コンサドーレ 野々村芳和の経営論北海道から世界のクラブへ~株式会社コンサドーレ 代表取締役社長CEO 野々村 芳和 氏(後編)

  • Writer : Cross Architects
  • Data : 2017/11/8
  • Category : デジタル活用、働き方改革

100億円クラブへの情熱。
北海道から世界のクラブへ

ーー地域に密着しながら、今後の夢は100億円クラブを目指すことを掲げられているそうですね。野々村社長が描く今後のクラブの未来はどのようなものなのでしょうか

100億円というのは、一つの今後のビジョンとして、ビッグクラブになることを示したものです。先にも述べましたが、勝ち負け以外の価値を提供できなければ、クラブは発展していくことができません。すでにビッグクラブと言われるポジションのクラブは、優勝という目標を掲げたり、すでに出来上がった完成品を売ったりすることも可能です。しかしコンサドーレはまだ発展途上。みんなで作り上げていくという夢を売っていくのが社長の大切な仕事です。面白くしてやろう、というバイタリティが大事。夢や希望のようなものを発信し続けることで、人の流れが生まれ、地域が活性化される。それがサッカーの価値なんです。

もちろん現実としては、具体的に地域に何をもたらせるか、経済にどのように貢献できるか、といったことに具体的に落とし込み、取り組んでいく必要があります。そのためには目標に向かっていく仲間が必要。目標に向かっていく仲間と一緒に考え、夢を実現していければと思います。

これまでのコンサドーレは、少ない予算をやりくりしながら、現場の力だけを頼りにしていました。それでは、どうしても目先のことになってしまい、安定した力でJ1に定着することも難しいでしょう。1%でもよいので可能性があるビジョンを掲げ、絶対に何とかなる、という雰囲気を持ち続けることが大事なのでしょうか。多くのパートナーからたくさんの魅力的なアイデアが出てくれば、いつかビッグクラブへの道が開けてくると信じています。

まずは2017年シーズンJ1残留を決めたい、と最後は野々村社長の本音もポロリ。
そんな飾らないスタンスも野々村社長の魅力だ。

profile

野々村 芳和氏

1972年生まれ。静岡県清水市出身。清水東高校、慶応大学法学部法律学科を経て、1995年にジェフユナイテッド市原(現ジェフユナイテッド千葉)に加入、頭脳派MFとして活躍。
2000年に岡田武史監督(現FC今治運営会社「株式会社今治.夢スポーツ」代表取締役)
の誘いを受けてJ2コンサドーレ札幌に移籍。キャプテンとして1年でJ1リーグ昇格に貢献した。2001年に引退。引退後はスカパー!のJリーグアフターゲームショーの司会をはじめ、解説者として活躍。コンサドーレ札幌のチームアドバイザー、株式会社クラッキ代表取締役社長としてスクール事業を展開するなど、多岐にわたって活躍。2013年、コンサドーレ札幌の代表取締役社長に就任。座右の銘は「起死回生」。

北海道コンサドーレ札幌

北海道コンサドーレ札幌は、札幌市を中心とする北海道をホームタウンとする、Jリーグに加盟するプロサッカークラブ。チーム名の「consadole(コンサドーレ)」は、一般公募によって決定された。コンサドーレの意味は道民を意味する「道産子(読:どさんこ)」の逆さ読みと、ラテン語の響きを持つ「-ole(オーレ)」の2つを組み合わせたものが「コンサドーレ」です。
http://www.consadole-sapporo.jp/