田邊󠄂優貴子

07

極地の水の底には、いまも「原始の地球」が
手つかずで暮らしている。その秘密を明かしたい。

国立極地研究所 生物圏研究グループ 助教

田邊󠄂優貴子

TANABE Yukiko

2016. 11 .22 公開

interview : KATASE Kyoko 
photo : KIM Yongduck

1

北極と南極。極地の淡水湖をフィールドに原始の地球の生態系の秘密を探っているのが田邊󠄂優貴子さんだ。独自の生態系が育まれた湖に誰よりも先に潜り、湖底で暮らす生命を研究している。今年11月、南極観測船『しらせ』で7︎回目の南極を訪れ、越冬隊として過ごし、さらなる研究の道へ就く。何が田邊󠄂さんを、地球上最も過酷な地にある凍えるほど冷たい湖へと惹きつけるのか。

社会の役に立ったとして、それが私にとって何になるだろう

——田邊󠄂さんは極地の湖の生態系の研究がご専門ですが、最近はどこへ行かれましたか。

この夏、グリーンランドのすぐ横、カナダの先、世界最北端の北極の湖へ行ってきたところです。それまでずっと南極の湖の生態系の調査をしてきたのですが、ここ1〜2年、北極の湖の生態系にも着手し始めました。
湖は長さ500メートル、幅300メートル。深さはせいぜい10メートル程度。それほど深くありません。北極も南極も、極地の湖は地殻変動による地割れの成れの果てでできたものは数少なく、氷河で地面が削られてできた窪地(くぼち)に淡水がたまったものです。
そこには、シアノバクテリア(光合成細菌)、藻類、コケ。それを食べるカイアシ類と呼ばれる動物プランクトンに、ユスリカの幼虫。アークティックチャー(ホッキョクイワナ)というイワナの仲間も暮らしています。おそらく氷河期の終わりとともに陸封されたんでしょうね。

写真

シアノバクテリアは、約27億年前に地球上で最初に生まれた光合成のできる生き物です。日本にも、北極にも南極にもさまざまなシアノバクテリアが暮らしています。
そして、北極の湖で採取したシアノバクテリアには、とても興味深い種類が混じっていました。日本にいる普通種もいる一方で、なんと南極で見つかったのと同じ種類のシアノバクテリアがいたのです。

地球のまさに両極、北極と南極という世界から隔絶された淡水湖に、なぜ同じ種類のシアノバクテリアが生き続けているのか? 数十億年前と数億年前に地球は全球が凍結し、いわゆる『スノーボールアース』になったことが何度かある、と考えられています。そのたびに地球上の生き物は大量絶滅し、凍った地球に適応できた生き物だけが生き残り、生物が飛躍的に進化したといわれています。

そんなスノーボールアース時代がずっと残っている場所が2つあります。北極と南極です。スノーボールアース時代に世界中にいた寒さに適応した生き物が、いまは北極と南極にだけ生き残っているのだと思います。言い換えれば、北極と南極の淡水湖には、遠い昔、原始の地球の生態系がそのままある可能性が高いのです。とりわけ南極の内陸部の淡水湖に外から訪れる生き物は、私たち南極調査隊ぐらい。ペンギンすら来ることはありません。数十億年前の地球に近い環境がまだあるかもしれない。そう思って南極調査を繰り返しているんです。

写真写真写真写真

(左上)北緯80度に位置するスヴァールバル諸島の丘の上で。(右上)北緯82度、カナダ北極エルズミア島北部のフィヨルドに浮かぶ氷山に到着。(左下)スヴァールバル諸島のツンドラ生態系を調査中。(右下)北緯83度、世界最北端の湖の底から生物試料を採集。

——田邊󠄂さんはいつ自然が好きになったんですか?

私は、青森県の田舎で生まれ育ちました。ものごころついたときには自然が好きでしたね。小学校へ入学する前のことを思い出します。山の中や川縁、田んぼで景色を見ながらひとりで佇んでいた自分を。一番好きな季節は冬。田んぼや畑に雪が積もって一面真っ白になり、はるかその先にくっきり八甲田山が見える。真っ青な空を白鳥が列を成して飛んでいく。
それが私の原風景です。極地に出向いて雪と氷に囲まれているいまと、私は何も変わっていませんね。

