事例研究・バリューアップ術

築50年の旧本社ビルを売却せず再生

創業者の思いを受け継ぎ、街に刺激を与える場をつくる

2018/02/07
事例研究・バリューアップ術

父祖から受け継いだビルをどうするか、悩むオーナーは多い。ビルが老朽化していれば、「売却する」あるいは「建て替える」が妥当な選択になるだろう。ただ、父祖の思いが詰まった創業当時のビルを壊していいものか。ビルが建つ街とともに成長してきた企業ならなおさらだ。元の建物を生かしてリノベーションし、街に新しい刺激を与える仕掛けづくりに取り組んだビルオーナーの決断を追う。


2017年7月、JR川崎駅から徒歩10分の場所に、店舗や事務所、住居などからなる複合施設の「unico(ウニコ)」がオープンした。

unicoのある川崎市川崎区日進町は、昭和の時代には京浜工業地帯を支えた労働者が闊歩(かっぽ)した街だ。労働者向けの安価な簡易宿泊所がいまでも多く立地する、いわゆるドヤ街である。

JR川崎駅近くの労働者の街に、築50年超のビルが複合施設の「unico」として生まれ変わった(写真:NENGO)

JR川崎駅近くの労働者の街に、築50年超のビルが複合施設の「unico」として生まれ変わった(写真:NENGO)

かつての「ドヤ街」にあって、1階に位置するカフェや工房を街に開くことによって、人通りも増えて通りが明るい印象に変わった(写真:NENGO)

かつての「ドヤ街」にあって、1階に位置するカフェや工房を街に開くことによって、人通りも増えて通りが明るい印象に変わった(写真:NENGO)

unicoの建物を所有するヨネヤマ(川崎市)は、1946年に川崎市で創業。食品向けのパッケージや容器を製造し、大手スーパーなどに販売する会社だ。

ヨネヤマは日進町に、1963年に鉄筋コンクリート(RC)造・4階建て(1期)、1967年にRC造・5階建て(2期)の建物を建設し、本社や工場として長く利用してきた。1989年には本社機能を別の場所に移転したが、建物は食品輸入を営む同社のグループ会社が食品の仕分けなどに使っていた。

ヨネヤマで不動産事業を行うunico事業部の武井雅子氏に経緯を聞いた。「建物は築50年を超えて老朽化しており、当初は売却や等価交換による建て替えなど様々な可能性を探りました。ただ、創業者である祖父の思いの詰まった旧本社ビルということもあり、川崎市の経営者仲間との出会いや助言もあって、元の建物を生かしてリノベーションする決断をしました」。

「当社は、この日進町に育ててもらいました。いまでは周辺でマンションがたくさん建てられるようになり、変わりゆくこの街に何か恩返しができないかと考えたことも理由の一つです」(武井氏)。

再生のパートナーとなったのは、リノベーション事業などを手掛けるNENGO(川崎市)だ。約3年間にわたり、事業のコーディネートから施工に至るまでを二人三脚で乗り切ったのだという。

ヨネヤマunico事業部の武井雅子氏。創業者である祖父の思いを受け継ぐため、旧本社ビルのリノベーションを決断。事業立案から運営管理まで自ら積極的に関わっている(写真:ヨネヤマ)

ヨネヤマunico事業部の武井雅子氏。創業者である祖父の思いを受け継ぐため、旧本社ビルのリノベーションを決断。事業立案から運営管理まで自ら積極的に関わっている(写真:ヨネヤマ)

中央の5階建てのビルが1967年に完成したヨネヤマ本社の2期目のビル。その奥に見えるのが1963年建築の1期目のビル(写真:ヨネヤマ)

中央の5階建てのビルが1967年に完成したヨネヤマ本社の2期目のビル。その奥に見えるのが1963年建築の1期目のビル(写真:ヨネヤマ)

本社ビル前でヨネヤマ社員が地域のお祭りに参加した際のスナップ。地方出身の若い社員が多く活気にあふれていた(写真:ヨネヤマ)

本社ビル前でヨネヤマ社員が地域のお祭りに参加した際のスナップ。地方出身の若い社員が多く活気にあふれていた(写真:ヨネヤマ)


文:村島 正彦

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