5章 - アフリカビジネス まとめ
対談・北岡伸一JICA理事長×鮫島弘子
これからのアフリカビジネスを支えるのは志高い“人”

連載の最終回は、JICAの北岡伸一理事長にインタビューいたします。

私自身、かつて青年海外協力隊の一員として、アフリカで仕事をしていました。
いわば、チームJICAの1人だったのです。

今周囲を見渡すと、青年海外協力隊出身者で、アフリカをはじめ開発途上国で起業したり、日本企業の現地法人で活躍したりしている仲間のいかに多いことか。

日本のODAの実施機関であるJICA、日本の若者が世界中の途上国の現場で汗を流す青年海外協力隊。さらに、日本が1国で、アフリカ大陸すべての国々とアフリカの未来を一緒に考えるアフリカ開発会議TICAD。すべて日本ならではのユニークな国際協力のかたちです。

アフリカの未来に、JICAは、青年海外協力隊は、日本企業は、ビジネスパーソンは、そして日本という国は、何ができるのか? 

北岡理事長にうかがいました。

JICAの北岡伸一理事長

アフリカのオーナーシップが発揮されたTICAD VI

鮫島:2016年8月、ケニアの首都ナイロビで開催されたアフリカ開発会議TICAD VIを取材いたしました。大企業、地方の中小企業、アフリカの地で起業したベンチャー。さまざまなビジネスパーソンがアフリカのビジネスの最前線で汗をかいていることを目の当たりにして、エチオピアでビジネスを展開している私は大変勇気づけられました。そして、国際協力の観点からいうと、アフリカが援助の対象から、ビジネスパートナーの対象へと変わりつつあることを実感しました。

北岡:鮫島さんは、青年海外協力隊のご出身でしたね。

鮫島:ええ。私は2002年から2005年にかけて、アフリカのガーナやエチオピアで協力隊員として活動をしていました。当時はアフリカに日本企業が集結するのは夢のまた夢。社会インフラを整えるのが精一杯というイメージでした。北岡理事長もTICAD VIへ出席されたと伺っていますが、ご感想は?

北岡:私がJICAの理事長に着任したのは、2015年10月。今回のTICADまであと10カ月しかないというタイミングでした。その時点ですでにケニアの首都ナイロビでの開催は決まっていました。1993年のTICADⅠから前回の2013年のTICAD Ⅴまで、5回すべてが東京および横浜での開催でした。つまり、アフリカでの開催は初めてだったのです。日本からたくさんのビジネスパーソンにナイロビに来てもらう必要がありますし、アフリカ諸国の首脳やビジネスパーソンにもナイロビに来てもらう必要があります。事前の段取りからロジスティクスにいたるまで、JICAとしても初めての体験。はたしてうまくいくのだろうか。正直、不安もありました。

2016年8月27日、ケニア・ナイロビで開かれた
TICAD Ⅵのジャパンフェアの会場を視察する安倍晋三首相
写真提供:内閣広報室

鮫島:たしかに。アウェイのナイロビでやらないといけないんですものね。考えるだけで大変そうです(笑)。

北岡:ええ(笑)。でも、だからこそ待ちの姿勢では失敗する、と考え、政府からの指示を待つのではなく、JICAが得意とするところでは提案をだし、積極的に前に出よう、とスタッフたちに発破をかけました。

鮫島:で、実際にTICAD Ⅵ、ご参加されていかがでした?

北岡:自画自賛になってしまうかもしれませんが、大成功だったと思います。参加者数は、日本とアフリカ諸国からの総数で約1万1000人。前回日本で開催したTICAD Vの約4500人に比べ2倍以上の方々が訪れてくれました。日本からも約3000人のビジネスパーソンが、ナイロビに集まりました。安倍晋三首相のスピーチに、アフリカ各国の首脳が熱心に耳を傾けていました。アフリカで開催して、本当によかった、と思います。

2016年8月27日、ケニア・ナイロビで開会したTICAD Ⅵの会場で
アフリカ各国首脳と並ぶ安倍晋三首相
写真提供:内閣広報室 

鮫島:成功の要因は?

北岡:アフリカで開催したことで、アフリカ諸国が当事者として盛り上がってくれた。これに尽きると思います。

先ほどもお話ししましたように、これまでのTICADはすべて日本国内での開催でした。となると「日本人にアフリカをもっと知ってもらうこと」が結果として優先される。

もともとTICADは、93年に日本政府が主導して、アフリカ諸国や国連と協力してアフリカの開発についてみんなで考えようという意図で始まりました。主人公はやはり「アフリカ」なのです。そこで、「これからのTICADは、アフリカと日本とで交互に開催したい」とアフリカ側から提案があり、今回のTICAD Ⅵがナイロビで開催されました。その結果、アフリカ諸国の「当事者意識」がかつてなく高まりました。

鮫島:今回は日本から民間=企業が多く参加しました。TICAD VIでは、日本政府もJICAも、民間の力を大きく打ち出していました。

北岡:JETROにより開催されたジャパンフェアにブースを出した日本企業は84社、うち中小企業が25社です。榊原定征経団連会長が参加する一方、関西の青年商工会議所も来訪しました。そして、アフリカで活躍を始めた多くの日本のベンチャーも。アフリカの発展には、大企業のみならず、日本の高度成長を支えてきた中小企業、そして次代を担うベンチャーの力が不可欠です。アフリカにビジネスパーソンをたくさん呼ぶことができたのは本当によかったと思っています。

鮫島:日本の民間企業の参加をどうやって促したんですか?

