に高めた。これは「共創」が実際の「革新」を加速させた注目すべき事例である。

大野秀樹氏
トヨタ自動車 カスタマーファースト推進本部 サービス技術部長(当時)

 ドライバーが自動車を安全に運転し続けるためには、自動車の基本設計や安全確保のための機能だけでなく、点検や修理などを通した購入後のサービス品質も重要になる。トヨタ自動車でそのための環境作りを担っているのがサービス技術部である。点検や修理にあたるサービスエンジニアの育成や、修理書など点検や修理に必要な技術情報の提供、新しい治工具や修理方法の開発などのサービス技術開発などを主なミッションとする。傘下のメンバーは約300人、パートナー会社のスタッフも含めると約800人にも及ぶ大きな組織だ。

  同社は2013年7月、岐阜県多治見市に新しいサービスセンターを竣工している(図1)。国内外の販売店に在籍するサービスエンジニアの研修やサービス技術開発などを行う施設として建設したもので、その本格運用を機に、従来3つの拠点に分散していたサービス技術部を1カ所に集約することにした。大規模な研修施設を持つ拠点にサービス技術部の機能を集めることで、研修の受け入れ人数の拡大に加え、技術開発力の強化をはかるとともに、一体化によって部の機動性を高める狙いだ。

図1 トヨタ自動車 多治見サービスセンター
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 だが、その計画を進めていた当時にサービス技術部長だった大野氏は、集約による部の一体化に不安を感じていた。「部のメンバーはみな優秀でモチベーションも高く、頼もしい人材が揃っています。集約による部の機能強化のプランも明確です。しかし、本当に300人ものメンバーが新しいサービスセンターで一体感をもって働けるようになるのか、不安がありました」(大野氏)。

 その不安の原因は、統合を見据えて改めた中期的なサービス技術機能強化の方針が、まだ拠点が分散している時に作られたものだったからだ。「サービス技術部の一人ひとりの腹に落ちるものになっているのか自信がありませんでした。もし、部員がきちんと理解し、納得していないとすると、拠点を統合してもよい効果は生まれないでしょう」(大野氏)。実は大野氏は、かつてTQM推進部長として、社内各部門の業務品質向上の活動に取り組んでいたことがあった。その経験から、2012年4月にサービス技術部長に着任したときに、すぐにこうした不安を感じたという。

 この不安を解消し、一体化を効果的に進めるために大野氏は、3年先に予定されていた職場の統合に向けて行動を開始した。最初の1年は、部員の問題意識を高めるために、業務の本質について部内で議論する機会を設けた。2年目は、部の管理者などを集めて部に与えられているミッションを確認する活動に取り組んだ。そこでは顧客を定義し、何が必要かを明確化した。この活動の中で、最終段階に当たる3年目に取り組むべき課題が見えてきたと言う。「実務でやるべきことは定義できました。次に取り組むべきことは、一人ひとりが本当にやりたいこと、ありたい姿を明確にすることだと思ったのです」(大野氏)。こうして課題が明らかになったものの、大野氏は「ありたい姿」を具体化するためのアプローチの仕方に悩んでいた。それを模索していたときに知ったのが「共創」をテーマにした富士通のワークショップだった。

「未来のありたい姿」を描いて職場を変える

 富士通は、新規事業開発や様々な問題の解決を目的にしたワークショップを独自に展開している。このワークショップは、立場の異なる人材が集まり、アイデアを出し合いながら、求めたい解を見つけていくものだ。参加メンバーを社内外から募る公開型を定期的に実施しているほか、企業の求めに応じてプログラムをカスタマイズしたクローズドなワークショップも主宰している。

 このワークショップの存在を大野氏に伝えたのは、トヨタ自動車の別の部署と仕事をしていた富士通 産業ビジネス本部 自動車第一統括部 シニアマネージャーの長井治氏だった。自社が手掛けるワークショップの趣旨にかねてから賛同していた長井氏が、顔見知りになっていた大野氏に、その活動を紹介した。大野氏が目指す職場の完全な一体化に、このワークショップが役立つと確信したからだ。

 紹介を受けた大野氏が、ワークショップの内容で着目したのは、そのワークショップでは未来のありたい姿を描いたうえで、現実の世界に落とし込むというアプローチをとっている点だ。理想像を明確にするだけでなく、それをもとにサービス技術部全体を共通の方向に導いていくためには、それを何らかのリアルな形に落とし込まなければならない。まさに、その狙いに合致していたのだ。早速、大野氏は社内でワークショップを開催することを富士通に依頼した。

 設定したテーマは「サービスエンジニアのありたい姿」。10数名の参加者は、サービス技術部内だけでなく、他の部署や販売会社など関連組織からも集められた。実は、ここに富士通の長井氏も参加。企業の壁を越えて大野氏の取り組みに協力している。その一方で、推進者である大野氏は、ワークショップには一切参加しなかった。「自由に発想し、議論する雰囲気を作りたかったからです。参加したメンバーは優秀で問題意識の高い人たちばかりなので、必ずいい成果を出してくれるという確信もありました」(大野氏)。

