introduction

Supported by JICA

池上彰です。2016年10月末、中米のパナマに取材に来ました。

パナマといえば、「日経ビジネス」の読者の皆さんがすぐに連想するのは、そう「パナマ文書」ですね。パナマのモサック・フォンセカ法律事務所がカリブ海諸国をタックスヘイブン(租税回避地)として利用した世界中の企業と個人の機密文書。その内容が2016年4月に白日の元に晒されて大ニュースになりました。こちらがパナマ文書の出元であるモサック・フォンセカ事務所の入ったビルです。

これから、さらなる機密文書を発見しに、はるばる日本から地球の反対側にあるパナマへ……。では、ありません。今回、私が取材したのは、パナマの基幹インフラであるこちら、「パナマ運河」です。

1904年、アメリカ合衆国の手によって、南北アメリカ大陸の結び目にあたるパナマで運河を掘り進め、1914年に太平洋と大西洋を結ぶ航路が完成しました。以来、パナマ運河は現在に至るまで世界で最も重要な物流インフラのひとつとなっています。この運河がなければ、貨物船やタンカーは、北極や南米のそばを回らないと、太平洋と大西洋を行き来できません。

従来のパナマ運河は幅が33.5メートル。このため、パナマ運河を通ることのできる船のサイズは、全長294.1メートル、全幅32.3メートル、喫水12メートル、最大高57.91メートル以下と決まっており、船舶業界では「パナマックス」と呼ばれています。船舶建造技術の発達でより大きな船を作ることができるようになりましたが、これより幅広になるとパナマ運河を航行できません。

それが今年6︎月、長年の工事期間を経て、より大きなレーンが新たに開通しました。通行可能な船のサイズも全長:366メートル、全幅:49メートル、喫水:15.2メートル、最大高:57.91メートル以下となり、こちらは「ニューパナマックス」と呼ばれています。

運河のキャパシティが格段に増したパナマ運河は、グローバル時代の物流を担うさらに重要なインフラとなったわけです。

が、しかし、このパナマ運河、実はほうっておくと使えなくなってしまう「危機」にさらされていました。

理由は、なんと焼き畑農業にありました。

パナマ運河の周りは熱帯雨林で覆われています。周辺の農民たちは、この熱帯雨林を伐採し、焼き畑農業を営むようになりました。1990年代のことです。焼き畑をすると表土の薄い熱帯雨林では、数年後にはその地は裸地となり、土砂がどんどん河川へと流入します。また、熱帯雨林の面積そのものが少なくなると、森の保水力も失われます。

実はパナマ運河の水は、「海水」ではありません。

太平洋と大西洋を、運河を切って海水で繋いでいるのではないのです。パナマ運河の水は、すべて「淡水」なのです。

というのも、パナマの陸地の部分は標高数十メートルあるからです。パナマ運河の正体は巨大なダム湖。海からやってきた船は、いくつもの開閉式の閘門(こうもん)を通って、水のエレベーターで海抜0メートルから26メートルまで持ち上げられ、標高26メートルのダム湖を通って、太平洋と大西洋を行き来しているのです。

では、このダム湖に貯められた「淡水」はどこからやってくるのか?
熱帯雨林に覆われた周囲の山から流れてくる川の水です。

熱帯ならではの豊富な降雨量と、熱帯雨林の保水力によって、パナマ運河は常にたっぷりと水をたたえているわけです。

ところが、この熱帯雨林が焼畑農業によって失われると、森の保水力は低下し、さらに土砂が運河に流れ込みます。

ほうっておくとパナマ運河の水は減り、土砂が流れ込んで浅くなり、大きな船が運行できなくなる、というのです。

そこで立ち上がったのが、日本の国際協力。
このパナマの熱帯雨林と運河の危機に立ち向かいます。その手法は、焼き畑で荒れ果てた裸地に農業を。植えられているのは……。

なんとパクチーです。日本やアジアで食べるのとはっぱの形が違いますが、嗅いでみれば、あのパクチーの香りが。

それから、コーヒー!

さらに、バナナ!

そして、パナマソウ!

これは、かの有名なパナマ帽の原材料ですね。

裸になった山にいろいろな商業作物を植えて、農家のひとたちが持続可能なビジネスにする。結果、山は緑で覆われ、土砂流失もなくなり、保水力もあがる。

この指導を、日本の国際協力機構(JICA)から派遣された専門家チームが行いました。

パナマ市の海沿いには、大きな水産市場があります。 こちらも日本の支援により1995年に完成したそう。

世界でも珍しい、太平洋のマグロと、大西洋の伊勢海老が、同じ市場に並ぶ。パナマならではの光景です。

ただし、近年、パナマでは大きな問題が浮上しています。
それは川と海の汚染です。

パナマは国際物流の重要性が高まり、多くの企業が進出しているほか、パナマ船籍の名で知られるように、世界中の船が登録されています。

気候のよさとアメリカとヨーロッパからの地の利のよさもあり、リゾート需要やリタイア後の住まいとして、高層マンションが次々と建っています。

かくして、2000年306万人だったパナマの人口は増加する一方で、現在は390万人まで膨れ上がりました。

ところが、パナマには満足な下水処理施設がありません。

その結果、下水が処理されずに、川に、海にと垂れ流され、結果、パナマ市周辺の海域や市内を流れる河川、そして運河は、深刻な水質汚染に悩まされています。

多くのヨットが並ぶ高級ビーチリゾートの体をなしているパナマですが、実はこの海で泳ぐことはできません。海水浴ができないほど、汚染されているからです。

そこで、パナマの下水問題を改善しようと、日本が下水処理場の整備に手を差し伸べることになりました。

熱帯雨林のパクチーは、パナマ運河を救うことができるのか?
パナマの海は、日本が支援した下水処理施設を通じて蘇ることができるのか?

お正月明けから連載が日経ビジネスオンラインでスタートします。日本の国際協力とパナマの未来の関係、ぜひお読みください。

なお、この取材の様子は、2017年1月3日のテレビ東京の「池上彰の2017 世界を見に行く」でも放映されます。こちらも合わせてごらんください。

テレビ東京の正月番組『池上彰の2017 世界を見に行く』では、相内優香アナウンサーと、パナマの現場を取材します。