北岡:2016年に12億人のアフリカ大陸の人口は、2050年には25億人に達するといわれています。世界人口の4人に1人がアフリカ人になる計算です。一方、現時点でアフリカの多くの国がまだ経済的に自立できていません。だからこそTICADのような会議が開かれ続けている、ともいえます。アフリカが一刻も早く経済的に自立しなければ、増大する一方のアフリカの人口はそのまま世界に大きな負担としてのしかかります。

アフリカの経済的な自立にいったい何が必要なのか?
当然、産業育成が必要ですが、アフリカはこれまでに2つの失敗を犯しました。

1つは資源依存の経済発展に頼ろうとしたこと。もう1つは一足飛びに重工業などの先進産業に飛びつこうとしたことです。

石油にしろ天然ガスにしろ鉄鉱石にしろ、天然資源の開発は途上国にとって外貨獲得の一番てっとり早い手段です。けれども、その国の経済発展を資源に依存してしまうと、富が一部に集中しがちで、貧富の差を招いてしまうため、国民全体が幸福になることが難しい。一方、先進産業の育成は、すでに先を行っている先進国の企業に伍していくのが難しい。また工場立地としても、内陸国の多いアフリカは輸送コストが高く、東南アジア各国のように安い労働力を生かした輸出志向型の工場誘致、という手がとりにくい。

結果、アフリカの多くの国は、手詰まりになってしまいました。

では、どうすればいいのでしょう? 

基本は、オーソドックスに労働集約的な産業の育成から始めて、地道な技術を研鑽し、蓄積してもらう。そのとき、日本の経済成長を下支えしてきた地方の中小企業が蓄積してきたノウハウや仕事の進め方は、アフリカの人たちにとても役に立つはずです。

一方で、ITのように、巨大インフラが必要ないビジネスも向いています。ゼロベースでインフラを構築する段階にあるアフリカとITは相性がとてもいい。先進的な日本のITベンチャーはアフリカでも手腕を発揮できるはずです。

そこで、大企業はもちろん中小企業やベンチャー企業に対しTICAD Ⅵへの参加をお願いしたわけです。皆さんの力が必要だ、と。

鮫島:私もエチオピアで小さな会社を経営しています。アフリカでビジネスをしている当事者の1人として言わせていただくと、アフリカでビジネスを展開しようと考えている中小企業やベンチャーに対し、日本政府やJICAからもっともっと応援があるといいなあ、と思っています。中小企業やベンチャーの場合、アフリカに参入するためのさまざまなリスクを乗り越えられないケースが多いんですね。日本の中小企業やベンチャーがアフリカで拠点を築こうとしたとき、たとえばJICAからはどのようなサポートを受けられますか。

北岡:中小企業やベンチャーの場合、素晴らしい技術やビジネスモデルを持っていても、海外でビジネスをやったことがない。そのためどう進出すればいいのかわからない、というケースが少なくありません。

そこで、JICAでは、地方の中小企業にアフリカをはじめとした海外に進出してもらおうと、中小企業海外展開支援事業を行ってきました。JICAが蓄積してきたこれまでの途上国での協力事業のノウハウに基づき、日本企業と対象国の連携のマッチングや助言を行い、1社でも多くの企業がアフリカをはじめとする途上国に進出できるよう、応援をしています。今回、TICADにたくさんの中小企業の方が参加していただけたのも、このスキームでアフリカに進出した実例がすでにいくつも出始めたからですね。

鮫島:たしかに、取材させていただいた日東建設さん、鳥取再資源化研究所さん、CFPさん、サラヤさん、いずれもJICAの中小企業海外展開支援事業をきっかけに、現地で活躍されていると伺いました。

北岡:はい。ですから、我こそと思わん企業はぜひ手を挙げていただきたいのです。幸いにも、すでに47都道府県すべての企業がこの事業の対象となっています。また、今回取材いただいた味の素さんやLIXILさんといった大企業に活用いただける支援スキームもあり、JICAではあらゆる民間連携メニューを揃えています。各地方の企業が、これらの制度を踏み台にして、アフリカをはじめ世界各地に飛び出しています。そしてそんな企業が現地で成果を上げてメディアに取り上げられると、それを見たライバル社が「あの会社がやれるなら、うちもできるかもしれない」と手を挙げる、という良い循環も生まれつつあります。