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「ワイガヤ」の達人からのメッセージ「知識に頼るな、異質な人との本質論を体験せよ」

「ワイガヤ」の達人からのメッセージ「知識に頼るな、異質な人との本質論を体験せよ」

 「共創」によるイノベーションの実現を目指す富士通のプロジェクト「イノバタ」。そこで取り組む大きなテーマの1つが、異業種の連携による共創である。そこで今回は、異業種の人たちが1つのテーマについて徹底的に議論し、その結論を起点にアイデアを具体化する手法として幅広い分野で注目を集める本田技術研究所(ホンダ)の「ワイガヤ」を取り上げる。ホンダの研究開発、経営企画のトップとして無数のワイガヤを主宰し、自身も日本初のエアバッグシステムを開発した実績を持つ、中央大学 ビジネススクール 大学院戦略経営研究科 フェロー 小林三郎氏に、イノベーションを生み出すために大切なことなどについて聞いた。

——異なる分野の人たちを集めて、本質に迫る深い議論をするためには、何をしたらよいのでしょうか。

小林三郎氏
中央大学
ビジネススクール
大学院戦略経営研究科
フェロー

小林氏 私たちの多くは、普通の人間です。天才ではない。言葉で表現できる常識的な範囲の中で議論し、発言は偏りのない中庸である場合がほとんど。一般には、言葉や論理で表現して多くの人が理解できるようにした知恵こそが、「知」であると考えられていますが、一橋大学名誉教授の野中郁次郎先生は、こうしたキッチリと定義できる知恵のことを「形式知」と呼んでいます。

 しかし、最も新しいものを生むためには、形式知だけでは足りません。言葉や論理で表現できるということは、それは常識になったということです。常識的な範囲で議論して、革新は起きますか。決して起きないでしょう。非常識な部分にある知恵が欠かせないのです。うまく言葉で表現できないこうした知恵を、野中先生は「暗黙知」と呼んでいます。

 Steve Jobs氏のような天才は、常識の外にある暗黙知への感度が優れています。だから、自分が作りたいものを作るだけで、大ヒットする。普通の人間が革新的なことを考えるということは、こうした天才と戦うということです。天才が持つ暗黙知を感じ取る感性を、何らかの仕組みで補う必要があります。

 それは、簡単ではありませんが、方法自体は意外と単純です。自分とは感性が異なる人と議論すればよいのです。どんな人でも、言葉や論理では表現できない何らかの暗黙知を持っています。そして、人それぞれ、持っている暗黙知は異なる。言葉や論理で説明できないため、一人に暗黙知を簡単に集めることができません。野中先生はこうした状態を指して、「人間は暗黙知の総和を超えられない」と言っておられます。

 実は、1人では持ち得ない、異質な人が持っている別の暗黙知を埋める場がワイガヤです。専門分野、職種、役職、年齢、性格、価値観が違う人が6名~7名集まって、1つのテーマについて2泊3日合宿して議論します。そして、それぞれの見地から見えているものをぶつけ合い、テーマの奥に潜む本質を徹底的に探るのです。

普通の人6、7人で天才に対抗

——ワイガヤには、どのような人が集まることが好ましいのでしょうか。

小林氏 異質な人と議論していると、たまに理解不能なことを言い出す場合があります。そこに、その人の暗黙知が織り込まれている可能性が高い。もっと深く聞いていくと、異質な人が持つ感性、自分が持つものとは別の暗黙知が自分に染み入ってくる。こうした体験を繰り返すことで、自分の足りない暗黙知を補うことができます。天才ほど洗練された状態にはなれないかもしれないが、7、8割までは迫れるように感じています。

 ワイガヤで感じ取る暗黙知を増やすには、参加するメンバーは多様であるほどよい。専門や性格は、違えば違うほどよいでしょう。ホンダで技術について議論する時には、技術者は2人ぐらい、残りは営業、工場の生産、総務といった構成でした。昼飯を一緒に食べに行く、気心の知れた人とワイガヤをしてはいけない。むしろ、普段つきあいにくいと感じる人とワイガヤすべきなのです。その方が、圧倒的に新しいものが生まれるチャンスが増えます。大切なことは、そうした異質な人と、徹底的に本質を論じ合うことです。

——ホンダは、イノベーションを生み出す方法として、どのようにワイガヤに行き着いたのでしょうか。

小林氏 ワイガヤを考案したのは、ホンダの創業者 本田宗一郎(ホンダでは、親しみを込めて創業者を呼び捨てにする)の女房役だった藤沢武夫さんでした。藤沢さんは、「宗一郎は天才。二度と生まれない。どうすれば宗一郎がいなくても、ホンダが新しいものを生み続けていけるのか」と、その方法を考え続けていました。そして、普通の人間6、7人で、天才1人と戦う方法としてワイガヤに行き着いたのです。

