前編

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パナマ運河は「淡水」でした

え、太平洋と大西洋を結んでいるんだから、海水に決まっているじゃないか?
残念! 正解はなんと淡水なのです。

20世紀初頭、地中海と紅海を直結したスエズ運河の成功を見て、太平洋と大西洋をパナマでつなぐ計画が立ち上がりました。スエズ運河は2つの海を直接つないでいます。だから運河の水も海水です。パナマ運河も、パナマの国土を掘削し、2つの海を運河で結ぼうとしました。

ところが、ここで難題が立ちはだかりました。
パナマ運河が通っているパナマ地峡には、大西洋と太平洋を隔てる山があり、この山を海面下まで掘削することはできません。

そこで工法をがらりと変えることにしました。
運河を掘り進めるのをやめて、代わりにダム湖をつくることにしたのです。

周辺の山々から流れ落ちて太平洋と大西洋に注いでいた複数の川を運河の予定地でせき止め、ここに巨大なダム湖=ガトゥン湖をつくりました。そして太平洋と大西洋から内陸に向かって数キロほど運河を掘り進め、このダム湖とつなぎます。

1904年から10年かけてようやく完成したパナマ運河。
当時はなんと人の手で掘り進んでいたのですーパナマ運河に併設されている資料館の展示より

運河とダム湖はそれぞれ3つの閘門(こうもん)で結び、いわば水のエレベーターで、船を海抜ゼロメートルの海面から海抜26メートルの運河の水面まで持ち上げる仕組みをとったのです。工事を主導したアメリカは、標高差のある五大湖を運河で結ぶ際に、この水のエレベーターをすでに活用しており、実績がありました。

かくして、パナマ運河は、「淡水」の「ダム湖」をつくることで、大西洋と太平洋を結ぶことに成功しました。こちらがパナマ運河の閘門と船が実際に通る様子です。

大西洋側から海抜26メートルのガトゥン湖を通り太平洋に抜ける旧運河に入ってきた貨物船

閘門が開き、船を通すと、再び閘門が閉じ、船が浮かんでいる区間の水を抜き水位を下げる

前後の閘門で船を挟んだ区間の水位がどんどん下がって、
海抜26メートルから海抜ゼロメートルに。

無事、太平洋側に抜けることができました

これでおわかりいただけましたね。パナマ運河の水が海水ではなく淡水であるわけが。私も今回取材するまで知らなかった事実です。

しかし、パナマ運河が淡水であるがゆえに、思わぬ危機が訪れました。
パナマ運河に注ぐ河川流域の水源地にあたる熱帯雨林が、焼き畑農業のせいで次々と姿を消したのです。その結果、パナマ運河の水が減り、底が浅くなり、船舶の通行を制限せざるを得なくなったというのです。

焼き畑で熱帯雨林がなくなると、運河もダメになる

実際、どんな様子なのか、ヘリコプターで空中から眺めてみましょう。
まず、パナマ運河を空からご覧ください。次々と巨大船舶が通過していきます。

パナマ運河には、常にたくさんの船が列をなして通っています

パナマ運河に流れ込む河川。パナマ運河の水が海水でなく、淡水であることがわかります

まるで海のような、パナマ運河のちょうど真ん中にあるダム湖=ガトゥン湖。
たくさんの貨物船やタンカーが順番を待っています

今度はパナマ運河の水源地にあたる川の上流部を遡ってみましょう。

熱帯雨林に覆われた山並みが見えます。パナマの熱帯雨林は世界有数の生物多様性の豊かな自然です。これらの山から流れ落ちて川となって運河に注いでいるのが、パナマ運河の淡水です。

パナマ運河は、パナマの山々から流れ落ちてきた河川流域の下流部にできた巨大なダム湖にして、そのままそれぞれ太平洋と大西洋に注ぐ川の河口部、と見なすことができるわけです。

パナマ運河の周囲は広大な熱帯雨林に覆われている

かつて熱帯雨林に覆われていた山が、焼畑農業で裸山状態に。
周辺には、農家の集落が見える

運河の上流部の熱帯雨林に、いくつもの集落が見えてきました。

農村です。そして、これらの農村の人々が行っている農法が、近年にいたるまで主に焼き畑農業だったというのです。

こちらの写真では、山肌が露出しています。焼き畑の跡です。

熱帯雨林が伐採された跡は、土砂崩壊を起こし、
土砂が川に流れ込む。この土砂が運河を埋めてしまう

熱帯雨林が牧場に変わり、たくさんの牛が放たれている

先ほども記したように、パナマ運河の開発はアメリカ合衆国の主導で行われました。パナマ運河とその両岸の熱帯雨林は、1999年まで米国の領土で米国が管理していました。

ところが、上流部分は、パナマ領で農民たちが熱帯雨林に入り込み、焼き畑農業を始めました。その結果、パナマ運河の水源にあたる地域の熱帯雨林は次々と姿を消し、山肌が露わになりました。

焼き畑農業によって、パナマ運河源流の熱帯雨林は次々と姿を消した

熱帯雨林は保水力を失い、木に覆われていない山肌からは土砂が流れ落ちます。パナマ運河に流れ込む水の量が減るうえに、土砂が運河に流れ込む。二重の理由で運河が浅くなる。そうなれば巨大船舶は航行できません。

パナマ運河では水のエレベーターを利用して船舶を航行させていますが、1隻の船を通すのに約2億リットルもの水が必要です。運河の水不足は、死活問題になることがおわかりでしょう。

無計画な焼き畑農業が、パナマ運河の存亡の危機を招くかもしれない。この危機に対応するため、パナマ政府は日本に声をかけました。

国土の約7割が山の緑に覆われ、急峻な山々からたくさんの河川が海に流れ落ちている日本には、河川流域単位の水の管理や森林管理、そして山間部では農業の技術が体系的に蓄積されています。

では、日本の協力とは、どんな手を用いてパナマ運河の危機を救ったのか?
なんと、パクチーが救いの神だったのです。

パクチーって、あのタイ料理などで使われる、香り豊かな香草のこと?
はい。そうです。日本人女性はたいがい大好きで、日本人男性がたいがい苦手な(ちなみに私は大好物であります)、あのパクチーです。

パクチーがなぜパナマ運河を救うことができるのか?
運河に注ぐ川を今度は陸路でさらにさかのぼってみることにしましょう。パナマ運河のほとりから2時間ほど車で走った水源地の近くの山の中に、答えがありました。