南谷真鈴

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10代でエベレストにだって登れたんだから
どんな夢物語も、現実に変えてみせる。

早稲田大学 学生
七大陸最高峰日本人最年少登頂記録保持者

南谷 真鈴

MINAMIYA Marin

2016. 10 .25 公開

interview : SAKIYA Miho 
photo : KAWAZU Tatsunari

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2016年5月23日、世界最高峰のヒマラヤ山脈エベレストの、男女含めて日本人最年少登頂記録が塗り替えられた。その偉業を達成したのは、当時19歳5カ月だった南谷真鈴さん。7月には北米大陸最高峰のデナリ登頂に成功し、こちらも男女含めて日本人最年少での7大陸最高峰制覇を達成した。「私は登山家ではない。ただの大学生です」と言いながら、10代半ばから最高峰登山をひとつのプロジェクトと捉え、次々と遂行していく南谷さん。その行動力と意志力は、どこから来るのか。

ネパールの少女が、私にとってのチェンジメーカーだった

── 南谷さんが、登山の面白さに目覚めたのは何歳のときだったのでしょうか。

13歳です。そのとき私は、両親の仕事の関係で香港に住んでいました。私の親は海外赴任が多く、1歳半のときから、マレーシア、上海、大連、そしてまた日本に戻ってきたりと、アジア各国を転々としていたんです。
香港では、幼稚園から高校までが併設されているブリティッシュスクールに通っていました。
IT活用を積極的に行うとても先進的な学校で、幼稚園からパソコンを使った授業が導入されていました。スクールは複数のビルの中に点在していて、授業ごとにビルを移動する。ランチのときは、別の棟にいる友達とパソコンのディスプレイ上でFaceTimeを開き、ネット経由で会話しながら食べていたくらい。
香港は小さな街に高層ビルがずらっと建ち並び、まさにコンクリートジャングル。徹底した人工的な空間で、学校の授業もITを駆使したバーチャルなもの。自然とは程遠い香港での生活でしたが、あるとき、学校行事で山登りに行ったんです。

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── 香港にも、登山できるような山があるんですね。

高尾山くらいのせいぜい標高数百メートル程度の山なんですけどね。市街地から中国本土との境のほうに向かうとちょっとした山が連なっているんです。
この初登山は、人工的な香港での暮らしから自然の中に分け入った最初の体験でした。
学校で一緒に学ぶ友達と協力して、計画を立て、荷物を分担して持ち、山に登る。頂上から香港の街を見下ろす。巨大なビル群がちっちゃく見える。

あんなちっちゃなところでいろんなことを思い悩んでいたんだ。でも、一歩踏み出せば、そんな悩みを吹っ飛ばすこんなに気持ちいい自然があったんだ。

それから登山の魅力のとりこになりました。
休みのたびに山に足を運ぶようになり、14歳のときには「英国エディンバラ公国際アワード」プログラムに参加し、ボランティアや寄付活動をしながら、友達と一緒にネパールのアンナプルナ(標高8091メートル)のベースキャンプまで行ったり、16歳の秋にはチベットのミニヤコンカを6300メートル付近まで登ったりしました。
澄んだ空気の中で見る夜空の星は本当にきれい。そして、エベレストを想うようになりました。
「この高さでこんなに星空が美しいなら、世界最高峰から見る景色はどんなだろう」

もうひとつ、エベレストに登ろうと決めたきっかけがあるんです。
国連WFPの「給食が、エベレストへ向かわせた。」という公共広告のポスターを香港の街角で見かけました。
ポスターには、ひとりの女性が写っていました。
ネパール人女性の登山家のニムドマ・シェルパさん。ネパールの貧しい農村地区で生まれ、国連WFPの給食支援を受けながら、2008年17歳でエベレスト登頂を果たす。ポスターの中の彼女はそのときの写真を持っていました。
どんな環境で生まれ育とうと、熱意を持って自分がやりたいことに向かって努力をすれば何だって可能になる。彼女が身をもって示したメッセージに感動しました。
私にもできるはずだ。エベレストに、登ろう。
そう、今思えば、ポスターの中のニムドマさんが、私にとっての「チェンジメーカー」でした。

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── そこから、もうエベレスト登頂に向けて動き出したんですか?

17歳。高校3年のときに香港から日本に戻ってきて、そのときから自分ひとりでプロジェクトをスタートさせました。
できれば、エベレスト登頂の男女含めて日本人最年少記録を達成したい。さらに言えば、7大陸の最高峰も最年少で制覇したい。当時の日本人最年少記録は20歳でしたから、10代のうちに実行しなければ。
そう考えると、のんびりしている暇はありません。
まずやったのは、父を説得することです。しょせん学生だから、親という山を乗り越えなければ実行はできない。
「エベレストに登ろうと思ってるんだけど」
そう言った私に父は、躊躇(ちゅうちょ)なく言い放ちました。
「お前の熱意は認める。自分の好きなようにしろ。だが、やると決めたからには最後までやれ」
やった!お父さんの許可が出た。けれども父は、さらにもう一言付け加えました。
「これは、真鈴、お前のプロジェクトだ。だから、自分は資金も一切サポートしない。お前自身でなんとかしろ」
父は、きっと、そう言えば私が諦めると思ったんでしょうね。
でも負けず嫌いの私は、逆に火がついちゃった。
よし、絶対、自分の力でやり遂げてやる。そう決意が固まったんです。

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Column CLÉ de Cartier

Simplicity is an Art.

凛とした強さこそ、美しい。

CLÉ DE CARTIER

クレ ドゥ カルティエ ウォッチ SS 31mm ¥485,000(税抜)

Simplicity is an Art.

凛とした強さこそ、美しい。

自立した現代的な女性のファッションやライフスタイルにマッチし、対等なパートナーとして気持ちを奮い立たせるモノ……。それがカルティエの時計である。

どのコレクションもかれんなフォルムを持っているが、単に美しいだけでなく“凛(りん)とした強さ”を感じるのは、カルティエが時代の変革者であるからに他ならない。
170年を超える歴史と文化、伝統は守りつつ、そこに安住するのではなく、時代の変遷に合わせて明確なビジョンを持ち、常に新しいスタイルを作り出してきたという実績が、時代を切り開いていく女性たちから支持されるのだろう。

「クレ ドゥ カルティエ」はクッション型のたおやかなケースと小ぶりなローマン数字のインデックス、そして華やかに広がるフランケ模様のギヨシェという、カルティエらしいディテールを持っている。

しかし最大の特色は、目に飛び込んでくる角型のリュウズだろう。これはクレ(フランス語で“鍵”の意味)と呼ばれ、ケースのサイドフォルムを際立たせるために考案されたもの。デザインと機構の両面で常に新しいチャレンジを行ってきたカルティエらしい斬新なディテールだが、角型にすることで指先にフィットし、針を操作しやすくなったという実用的なメリットも見逃せない。

バリエーションも豊富で、日常使いに適したステンレススティールモデルもあれば、特別な時間を過ごすためのダイヤモンドが配されたモデルもある。その“鍵”は、幸せの扉を開くアイテムとして、貴女にそっと寄り添ってくれるに違いない。

Text by SHINODA Tetsuo

主催:日経ビジネスオンライン
 特別協賛:リシュモン ジャパン カルティエ