 今となっては確かめる術がありませんが、そのヒントは、藤沢さんが好んで読んだ中国の古典に書かれていた「竹林の七賢人」ではないかと思っています。性格の異なる7人が竹林に篭って、酒を飲みながら徹底的に世の中のあらゆることの本質について議論したという、1800年前の故事です。これと同様の議論を実施することを、3代目の社長だった久米是志さんに藤沢さんが進言したのがワイガヤの始まりです。

 新しいものを生み出す、物事の本質に気付くことは、たやすいことではありません。ホンダでは、新人もワイガヤに年4回呼ばれました。年間の実働日数のうち、約5%を、「人間はなぜ生きているのか」「人生の目的は何だ」「会社とは何だ」「ホンダは何のために存在しているのか」といった本質を考える時間として、与えてくれました。今振り返ると、ありがたいことだと思います。

 そして10年掛けて、新しいものを考える思考法を養う。しかし、それでもまだ白帯にすぎません。その後、感性を磨いた社員の中から、感度の高い人材がプロジェクトリーダーに選ばれ、数々のプロジェクトを通じて、20回、30回、50回とワイガヤを繰り返す。そこまでやって、初めて黒帯になる。ここまで本質論を繰り返して初めて、新しいことを考える幹ができるのです

「喜び、愛とは何か」について考えてみる

——議論のテーマは、必ずしも仕事上の課題ではないのですね。ワイガヤでは、儲けることについて考えないのですか。

小林氏 絶対に考えません。儲けは目的ではない。ビジネスの本質もそこにはありません。宗一郎は、ホンダを、世界一お客さんに喜んでもらえる会社にしたいと心底思っていました。喜んでもらえば、売れるクルマの台数が増え、結果として儲けが出る。利益を目的にするから、お客さんを騙そうとする会社が出てくる。幸せって何だ。喜びって何だ。これが即答できない人は、「ビジネスの本質が分かっていない」と宗一郎に怒られてしまう。新しい価値を生み、世界の人たちの喜びを最大化するために仕事をしていると考えるからです。

 宗一郎が作ったホンダのモットーは「作る喜び、売る喜び、買う喜び」である。2000年ころ、当時の社長だった吉野浩行さんが、「満足と喜びの違いは分かるか」と私に聞いてきました。恐らく、社長になった時に、喜びとは何かと改めて考えたのでしょう。「すみません。不勉強で全く分かりません」と答えると、「満足というのは、お客様の不満足な状態を取り除くことだ。クルマが壊れた時にすぐに修理するようなものだ。やらないより、やった方がよい。喜びというのは、他人が喜んでいるのを見て、自分も一緒に喜べるという動物にはない人間特有の高尚な行為だ」といった。凄みを感じる考えです。ホンダは、社長からして、ワイガヤを通じてこうした思考法を身につけているのです。

——作る、売る、買うで、みんなが一緒に喜べる商品というのはすごいですね。

小林氏 企業でビジネスを考えるうえで、まず考えるべきことは、将来のお客さんにとっての何が喜ばしいことであるのかということ。そこから何か新しいものが生まれます。

例えば、これから高齢化が始まる。40〜50年後には、60歳以上の高齢者が2人に1人になると言われています。そして今でさえ、日本の預金の約93%を60歳以上が持っている。若い人はお金を持っていない。高齢者に価値を提供できれば、ビジネスになるはずです。そのためには、高齢者が喜ぶことを探っていかなければならない。ではあなたに聞きたい、高齢者の望みは何か。

——長生き、ですか。

小林氏 ただ長生きできればよいのか。ピンピンコロリだ。それが分かっていないとビジネスが作れない。では愛とは何か。

——他人を思いやる心、ですかね。

小林氏 全然ダメ。退場ですね。何の奥行きも、面白みもない。キリスト教の結婚式では、牧師がこういうでしょう。「病める時も、健やかなる時もこの人を愛せますか。この人の喜びをあなたの喜び、この人の悲しみをあなたの悲しみとすることができますか」。私はいろいろ考えてみたが、これが愛に近いように思います。このようなことを考えたことがないと、よいビジネスなど作れないと思いますね。