山下英紀氏
トヨタ自動車 カスタマーファースト推進本部 サービス技術部 企画総括室 総括グループ長

 ワークショップでは、「共創」をテーマにしたワークショップを数多く手掛けた富士通のノウハウをふんだんに活かしたプログラムが繰り広げられた。例えば第一回のワークショップでは、将来のモビリティ社会のイメージからサービス技術部で取り組むべきテーマを抽出し、そのテーマに沿ったサービス技術のアイデアを考えた。

 具体的には、参加者がテーマについて日頃考えていることをぶつけ合いながら、サービス技術部のエンジニアとして、これから取り組みたいことのアイデアをまとめていった(図2)。ワークショップの事務局役を務め、自身もメンバーの一人として参加した同社サービス技術部 企画総括室 総括グループ長の山下英紀氏は、このプロセスで大きな発見があったと語る。「それぞれが何をやりたいかが分かると同時に、やりたいと考えていることは実はみんな共通だったことに気づきました」(同氏)。

図2 ワークショップの様子

  まとめられたアイデアをもとに、2回目のワークショップでは、販売店でで働くサービスエンジニアの将来像を形作っていった。つまり、新しい将来像を実現するために何が必要かを考え、そのためのシーンを描きながら、ありたい姿を具現化したサービスエンジニアのプロトタイプを作り上げた。「参加者の自由な発想を促すために、5年先、10年先といった時間軸は敢えて気にせずに議論するようにしました」(大野氏)。

現場主義のワークショップ

 実は、ここまでならば、似たようなプログラムを実施するワークショップは、ほかにないわけではない。富士通が主宰するワークショップは、その後のプログラムに大きな特長がある。ワークショップの成果を実際の事業・業務に反映する支援をするためのプログラムが組み込まれている点だ。

 今回のワークショップでは、参加者が立案した「ありたい姿」を部内だけでなく販売店のサービスエンジニアなど同部の業務にかかわる人々全員で共有できるようにするための仕掛けを設けた。ありたい姿をビジュアル化することである。「ありたい姿は一種のビジョン。ビジョンはそのままでは伝わりにくい。可視化することで、部員全員の視覚に訴えることができます」(大野氏)。

 具体的には、ワークショップで導き出された内容を描いた「ビジョンマップ」を富士通が制作した。一枚の大きなイラストである(図3)。ビジョンマップには、サービス工場の中でエンジニアが、ICTなども活用しながらどのような新しいサービスを提供するかが描かれた。イラストの中に部長である大野氏をはじめワークショップの参加メンバーをイメージした人物も登場させるなど、部員の関心を引くためのちょっとした遊び心も盛り込まれている。

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図3  「サービスエンジニアのありたい姿」を描いたビジョンマップ

 こうした具体的なイメージに落とし込めるのは、ワークショップを企画する段階で富士通の担当者がサービス技術部だけでなく、サービスが実際に行われている販売店などの現場も見学し、情報を収集しているからだ。ワークショップのプログラムを設計した富士通デザインのソフトウェア&サービスデザイン事業部サービス・ソリューションデザインのチーフデザイナー 柳原智博氏は、実際の現場に成果を活かせるワークショップを実現するうえで、この活動は重要だと強調する。「効果的なワークショップのプログラムを開発するには、お客様がエンドユーザーとどのように接しているのかを知ることが欠かせません」(柳原氏)。

改革の進度を実感

 プログラムを設計した富士通デザインは、富士通の関連会社の1つで富士通が提供する製品の意匠デザインなど手掛けるデザイナー集団である。その強みを活かして描かれたビジョンマップ、すなわち「サービスエンジニアのありたい姿」は、まずサービス技術部内で公開された。さらに統合後の新しいオフィスに掲げ、部だけでなく研修受講に訪れる全国のサービスエンジニアも含め、関係者の意識を統一する旗印として位置づける計画だ。「技術開発や業務の改革を進めていく過程で迷いが生じることがあるでしょう。このイラストは、そのようなときに立ち戻るべきところ示す象徴になるはずです」(大野氏)。

 今回のワークショップを始めてから、部の完全な一体化に向けた現場の改革が着実に進んでいることが実感できるようになったと大野氏は語る。「部員の一人ひとりは優秀で、それぞれが職場や仕事に関する理想を抱いています。しかし、これまではそれらについて議論する場がありませんでした。ワークショップによって、その議論の場が生まれ、しかもその成果がビジュアル化されたことで、改革に向けた力がぐんと高まったように思います」(大野氏)。

 「共創」を軸に新しいビジネスの創出を目指す富士通のプロジェクト「イノベーションファーム(通称:イノバタ)」。その活動の一環として実施している同社のワークショップは、実際に多くの現場に革新をもたらしている。「共創」をテーマに掲げるワークショップが数多くある中で、新規ビジネス創出の可能性と現場の革新力を同時にもたらす富士通のワークショップは、抜きんでた存在であると言えよう。