〜なぜ、アジャイル開発はうまくいかないのか〜
伝統的な日本の企業文化への
アジャイル開発導入、
デンソーの選択とは

アジャイル開発による開発プロセスの高速化に取り組む企業が増えている。しかし、取り組みがなかなか成果に結びつかずにいる企業もある。自動車部品のメガサプライヤーとして知られるデンソーは、すでにアジャイル開発の実践を軌道に乗せた1社だ。成功企業と、うまくいかない企業には、どんな違いがあるのか─。デンソーのアプローチを紹介しながら、それを検証したい。

さまざまな理由で頓挫するアジャイル開発への取り組み

 日に日に変化するユーザーのニーズをいかにくみ取り、それに合わせたサービスをいかに迅速に提供していくか—。それを実現するために、ウォーターフォール型によるサービス開発を脱し、アジャイル開発への移行を目指す企業が増えている。

 しかし、取り組みに着手したものの、サービスの迅速なリリースにつながらない、そもそも、開発現場にうまく定着しない、あるいは、どこからどのように進めていけばよいのかが分からないといった声もよく耳にする。こうした企業と、すでにアジャイル開発に向けた取り組みを成功させた企業とでは、ますます開発だけでなくビジネスのスピードに差がつくことになる。

 では、アジャイル開発を成功させるカギはどこにあるのか。以下では、成功企業の事例と、そのアプローチを紹介していく。

半年の開発期間を見込んだサービスを約2週間でリリース

株式会社デンソー 技術開発センター デジタルイノベーション室長 成迫 剛志 氏

 アジャイル開発導入の取り組みを成功させた企業の1社がデンソーである。

 世界中の主要自動車メーカーにさまざまな製品を提供する自動車部品のサプライヤーであるデンソーは、現在、大きなビジネスの変革に取り組んでいる。

「社会がIoT時代を迎え、自動車業界においても『コネクテッドカー』といったコンセプトに基づく新たなクルマづくりが進んでいます。デンソーでは幅広いモビリティについての知見を生かし、これまでの単なる部品供給だけでなく、新しい時代の『ヒトの移動』や『モノの移動』をサポートするサービスビジネスへの取り組みを進めています」とデンソーの成迫 剛志氏は語る。

 たとえば、同社は、1990年代以来、トラックがどのルートを走り、どのように荷物の積み下ろしを行ったかをトレースしたり、その間のドライバーの運転傾向などを分析したりすることで、運行の安全性や効率の向上に貢献する「運行管理システム」を提供してきた。この仕組みに、最新のクラウドやAI(人工知能)といったテクノロジーを融合させて、さらなる高度化を図ろうとしている。

 このようなサービス開発を進めるために、同社は、新サービスの提供基盤となるクラウドの整備、およびサービス自体の開発をミッションとするデジタルイノベーション室という専任部隊を新設。同時に、開発スピードを強化するためにアジャイル開発の採用を決めた。

 「実際にエンドユーザが利用できるサービスをいち早く開発・実装し、改善サイクルを高速で回していく。そのためには、アジャイル開発による高速化が不可欠です」と成迫氏は言う。

 デジタルイノベーション室は、この5月にアジャイル開発を実践できる体制をまず1チーム整えたばかりだが、すでに成果をあげている。当初は、半年をメドと考えていたあるサービスの開発では、約2週間で最初のリリースを行い、約2カ月後には、最初の想定を超える追加の付加価値機能までを実現できたという。

同様の社風を持つ企業の成功体験をチャレンジに生かす

KDDI株式会社 ソリューション事業本部 クラウドサービス企画部 統括グループリーダー 荒本 実 氏

 このデンソーの取り組みにおいて、重要な役割を果たしたのがKDDIの存在だ。

 大手電気通信事業者として知られるKDDIだが、近年、アジャイル開発の導入を目指す企業に向けたコンサルティングサービスの提供も行っている。「もともとは、KDDI自身が法人向けのクラウドサービスの開発に、アジャイル開発を採用したのがきっかけ。試行錯誤の末、現在は多くのサービスをアジャイル開発によってリリースしています。この経験とノウハウをお客さまにご提供していくことにしたのです」とKDDIの荒本 実氏は明かす。

 KDDIがアジャイル開発のフレームワークとして採用しているのが「スクラム」である。この「スクラム」の最も大きな特徴は、開発のプロセスや手法、ツールではなく、「組織のあり方」に焦点を当てているということだ。

