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実行できる新規ビジネスの創出 カギは仲間との“世界観”の共有

畑違いと言えるICTと自社の強みを融合させて、新しい商品やビジネスを次々と開発しているコクヨ。同社で数々のヒット商品の開発に携わってきたコクヨ ファニチャー事業本部 ものづくり本部 コミュニケーションバリューチーム ICTグループ グループリーダーの曽根原士郎氏に、ビジネス創出の取り組みと、継続的なイノベーション創出を実現するためのポイントと、実際にビジネス開発を進める際に活用している「ビジネスモデル・キャンバス」の効能について聞いた。

——コクヨのなかで、さまざまなヒット商品の開発に携わってきたとお聞ききしています。これまでどのような商品を開発してきたのでしょうか。

曽根原士郎氏
コクヨ ファニチャー事業本部 ものづくり本部 コミュニケーションバリューチーム ICTグループ グループリーダー 

曽根原氏 たとえば、帳票データ(PDF、CSVなど)をファックスやファイルで配信する「@Tovas(あっととばす)」というクラウドサービスを開発しました。これは、ユーザー企業が専用のサーバーやネットワークを用意しなくても、媒体の変換に加え送受信記録の確実な蓄積や高度なセキュリティーの確保といった帳票配信に欠かせない機能を備えた帳票配信システムを、低コストかつ短期間で構築できるサービスです。帳票配信システムを「所有」から「利用」へと転換することで、帳票配信業務の効率化とコスト削減に貢献します。@Tovasは、多くのお客様から高い評価をいただき、2009年には、特定非営利活動法人 ASP・SaaS・クラウド コンソーシアム(ASPIC)主催の「ASP・SaaS・ICTアウトソーシングアワード2009」で総合グランプリを受賞することができました。

コクヨ@Tovas WEBサイト
http://www.attovas.com/

——コクヨは、文具やオフィス家具などモノを売っている会社だと思っていたのですが、今やクラウドサービスがヒット商品になるのですね。

曽根原氏 コクヨは、「働く人・学ぶ人の知的活動の進化に資する価値の提供」というミッションを掲げています。もちろんおなじみの文具やオフィス家具もこれに沿った商品です。しかし、企業などで技術開発やビジネスの創出のような知的活動を進めるうえで、ITシステムの活用が欠かせくなった現在、コクヨにとってクラウドサービスのようなIT関連の製品やサービスも重要な商品になりました。

 「知的活動の進化」は、多様化しながら加速度的に進んでいます。そこでお役に立てる価値ある新たな事業・商品・サービスの開発にどんどん挑戦しています。私はつい最近まで、「ノートの電子化」に取り組むチームに参加していました。そこでは「CamiApp」という文具とクラウドサービスを融合した商品開発にも関わりました。徐々にですが、ビジネスとして軌道に乗り始めています。今後は、こうした商品がますます増えてくることでしょう。

コクヨCamiApp-S WEBサイト
http://www.kokuyo-st.co.jp/stationery/camiapp-s/

コクヨの価値を盛り込んだ他社製品を販売

——文具・オフィス家具とクラウドサービスでは、商品の質もビジネスのかたちも大きく異なるように思えます。なぜ、一見畑違いに思えるような商品で、ヒットするようなビジネスを開発することができたのでしょうか。

曽根原氏 コクヨに入社してからの私の職歴が、ちょっと異色でした。1989年に入社して同時に、当時の新規事業に位置づけられていたOA・ソリューション部隊に配属されました。そこで、他社製のコピー機やシュレッダー、ワープロ、パソコンなどをお客様に提案販売していました。コクヨ製品を売っていたわけではなかったのです。とはいえ、コクヨらしい提案をしないと、お客様はコクヨから買う理由がないわけですから、たとえ他社製品であってもコクヨらしい価値を盛り込む訓練を自然と積むことができました。

 その後いくつかのプロジェクトに参画したのち、研究開発部隊に配属されて、ITを活用した新規ビジネスを全くゼロベースから開発する機会を頂きました。ただし、コクヨが持っている資産・強み・商材とITをうまくマッチングしたビジネスにするのが難しく、とても悩みました。

 そんなときに道を拓いてくれたのが、あるお客様のお褒めの言葉でした。とあるIT系企業の役員の方が、弊社製の伝票をとても褒めてくださり、その理由やその商品にしかない価値、逆にちょっと残念な点、今後期待する点など、とても熱心に話していただきました。その帰り道、妙に興奮しながら歩いていた時に、お客様がコクヨの商品にどのような価値を期待しているのか、突然理解できたのです。いわゆる「神様が降りてきた!」という出来事ですね。今振り返れば、私が悩んでいた理由は、お客様の下でお役に立っている自社商品の本当の価値を、私が理解できていなかったからだと思います。

