急成長のインバウンド市場に向けNTTドコモがパートナーと仕掛ける次の一手

 2020年の東京オリンピックに向け、成長の一途をたどるインバウンド市場。2017年7月、この新たな市場にNTTドコモが「Japan Welcome SIM」で参入した。しかし本施策は、単なる訪日外国人旅行者向けの便利なSIMにとどまらないという。その背景には、SIMを媒介にした壮大なストーリーがあった。NTTドコモはインバウンドで何を開拓し、何を得ようとしているのか。担当者が、未来のビジョンについて語った。

パートナーとともに、包括的にインバウンド市場を攻める

今回話を聞いた石田氏(左)と馬場氏(右)。馬場氏はNTTドコモが出資するAI翻訳サービス「みらい翻訳」の取締役も兼任する

 昨今、ひんぱんに耳にする「インバウンド」という言葉。これは外国人が訪れてくる旅行を意味する。すなわち、日本へのインバウンドは訪日外国人旅行となる。

 日本政府観光局の統計によれば、2016年の訪日外国人旅行者数は過去最高となる2043万9千人を記録。日本政府は観光立国を目指し、2020年には4000万人、2030年には6000万人の訪日外国人数を目標に定めた。これら政策的な追い風もあり、インバウンド市場は拡大の一途を辿っている。

 NTTドコモが2017年7月1日から開始した「Japan Welcome SIM」は、インバウンドに向けたプリペイドSIMサービスである。この新サービスの狙いを、NTTドコモ スマートライフ推進部 ビジネス基盤戦略室ビジネス基盤戦略担当部長 馬場浩史氏、同室 ビジネス基盤戦略・企画担当主査 石田邦臣氏に聞いた。

――Japan Welcome SIMを始めようと思ったきっかけは。

馬場氏:訪日外国人旅行者の数は、政府の予想を上回っている拡大市場だ。NTTドコモでも2年ほど前から、海外のお客様へのおもてなしも含めてインバウンドへの取り組みを本格化してきた。

 我々は、外国人のお客様に日本で良質な体験をしてもらいたい。そこで最大の武器となるのが通信サービス。盤石の通信サービスを提供することで外国人のお客様とのコミュニケーションの起点を作るべきだと考えた。それがJapan Welcome SIMの出発点となっている。

――しかし、インバウンド向けのSIMはすでに各社が提供している。それらとの違いは何か。

馬場氏:確かに後発のため、まずは低価格で利用いただくのが第一。そこで広告や記事を視聴・閲覧することで、一定の高速データ通信量が無料になるサービスを柱とした。

 具体的には、海外のお客様に出国前にJapan Welcome SIMの申し込みをしていただく。データ使用量に応じた料金を支払って申し込むことも可能だが、指定した広告を視聴・閲覧することで一定の高速データ通信量が無料で提供されるオプションがある。この方式によって、Japan Welcome SIMでは広告の対価として低価格を実現していく。

――広告の視聴で高速データ通信量がもらえるのはユニークな試み。一方、広告効果と通信料金のバランスが取れているのか気になるところだが、手応えは。

馬場氏:2017年2月に札幌で1カ月間トライアルをしたところ、広告動画視聴の完了率が75%ほどにまで達した。ここで大きな手応えをつかんだ。

石田氏:Japan Welcome SIM は7月1日にスタートしたが、広告動画視聴の完了率はおよそ90%となっている(※取材が行われたのは7月12日)。とくに個別のプロモーションはしていないものの、6月26日の記者発表の記事が日本だけでなく、香港や台湾でも現地で翻訳して拡散されているようだ。それ以外にも、欧州まで含めて流入してきている。

馬場氏:当初の想定ではパートナー企業との BtoBを通じての販路がメインと考えていた。しかし、札幌のトライアルにしろ、本サービス開始後の動きにしろ“口コミ”がかなりありそうだ。最も敏感に反応しているのは香港、台湾。申し込みのサイトが開くやいなや非常に多くのトラフィックがあった。逆に言えば、サービスに磨きをかけてお客様のメリットをきちんと追求していくことができれば、ユーザーが反応して口コミで広がっていくということだ。