 冒頭で述べたような、アジャイル開発がうまく機能しない要因の1つとして、サービスの早期リリースを開発のスピード化のみによって実現しようとしていることが挙げられる。

KDDI株式会社 ソリューション事業本部 ソリューション事業企画本部 事業企画部 企画2G 課長補佐 和田 圭介 氏

 「現在、多くの企業では、サービスをリリースするまでに、企画・開発だけでなく、マネジメント層の承認や営業・サポート体制の整備など、多様かつ複雑なプロセスを経ています。開発は、それらのプロセスの一部分にすぎません。サービスの早期リリースには、あらゆるプロセスを見据えた、組織的な改善こそが必要なのです」とKDDIの和田 圭介氏は指摘する。

 もちろん、開発の現場にも課題はある。

 多くの開発プロジェクトは、企画担当者、IT部門、外部のSIer、プログラミングを委託されるエンジニアなど、役割が明確に分離された縦割り構造のチームとなっている。この体制では、どこかにボトルネックが生じると、一気にプロジェクトが停滞してしまう。

 それに対し「スクラム」は、ビジネス部門、IT部門、さらには社内、社外という枠組みを越え、フラットな開発チームを編成することを目指す。その上で、チームが自律性を持ち、個々のメンバーが明確なゴールを共有しながら、文字通り“スクラム”を組んでサービスの早期リリースを目指していくことになる。

 「アジャイル開発に関するコンサルティングサービスは、ほかの企業も提供しています。しかし、同じ日本企業として、品質に対するこだわりなど、デンソーと通じる企業文化を持つKDDIが採用した方法、導入に至るまでの経験やそれまでに培ったノウハウこそが、我々の取り組みに合っているのではないかと考えました」と成迫氏は、KDDIのサービスを評価した理由を語る。

開発現場の「残業ゼロ」が定着し、モチベーションも向上

 具体的に、KDDIは、開発にかかわる担当者だけでなく、経営層やマネジメント層も対象にしたセミナーを開催するなど、アジャイル開発に向けた組織変革の重要性に対する理解を促し、全社的な意思統一を支援(写真)。また、実際の開発現場には、コーチングスタッフが「スクラム」の実践に関する助言や指導を行い、継続的なサポートを実施する。

 「スクラムコーチは、要所ごとに的確なアドバイスをしてくれます。たとえば、ボトルネックになりつつある問題が発生した際に、それがサービスの早期リリースにどんな影響を及ぼしそうか、影響を最小化するには解決に誰が当たるべきなのか、全員で分担すべきかなど、問題点を指摘しながら、しっかりと軌道修正をしてくれます」と成迫氏は紹介する。

アジャイル開発教育プログラムのセミナーの様子 アジャイル開発教育プログラムのセミナーの様子 KDDIのアジャイル開発教育プログラムでは、開発チームのリーダー、新規ビジネス企画担当者、経営層など、異なる立場の対象者に向けてセミナーを開催している。写真は、スクラムの生みの親である、ジェフ・サザーランド博士を招いて開催した実務担当者向けセミナーの様子。参加者にとっては貴重な機会となった  「スクラム」のアジャイル開発フレームワークは、サービスリリースの早期化だけでなく、エンジニアのワークライフバランス改善にもつながっているという。現在、デンソーのデジタルイノベーション室のメンバーは、ほぼ定時に退社する「残業ゼロ」が定着しているのである。「ウォーターフォール型の開発のように、決められたものをただ作るのではなく、上流工程からお客さまの顔を思い浮かべながら開発を行うことが、エンジニア自身にも成長実感をもたらし、モチベーションの維持や、ビジネス的な視点を養うことにつながっています」(成迫氏)。開発スピードの加速のみならず、個人と組織の成長を促す「スクラム」のアジャイル開発は、中長期的なビジネスの拡大にも資するポテンシャルを秘めている、といえるだろう。

 デンソーは、KDDIをパートナーとしてアジャイル開発を軌道に乗せた。組織や人に目を向ける「スクラム」のアプローチ、そして、自分たちと似た社風・文化を持つ企業の支援を受けるというデンソーの選択は、アジャイル開発への挑戦が頓挫したり、足踏みしたりしている企業にとって、大きな示唆を含んでいるはずだ。

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