ビジネスにつながる本質論とは

——ワイガヤの研修に集まる人は、本質論に慣れていない人が多いと思います。どのように導くのでしょうか。

小林氏 確かに、全く慣れていない人が多い。しかしワイガヤの研修で私が話すのは、自分の体験のみ。そして、本質を探るべきテーマを議論して、その結果を聞いて、私が罵詈雑言を浴びせるだけです。

 ホンダでは、ものを教わったことがない。最もよい教え方は、教えないことである。自分で気が付くまで待つことだ。一見効率が悪いようだが、一度自分で気付きを得ると、加速度的に思考が速くなります。突き放して、自分で考えさせることほど大切なことはありません。考えさせるから身につくし、腹の底から信じられる哲学になります。先の問答では、私が考えた結果を示したが、これはあくまでも私の考えであって、正解ではない。ワイガヤは本質を考え、それぞれの暗黙知から出てくる見方を体験する場です。

——本質に迫るためには、本質論と気付きの体験を積み重ねなければいけないのですね。

小林氏 世の中には自分と違う感じ方をする人がいて、その人と本質論をしたという高質な原体験こそが必要です。学校で習うような、言葉で表現したり、きれいな論理を構築したりする力ではありません。本当に新しいことを考えるには、知識としての方法論では足りません。本質は体験を通じてのみ、迫れることができるのです。

——どのような人でも、経験を積めば本質に迫れるようになるのでしょうか。

小林氏 全員とはいわないが、本質論を繰り返していけば、学歴、性格、年齢に関わらず、約9割の人は本質論ができるようになるでしょう。むしろ難しいのは、一生懸命勉強して一流大学に入った、本質に迫るより、論理や記憶力で片付けて成功した体験を持っている人です。

 ただし、ワイガヤで何を議論するのか、出てきた答えを誰がどう評価するのかは、力を養ううえで重要です。高質な体験をしていない人が結果を評価してはダメだ。例えばホンダでは、宗一郎に育てられた久米さんが評価していた。何を評価していたかといえば、答える人間の「答え型」と、眼です。型とは本質とコンセプトの到達度であり、「答え型」からどこまで深く考えたかが分かり、眼には本気度が映ります。内容ではない。どれほど考えてこの場に立っているのか、思考のレベルの高さを感じて、評価しているのです。言葉や論理で表現できない暗黙知から生まれた結果だから、もともと内容を完全に理解することはできません。

魅力的なクルマが作れるわけ

——現在も年間約50回ものワイガヤ研修をしていると聞きます。心に残ったワイガヤとして、どのようなものがありましたか。

小林氏 研修の中ではないですね。本質論とは何なのかすら分からない状態からはじめるからです。しかし、“黒帯”になった連中が集まったワイガヤでは、よいものがあります。

 ある時、役員から「クルマとは何だ」というテーマが与えられました。このとき私がリーダーになり、研究所から熱海の旅館に6人~7人人集められてワイガヤを行うことになりました。最初は、「クルマというのは安全に最短時間で移動する手段に決まっている。何を考えろというのか」とボヤくところから始まりました。1日目は、酒を飲んだだけで終わり。しかし、「帰ったらワイガヤの結果を社長に報告しなければならない。一応グループリーダーなので、私が報告はするが、みんな周りに座っていなければならない。しっかりと考えよう」と、いわば義務感だけで再開しました。

 しぶしぶ議論を始めても、そこはワイガヤの達人たちの集まりです。議論しているうちに、最初自分たちが考えていたのは、クルマの基本機能だけだったことに気が付きました。そして、ステータスシンボルや、スポーツカーのような自己表現など、クルマの価値の違った側面もある。こうした部分を深堀しようということになりました。

 議論し続けた深夜1時頃、若い人が「知らない街に行く時に、電車で行くのとクルマで行くのでは、クルマの方が安心できる」と言いました。「それだ。俺も同じだ」と思わず叫んだ。そして、それを徹底的に議論しました。議論して行き着いたのは、「クルマというのは、一坪弱の“なわばり”が自分についてくるもの」という結論です。一度“なわばり”という理解ができると、トラックの運転手が2000万円も掛けて、愛車をギラギラと飾るのが分かります。“なわばり”という定義がクルマをどう変えていくかは分からないが、“なわばり”という切り口を持っている企業と持っていない企業では作るクルマの質が変わります。つまり異質の人が集まって、本質的な議論に真剣に取り組むことで、誰も気がつかないことを見つけることができます。それが革新的なビジネスやサービスの可能性につながるわけです。こうしたワイガヤの力は、「共創」やイノべーションに取り組む皆さんにきっと役立つと思います。