石田氏:それに加え、いかに早くユーザー接点が持てるかが重要になる。訪日外国人旅行者たちは、日本に入国した時点ですでに3分の2ほどの購買リストが確定しているという。国内に入ってからアプローチしても非常に限定的になってしまう。こうした意味からも、入国の1カ月以上、それよりも前からアプローチしたい。

 BtoBで事前にアプローチできるのはホテル、航空会社、タクシー会社、旅行ブッキングサイトなどだ。記者発表会でも披露したように、東急ホテルズやBooking.comとはすでにパートナーシップを結んでいる。それらの企業と一緒になってユーザーにアプローチしたい。広告主からすれば、訪日外国人旅行者に向けて、渡航準備の間にいかに効果的なプロモーションができるのかが鍵を握る。もし広告を見て新たな買い物リストに入ったらメリットは大きい。だからこそ広告の引き合いも多い。

馬場氏:例えば日本各地の定番の土産物をきちんと宣伝すると、非常に受けが良い。とくに香港や台湾の旅行客はしっかりとプランニングをしてくる。我々の感覚としては2カ月~2週間前が最もピークだと思っている。そこできちんとSIMの申し込みをして広告動画を視聴し、準備万端で入国してもらう。これは広告主にとっても大きな付加価値となる。

――インバウンド市場は成長を続けるだけに、ここに広告を出すメリットは大きい。

石田氏:我々としては“ザ・広告”というよりも、訪日外国人旅行者たちにとっての有益なコンテンツと捉えている。確実に意味のある、ヒットするものだけを提供したい。

馬場氏:そもそもインバウンドに注力する企業では、すでに多言語化した広告メニューを作っているケースが多い。それらの企業ニーズと今回の取り組みの狙いは合致しているはずなので、NTTドコモのパートナーシップ戦略である「+d」を通じてサービスを広げていきたい。

 こうしてお客様との接点を作っていく部分でパートナーの力を借りながら、新たなビジネスを成立させていく。加えて低価格のSIMを提供することで、エンドユーザーの数をきちんと増やしていく。この両輪がビジネスの柱となる。

――SIMは低価格競争ばかりに目が向きがちで、未来を見つめたビジョンはなかった。SIMが1つの媒介になるとの考え方は斬新だ。では、今後の目標については。

馬場氏:SIMを通じたビッグデータを蓄積していくことが我々の価値になる。具体的にはいかに情報をきちんと捕まえて、提供できる形にしていくか。インバウンド事業者にすれば、旅行者がいつどこに行き、何を楽しんだのかといったデータを含めて興味があるはず。将来的にはそういった点も整備していきたい。

 それから大企業とのパートナーシップでボリュームを増やすところに加えて、ベンチャー企業も含めて市場成長を狙っていく。その中には新しい形の翻訳、予約機能などもあるだろう。我々もさまざまなパートナーとの協創からいろんなコンテンツの提供機会をいただけるのではないかと思っている。

――例えば地域のサービスが付加された地域版のSIMがあるとか。

石田氏:まさにそうだ。例えば博多パックみたいな企画があるとして、博多に行けば無料で高速データ通信量が500MB提供されるとなったら、お互いにとってプラスになる。今、各サービス事業者がインバウンドの波にどうやって乗ろうかと知恵を絞っている。NTTドコモの場合はSIMがフックになるわけだが、ここで得た方法論を共有化することで日本の観光が良くなればいいとの思いもある。あくまでNTTドコモだけで完結しようとは考えていない。

馬場氏:今回のプロジェクトは我々もゼロからのスタート。その意味ではベンチャー企業と同じ目線だと思っている。ライバルとなって鎬を削るのではなく、市場を大きくすることが命題。この観点で、ぜひ我々と一緒に組んでほしい。

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