——どのような価値に気付いたのですか。

曽根原氏 伝票という商品の価値は、紙質や罫線の引き方などのこだわりとともに、書いた伝票は相手に届け、まったく同じ内容の証跡として確実に残せることが一番重要です。コクヨの商品は、この点で質や品揃え、管理方法にとても優れているということでした。私たちは、伝票というモノを販売していると思っていたのですが、お客様はコクヨの伝票ならば、書いた情報やそこに残した事実が双方共に確実に残せる点に価値を感じていたのです。期待されている価値をはずすことなく提供できれば、商品はモノである必要はなく、もっと使い勝手のよいサービスにだってできることに気付いたのです。

 ITを生かした新規ビジネスがうまく作れなくて悶々と過ごしていた当時、IT関連機器は他社の商品を仕入れて販売しているうちはよいが、自社製品を作ろうと思ったとたんに大きなリスクを抱えることに悩んでいました。ITに関する知識やスキルもレベルアップする必要がありましたし、サポートやメンテナンスなどお客様に継続的な価値向上提案をし続けなければなりません。しかし、今で言えばクラウド、その当時はASPと呼んでいましたが、コクヨらしい価値を盛り込んだクラウドサービスを「利用」していただくことで、期待されている価値を提供するビジネスモデルを作れば、リスクも少ないし、面白いビジネスに仕上がることが分かったのです。こうして出来上がったサービスが、@Tovasです。

“宝物”は社外にあった

——自社商品の価値がよく見えていたのは、お客様だったというわけですか。

曽根原氏 やはり「宝物は現場に埋まっている」ということですね。コクヨは、安く、きれいな伝票をどうしたら作れるのか、当時から“際”まで考えて商品を作っています。伝票を作り販売する会社としては、当然のこだわりです。私は幸運にも、当社の商品の価値をよく知るお客様やパートナーと話す機会が多く、しかもコクヨの商品の価値を、いやがおうにも深く考えないといけない立場にありました。社外にある宝物を見つけることができたのは、そうした環境にいたからです。自社だけで考え込まないこと。これは、すべてのビジネス開発で大切なことだと思います。

——アイデアをビジネスとして立ち上げる課程では、何が大切だったのでしょうか。

曽根原氏 何より、仲間の協力を得ることが大切ですね。@Tovasの立ち上げでも、本当に多くの人に助けてもらいました。マネージャーにも指導してもらっただけではなく、先輩や同僚、ご販売店様、システムをプログラミングする会社の方にも、さまざまなことを教えてもらいました。こうした点でも、私の場合、とても恵まれた環境にいたと思います。

恵まれた環境をあてにしてはいけない

——ビジネスの開発には、出会いと人と人のつながりが大切なのですね。

曽根原氏 しかし、新しいビジネスを次々と生み出していくためには、いつも恵まれた環境にばかり頼っているわけにはいきません。新規ビジネスを開発する方法を、継続的に一定水準以上の成果を挙げられる技術として体系化する必要性を感じます。私が、@Tovasを開発し、ビジネスを立ち上げていく課程で知ることができた開発の勘所や考え方の筋道を、誰もがたどれるようにする仕組みやツールが必要なのです。

——確かに、恵まれた環境を頼っていては、企業でのビジネス開発なんてできません。

曽根原氏 のツールが、「ビジネスモデル・キャンバス(以下、キャンバス)」でした。さまざまな要素・要因が複雑に絡み合って出来上がっているように見えるビジネスモデルを、「価値提案(VP)」「顧客(CS)」「販売チャネル(CH)」「顧客との関係(CR)」「収益の流れ(RS)」「主要な業務(KA)」「リソース(KR)」「パートナー(KP)」「コスト構造(CS)」の9つの構成要素に分解し、それぞれがどのように関わり合っているかを図示する、ワークシートのことです(図1)。

図1 コクヨが作成したビジネス・キャンバスの例

 キャンバスを使えば、ビジネスモデルの世界観を端的に把握できます。また、9つの構成要素は、あらゆる業界で共通する基本的なことばかりなので、専門や職種、業界が違う人たちが議論するときの共通言語にもなります。

 私は、初めてキャンバスを見たときに感動しました。@Tovasを開発した当時はこんな便利なツールはなかったので、悪戦苦闘、試行錯誤の毎日でしたが、キャンバスには、私が苦労して気付いたことが、既に示されていたからです。新しいビジネスモデルを創出しようとする人ならば、ぜひ使いこなせるようにしておきたいツールだと思います。こう考えたのを契機に私は、ワークショップを開催して、その効果と活用法を多くの人に伝える活動を始めました。

苦しいからこそキャンバスが生きる

——キャンバスを活用すると、新しいビジネスのアイデアが次々と浮かんでくるようになるのでしょうか。

曽根原氏 アイデア出しは、そんなに簡単な作業ではありません。だからこそ、キャンバスのような、支援ツールが必要なのです。

 私は、新規ビジネスを開発する上でのアイデア出しの作業では、「質」ではなく、まず「量」を優先すべきと考えています。ジェームズ・W・ヤング氏は、著書『アイデアのつくり方』の中で、「アイデアとは既存の要素の新しい組合せ」と書いています。僭越ながら、全く同感です。アイデアは、ゼロの状態から突然生まれてくるものではなく、過去の経験・体験・知識を無意識に組み合わせて作っているのだと思います。つまり、最初に考えられるだけ多くの経験・体験・知識を出し切ることができれば、組み合わせパターンも当然増えるので、よいアイデアを発見できる確率は上がっていきます。

