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大企業の公開特許が「共創」の起点に 「一億総起業社会」へのシフトを後押し

特許を基点にした富士通と中小企業の「共創」が進んでいる。約9万5000件(2014年度知的財産報告書より)もの特許を保有する富士通は、自社で保有している特許を中小企業に公開し、中小企業によるビジネス創出を支援する活動を展開中だ。この活動を後押ししている富士通 法務コンプライアンス 知的財産本部 ビジネス開発部 吾妻勝浩氏に、中小企業のビジネス創出に大企業の特許を生かすメリットと、同社が自社特許を公開する狙いなどについて聞いた。

——大企業の特許を利用することで中小企業にはどのようなメリットがあるのでしょうか。

吾妻勝浩氏
富士通株式会社
法務・コンプライアンス・
知的財産本部 ビジネス開発部

吾妻氏 中小企業が、特許で権利化された技術を利用することの重要性に気付くキッカケとなることが、最大のメリットだと思います。

 斬新なコンセプトさえあれば、新しい技術を投入しなくても、中小企業が市場で高い競争力を発揮する製品やサービスを生み出すことはできるでしょう。とはいえ、新技術を利用すれば、世の中にない革新的な製品やサービスが生まれる可能性がぐっと高まります。さらに、その新技術が特許として権利化されていれば、その商品の市場競争力は格段に向上します。競合メーカーが無秩序に市場に参入を防ぐことができるからです。

 日本には、独自技術を保有する中小企業がたくさんあります。しかし、その技術を特許で権利化している企業は、極めて少ないのが実情です。特許の取得手続きを教える機関はたくさんあるのですが、取得に時間も手間も費用もかかるため、実際に利用されることが少ないのです。また、特許を取得しようとすると、保有している技術を公開しなければならないため、権利化には積極的ではありません。

 既に富士通が取得している特許を利用すれば、特許利用のハードルが下がります。もちろん、ライセンス料などの形で有償になるのですが、対象となる技術の利用支援だけではなく、それを応用した商品やサービスがビジネスとして収益が上がるようになるまで、出口戦略もきちんと支援します。

——技術をライセンス供与するだけではなく、事業化も支援するのですか。

吾妻氏 その通りです。中小企業が、大企業の特許を積極的に活用したり、特許という制度を利用したりするのには、特許の意義や有効性を実感できていなければなりません。そこの理解が進んでいないため、特許制度の利用が進んでいないのだと思います。こうした状態を解消するには、富士通の特許を活用したビジネスで、多くの成功事例を創りたいと考えています。

花嫁の感謝をQRコードで伝える

——これまでに、どのような成果が出てきているのでしょうか。

吾妻氏 既に、70件~80件のビジネスが、富士通の特許を利用して生まれ、そのうちの約3分の2が商品として市場に出ました。いずれも富士通社内では、とても出てこないようなアイデアがかたちになったものばかりです。  例えば、川崎市の松本製作所は、富士通の芳香発散技術を利用して、「アロマレフレール」というカード式の芳香グッズを開発し、販売しています(図1)。カードに埋め込んだセラミックス片に、好みのアロマオイルや香水を染みこませて、名刺入れ、ポーチ、財布に香りを移す商品です。

図1 富士通の芳香発散技術を利用したカード式の芳香グッズ

 実は、この商品のアイデアは専修大学 経済学部の学生グループが考えたものです。学生グループは、アイデアを出しただけではなく、マーケティング調査を行い、その結果を踏まえて上市可能な中小企業に提案しました。松本製作所は、元々優れた生産技術を持っていましたから、こうしたアイデアを基にすぐに商品を作り上げました。

——学生がビジネスの創出に関与しているのですか。

吾妻氏 同じ技術を利用したとしても、学生からは、その道の専門家ではとても思いつかないようなみずみずしいアイデアが出てきます。

 このようなアイデアもありました。バラの花にお嫁さんの写真を印刷し、その写真にスマートフォンを向けると、結婚式に出席してくれた人に動画にて感謝の言葉を語り出すというものです。富士通が開発した「印刷画像へのコード埋め込み技術」を活用する事で実現できます(図2)。写真を印刷するだけで1輪600円のバラが約1000円で売れるようになるのですからビジネスとしては確実に収益が上がります。それでいて、花嫁と出席者にとっては、深く思い出に刻まれる贈り物になるでしょう。

図2 生花に写真を印刷
[画像のクリックで拡大表示]