ただ、大学進学のときになぜか道を誤って、工学部を選んでしまったんです。仕事はやっぱり実学じゃないとできないかな、と思ってしまったんですね。専門は生化学。いまものすごく注目されている光合成のシステムを人工的に開発し、クリーンな新エネルギーを作り出す研究をしていました。
研究テーマは面白いんですけど、どこかに「私にとって、何の意味があるんだろう」とうじうじ思っていた。その憂さを晴らすように、時間があると旅ばかりしていました。

大学へ入ってからすぐにバックパッカーになりました。最初に行ったのがペルーとボリビア。それまで18年間青森で暮らしていたので、一番遠いところを目指そうと南米に向かったんです。

写真

想像以上の別世界で、見るものすべてに感動していました。街の風景も、古い遺跡も、ケチュア族の人が着ているものも、彼らの生活も、全部。高山の中にあるチチカカ湖に浮かぶ島へ行ったときには、民家に泊めてもらいました。夜、そこの主人に「お祭りをやっているから見に行ったら」と言われて外へ出た。

真っ暗闇に星がびっしり瞬いている。
星座がわからないほど、辺りが明るく見えるほど、輝いている。
標高3000メートル以上の、電気も通っていない、真の暗闇。
星だけが光っている。宇宙に放り出されたような感覚。
寝そべって2時間くらいずっと星空を眺めていました。
気がつきました。私は、人がつくったどんなものよりも、こういうものに心引かれる人間なんだ、と。

写真

その後、研究室とバックパックの旅とを繰り返しながら大学4年になったとき、えいやっと1年間休学して、冬のアラスカに行き、エスキモーの村で過ごしました。初めての極地体験です。
雪国育ちだから極地の風景には子どもの頃からシンパシーがありました。小学校3年生のときにテレビで見たアラスカのドキュメンタリー。オーロラが降り注ぐ原野、氷河の海、ツンドラの大地、そこを闊歩(かっぽ)するグリズリー、カリブー、ムースたちに心を奪われました。横で一緒にテレビを見ていた母親にこう言いました。

「ねえ、アラスカに連れていってよ」。母親はあきれたように「あんたね、無理よ」。
この母とのやりとりとテレビ映像を、休学を決めたときにふと思い出したんです。

「よし、だったら行ってやろうじゃないか、アラスカに」。で、行きました。

初めてのアラスカは、とにかく、広かった。
視界を遮るものは何もない。360度地平線。真っ白な原野がどこまでも広がっている。訪れたのは冬で1日中一度も太陽が昇らない。昼から夕方までずっと、日が沈んだばかりの夕焼け空のよう。真っ白な大地がピンクとオレンジに染まる。夜になると、オーロラが静かに降ってくる。いまでもすべての風景が脳裏にくっきり浮かんできます。

1

Column CLÉ de Cartier

Simplicity is an Art.

凛とした強さこそ、美しい。

CLÉ DE CARTIER

クレ ドゥ カルティエ ウォッチ SS 31mm ¥485,000(税抜)

Simplicity is an Art.

凛とした強さこそ、美しい。

自立した現代的な女性のファッションやライフスタイルにマッチし、対等なパートナーとして気持ちを奮い立たせるモノ……。それがカルティエの時計である。

どのコレクションもかれんなフォルムを持っているが、単に美しいだけでなく“凛(りん)とした強さ”を感じるのは、カルティエが時代の変革者であるからに他ならない。
170年を超える歴史と文化、伝統は守りつつ、そこに安住するのではなく、時代の変遷に合わせて明確なビジョンを持ち、常に新しいスタイルを作り出してきたという実績が、時代を切り開いていく女性たちから支持されるのだろう。

「クレ ドゥ カルティエ」はクッション型のたおやかなケースと小ぶりなローマン数字のインデックス、そして華やかに広がるフランケ模様のギヨシェという、カルティエらしいディテールを持っている。

しかし最大の特色は、目に飛び込んでくる角型のリュウズだろう。これはクレ(フランス語で“鍵”の意味)と呼ばれ、ケースのサイドフォルムを際立たせるために考案されたもの。デザインと機構の両面で常に新しいチャレンジを行ってきたカルティエらしい斬新なディテールだが、角型にすることで指先にフィットし、針を操作しやすくなったという実用的なメリットも見逃せない。

バリエーションも豊富で、日常使いに適したステンレススティールモデルもあれば、特別な時間を過ごすためのダイヤモンドが配されたモデルもある。その“鍵”は、幸せの扉を開くアイテムとして、貴女にそっと寄り添ってくれるに違いない。

Text by SHINODA Tetsuo

主催:日経ビジネスオンライン
 特別協賛:リシュモン ジャパン カルティエ