 最初に「質」を求めると、どうしてもお行儀のよいアイデアしか出てきません。こうしたアイデアでは、決してイノベーションにはつながりません。取り組んでいる課題の解決に向けて関係ありそうな経験・体験・知識を、もがいて絞り出すような状態に追い込む必要があります。キャンバスは、ビジネスモデルを構成する要素が明確に示されているため、多くのアイデアを絞り出すためときの指針になります。

——苦しいときに拠り所があると、新しい筋道を探るためのベースにできそうですね。

曽根原氏 そうですね。また、一人の経験・体験・知識には限りがあります。多くの人が集まって、出し合うことでその「量」は格段に増えます。専門や業界、立場が違う人が集まれば、経験・体験・知識の幅が広がります。それを組み合わせることで、アイデアの「質」を上げられます。また、キャンバスを共通言語として利用することで、お互いの経験、体験、知識を疑似体験しながら、境界をまたいだ斬新なアイデアを仕上げることができます。

 さらに、企業連携の場でアイデア出しをするような場面も増えてきていると思うのですが、こうした場では、相手も貴重な時間を割いて検討会に出席しているわけです。こうした時にも、両社の強みや弱みを補完的にマッチングできるのか効率的な探索が可能なビジネスモデル・キャンバスが役立ちます。また、両社のメンバーが実現したいビジネスの全体感や世界観を共有することで、難問、課題、障害にぶつかった時、志が折れない一体感の醸成にも役立つと感じています。

実行できるビジネスモデルを目指す

——ビジネスを立ち上げる上ではどのような効果を期待できるのでしょうか。

曽根原氏 新しいビジネスの開発では、アイデア出しの時点から実行できるビジネスモデルを考えることが重要です。キャンバスを使うことで、ビジネスとして実現するために必要な機能を表す9個のブロック全てにそれぞれ登場人物を思い浮かべながら、その気持ちになって考えることができます。  

 また、アイデア出しをしていく中で、実行できるビジネスモデルにするために考えが足りていない部分が、キャンバス上に空白のまま残されるため、あからさまに分かります。『アントレプレナーの教科書』の著者、スティーブン・G. ブランク氏からは、「多くのすばらしいアイデアがビジネスにならなかった理由は、その実現に向けた周辺要素にアイデアが無かったから」と伺いました。

 ひとつのビジネスを立ち上げてゆくためには、多くの仲間の力が必要であり、彼らの共感を得られる全体感や世界観を作らなければ実行できません。これはあるお客様の活用例ですが、100人強の研究員がアイデア出しをする機会がありました。クラウドの上にキャンバスを置いておき、いつでもどこからでも日々アイデアを更新できるようにして、アイデアの数か増えたら、集まって検討することにしました。こうした使い方をすると、ビジネスモデルが目に見えて形になっていく様子、少しずつ実を結んでいく世界観をみんなで共有できます。空白部がある場合には、みんながそこを埋めるためにアイデアを出すようになります。いちど世界観を共有できていれば、ビジネスを立ち上げる時にも協力が得やすくなります。

キャンバスに書かれたビジネスモデルが資産に

——キャンバスを効果的に活用するためには、どのような点に留意する必要があるのでしょうか。

曽根原氏 社外の人と話をして、新しい知見に触れたとき、キャンバス上で検討したいと思う場面があります。そんなとき、キャンバスそのものを紙で持ち歩いて書き込むという作業は、結構面倒なことです。付箋などに記入して、キャンバスに貼ってみるといった、日頃の行動になじんだ使い方を自然と頭の中で構成し、継続的に活用できる方法を身に付けておくことが重要です。

 また、キャンバスは1枚を丹念に書くよりも、視点を変えて何枚も作ってみることが重要です。ビジネスモデルとしては完成したものを検討できますが、競争力の高いモデルを検討するときに欠かせない競合や、発展シナリオを検討する場合に欠かせない時間軸に沿った変化を表現することもできないからです。数多くのキャンバスを書いて、競合との違いや、ビジネスモデルのロードマップを検討した方がよいと思います。

——キャンバスに書かれたビジネスモデルは、その企業にとって、まさに資産ですね。書いて蓄積すればするほど、次の開発の可能性が広がります。

曽根原氏 その通りです。何世代にもわたってアイデアを出し合い、蓄積し、新たなビジネスモデルを継続的に創出していくこともできます。数年前にキャンバスに書いたアイデアを振り返ることが、ICT技術を使えば簡単に実現できる時代になっています。「今ならいけるんじゃないか」などと、考え直してみると新たな展開が見えてくるかもしれません。「知の集積(量)を図り、新ビジネス(質)を生み出してゆく」ための支援ができる環境(空間とツールとスキル)を提供していくことが、コクヨのミッションである「働く人・学ぶ人の知的活動の進化に資する価値の提供」のひとつと考えています。