 このアイデアは、駒澤大学の女子学生が考えたものです。このような発想は、とても大人からは出てこないと、感動しました。

産業界から大学へと広がる“共創”

——大企業が持っている特許を縁もゆかりもなかった学生が知り、それを基に事業を考える機会はなかなかありません。

吾妻氏 私たちは今、富士通の特許を活用して、大学と連携しながらビジネスを創り出していくための仕組み作りをしています。2015年には、全国の29大学1高専と連携し、約100チームが参加してビジネス創出に取り組みました。2016年には参加校が約40校に増える予定です。

 この取り組みの特徴的な点は、連携先の98%が文系の学部である点です。理系は技術をより鋭いものに磨くことはできますが、商品化にたどり着いたとしても販売するという観点で考えることが得意ではないようです。。市場のニーズを発掘し、手持ちの技術を合わせ込む、いわゆる「マーケットイン」を考えることでは、文系の学生の方が明らかに優れています。特許を中小企業に活用してもらうためには、出口戦略こそが重要になります。文系の学生は、考えたビジネスの損益分岐点なども明確に説明できますから、事業化する中小企業の経営者が理解しやすいプランを提示できます。

——参加する学生にとっても、得がたい経験になるのでは。

吾妻氏 その通りですね。例えば大学の経済学部では、机上で市場の動きや生産活動を研究しています。これが、具体的なビジネス創出を題材にして中小企業を廻りながら知見を得ることで、これまでできなかったアクティブラーニングが可能になります。これは、質の高い人材育成を進める上で、とても効果的な手法になると考えます。例えば、埼玉大学 経済学部では、私たちとの取り組みが、学部長が推薦する授業になっています。

 こうした大学との連携の輪は、年々広がっています。2015年には、経済産業省から補助金をいただいて、学生グループの代表を集めて、京都で全国大会を開きました。全国大会で優勝した昭和女子大学の取り組みは圧倒的でした。彼らが利用したのは、RFIDタグを取り付けた「網」で、タグリーダーの機能を備えた「虫」を捕まえるゲームに関する特許です。「虫」を捕まえると、その情報がデータとして記録できる仕組みを実現するためのものです。この特許をベースに小型のドローンを操作して、屋外に設けたゲートを通過させ、そのときの時間などを競い合う家族用ゲームを考案しました。実際に小学校の児童に協力してもらって遊戯としての有効性について実証実験で検証。そのうえで、リゾートホテルに売り込み、採用されました。ここまでやってしまう学生のパワーに驚きました。

中小企業の目線で特許利用の意義を説く

——中小企業に特許を活用してもらう上で、どのような点に留意しているのでしょうか。

吾妻氏 まず何より、中小企業にこのような取り組みをしていくことの意義を理解してもらうことが重要です。富士通が中に入って、どのような考えで地域の中小企業を支援しようと考えているかを知ってもらう必要があります。そして、1円でも多く収益を上げてもらうことに主眼を置いていることを丁寧に説明していきます。

 さらに、必ず自治体や地元信用金庫の担当者を伴って、守秘義務を結んだ上で対話するようにしています。富士通のような大企業が単独で、特許を使わないかと持ちかけても、中小企業の警戒心を刺激するだけです。家業の継続や従業員の雇用を第一に考える日本の中小企業では、自社の技術を吸い上げられてしまうのではと考えるのです。地元で信用とネットワークを持っている方々が一緒にいれば、安心して話を聞いてくれるようになります。

 また、まずビジネスで成功してもらわないと続かないので、出口戦略をしっかりと実践することが重要です。中小企業にライセンスする特許は、技術そのものの優秀さで選ばれるのではなく、確実に収益が上がることが見えているものが選ばれます。

——そもそも、富士通はどのようなきっかけで保有している特許の公開に踏み切ったのでしょうか。

吾妻氏 特許を外部企業にライセンス供与して、少しでも維持コストの足しになればと考えたのが、そもそものキッカケです。2004年のことでした。独自の特許は、事業競争力の源ではありますが、保有しているだけで維持コストが掛かります。2015年時点で約9万5000件の特許を保有していますが、これほど多くの特許を維持しようとすると、そのコストは莫大なものになります。

 しかし、実際に始めてみて特許をライセンス供与することが、極めて難しいことが分かりました。特許の明細書を持って相手先の企業に出向いても、買う側が読み下すことが困難でその価値が分からないのです。特許の明細書は難しい表現で書かれているので、売る側もしっかりと読み込んでおかなければなりません。この作業が大変です。

 富士通に限らず、特許のライセンス供与を始めていた企業はいくつかありましたが、公開する特許の明細書を壁に貼り付けているだけのところがほとんどでした。これでは、利用が進みません。そこに気付いた私たちは、自社だけではなく、地元の自治体や金融機関とコミュニティを作って、中小企業が特許を利用しやすい環境を作るためのお節介ができる仕組みを作ることにしたのです。こうして、やっと特許を利用して事業開発する中小企業が出てきました。2007年頃のことでした。

供与する側にライセンス収入以上のメリット

——特許の維持コストがまかなえるほど、ライセンス収入が得られているのですか。

吾妻氏 まだ道半ばですね。ただし、中小企業が目標にする年間売り上げが1000万円~5億円のビジネスは、着実に成功させることができます。金融機関等のコミュニティ関係者が粗品として使えるような製品ならば、買い上げてしまえばかなりの売り上げになるのです。例えば横浜市には7300社の中小企業がありますが、そのうちの30%近くが年間の売り上げが3000万円未満の企業です。こうした企業と連携してスモールビジネスを沢山創出ができれば、収益を上げることができますし、地域創生に繋げる事もできます。

——地域のコミュニティで理解が進んでいるのですね。

吾妻氏 また、この仕組みには、ライセンス収入以外にも多くのメリットがあることが分かってきました。これまで富士通は、技術開発から製造、販売までを一貫して自前で行うビジネスモデルでした。これが今、地域の企業と共にビジネスを作って、外部の企業の力を生かすモデルへと変わってきています。富士通もものづくりをする他社と一緒に仕事を作っていけるようにならなければならないのです。つまり、地域の企業や自治体などとの共生が、事業の大前提になるわけです。

——富士通社内では、この取り組みはどのように評価されているのですか。

吾妻氏 特許の社外活用について、最近は事業部門の理解が進んできました。富士通にはICTの技術だけではなく、化学材料、生産技術などに関する特許もあります。ICT関連で、自社製品に使われている技術も活用対象としています。例えば、携帯電話の通話を聞き取りやすくするための技術として、話す速さを落とす「ゆっくりボイス」、周囲の雑音を消す「はっきりボイス」という技術があります。こうした技術も、応用先が電話でなければライセンス供与しています。自社開発した技術が、世の中に広がっていくことに意義を感じて協力してくれているのです。

ますます広がる特許活用の輪

——現在の取り組みをさらに発展させるために、どのようなことをしていきたいと考えていますか。

吾妻氏 出口戦略をもっと磨いていきたいと考えています。まず、もっと多くの自治体や金融機関に参加していただきたいと考えています。また、地域によっては、新しい商品を考えても、簡単に試作できない環境にある場合もあります。富士通は、米国で会員制のDIYオープンアクセス工房を展開しているTechShop社と合弁でテックショップジャパンという会社を設立し、アジア初の店舗「TechShop Tokyo」を六本木に開設しました。ここには、金属材料の3Dプリンターを置く計画もあります。ここを利用して、だれもが試作できる体制を整えたいと思います。

 さらに海外の企業へのライセンス供与も検討していきます。既に韓国政府や英国のエジンバラ大学からも、私たちの取り組みについての問い合わせが寄せられています。海外の人たちと一緒に「共創」ができれば、また違った発想のビジネスが創出できるのではと期待しています。

 そして、大学との連携をさらに強化していければとも思っています。大学の理系の学部は、たくさんの特許を保有しています。大学の中で、理系の学部と文系の学部が「共創」してビジネスを作り上げ、地域の企業にその成果を還元できると産業の活性化につながるのはないでしょうか。特に高専が持っている特許は使い勝手のよいものが多いので、地元の大学と連携する仕組みができあがると、面白い結果が得られると感じています。

——取り組みが広がっていくと、その力を利用してビジネスを起こす起業家がたくさん出てきそうですね。

吾妻氏 日本には、優れた技術を持った大企業が数多くあります。そして中小企業は380万社もあります。この両者が「共創」できる環境を整えれば、日本の産業の力は、確実に底上げされると感じます。大きな産業を育てることも大切ですが、多様な事業を数多く生み育て、数多くの中小企業がそれぞれの分野で儲かるビジネスを営む。これが、強い産業基盤を作り上げるのではないでしょうか。

富士通の有償開放特許に関する詳細はこちら