前編

Supported by JICA

パクチーの段々畑が農家を救い、熱帯雨林を救い、運河を救う

急峻な山沿いに畑が広がっています。私も下りてみることにしました。

谷あいに農家の集落があります。その手前の斜面に畑が

急斜面を下りる私とテレビ東京の相内優香アナウンサー。
足元、気をつけて!

畑の正体は、日本の山間部で見られる段々畑でした

お世話をしているのは、この地域の農民たち。何をつくっているかというと……。パクチー=コリアンダーです。

段々畑で育てているのは、なんとパクチーでした。
私の大好物!農場のリーダー、シルビアーノさんもにっこり

日本で見かけるパクチーとずいぶんかたちが違いますが、香りを嗅げばまごうことなき、あの独特の香りが鼻をつきます。農場のリーダー、シルビアーノ・カルデナさんに話を聞いてみましょう。

「もともと、私たちはこの地域で焼き畑農業をやっていたんだ。農民ひとりひとりが勝手にね。でも、焼き畑は3年くらいで使えなくなる。使えなくなったら次の林を伐採して、燃やして、また畑にする。それを繰り返していた」

その結果、この地域でも多くの熱帯雨林が失われました。かつてパナマは日本と同様、国土の約7割が森林で覆われていました。しかし、開発やこうした無計画な焼き畑農業の煽りを受け、現在では森林面積が国土の約45%にまで減ってしまっています。

「そこに日本の農業指導者がやって来て、新しい農業を教えてくれた。まず、農民をまとめてグループをつくり、会社を設立して、役割分担を行い、ひとつの農地をみんなで管理することにした。次に有機肥料をつくって、同じ農地が繰り返し使えるようにした」

そこで育てられるようになった作物のひとつが、このパクチーだったわけです。

パクチーは、日本の山間農業のノウハウである「段々畑」をつくって、そこで栽培されています。パクチー畑の周囲では、コーヒー、バナナ、バレンシアオレンジ、カカオなども栽培しています。

村総出でパクチーの収穫を行います。男も女もよく働く!

これは、コーヒーの実。実物を見るのは相内アナも初めてだそうです

チョコレートの原材料となるカカオの実は直接、幹になります

実に立派なパパイヤの実

バナナはいたる所で見かけます

バレンシアオレンジは畑のあぜ道に植えられていました

「いま、パナマ市内の2つのスーパーマーケットと契約して、パクチーを出荷している。商品価値の高い作物を計画的に栽培することで現金収入も得られるようになったんだ。おかげで村の生活も豊かになった」 シルビアーノさんは笑って答えます。

焼き畑から計画的な農業に変わったことで、村は豊かになりました

彼が話すように、もともとパナマの農民たちは、山岳地帯の土地を繰り返し農地として使うノウハウを持っていなかったそうです。焼き畑農業によって、熱帯雨林を伐採し、燃やし、畑として利用したのち、数年で土地の栄養を使い果たすと、次の熱帯雨林を破壊してきました。

この結果、熱帯雨林は減少し、森の保水力がどんどん失われ、パナマ運河の命綱である河川の水量が減る恐れが出てきました。そして、放置された農地はしばしば土砂崩壊を起こし、土砂は河川から運河に流れ込み、堆積して運河が浅くなる。

そこに登場したのが日本の協力です。

パナマ政府の要請を受け、国際協力機構(JICA)の技術協力で、2000年から2005年にかけて「パナマ運河流域保全計画プロジェクト」が実施されました。

山間部の農民は貧しく、焼き畑農業をやめたら食べていけません。そこで、パナマ運河の水源にあたる山間河川とその川が流れ込む巨大なダム湖=パナマ運河をひとつの長大な流域と見なし、総合的な治水対策を行って、熱帯雨林を保全し、農民に安定的な収入をもたらす持続可能な農業を構築し、そして運河を危機から救う。

それがこの「パナマ運河流域保全計画プロジェクト」です。

JICAの狙いは、野放図な焼き畑農業を止め、熱帯雨林の消失を防ぐと同時に、計画的な近代農業を決められた土地で営むためのノウハウを地元農民たちに伝授することにありました。

その一環として、山間部の農民たちに、かつて焼き畑を行っていた斜面で日本の伝統農法である「段々畑」をつくることを奨励したのです。
さらにJICAの指導により、農民たちはチームをつくって会社を設立しました。

有機肥料をつくり、農地にすき込むことで、いつまでも同じ場所で農業ができるようにしました。換金性の高い作物を計画的に栽培することで、農民たちは現金収入を得て、生活も安定するようになりました。

村でつくっている自家製の有機肥料。化学肥料は一切使用していないとのこと

一方、焼き畑農業をやる必要がなくなったため、熱帯雨林の減少を食い止めることにもなりました。山肌が荒れた状態で放置されないため、土砂崩壊もストップしました。

かくして、パクチーを育てて換金できる仕組みをつくったおかげで、パナマの山間部の農民が豊かになると同時に、パナマ運河の危機も救われたのです。

「村では、収穫したパクチーを消毒済みのきれいな水で洗浄し、サイズを揃えてスーパーマーケットに出荷できるように加工しているんだ」

収穫したパクチーは洗浄して、出荷

パナマ運河の水源となる川。この流域に村と段々畑があります

取材陣を村の若者と子供たちが伝統的なダンスで迎えてくれました

日本の農業技術と河川流域管理のノウハウが、熱帯雨林を救い、パナマの農民たちの生活を改善し、同時にパナマ運河の危機も回避したわけです。

環境保全と経済成長は両立する!

パナマの環境大臣ミレイ・エンダラ・デ・エラスさんは語ります。

「パナマにとって、運河事業は生命線です。一方、農民たちも自分たちの生活のために農業を営まなければなりません。ただし、彼らの行う焼き畑農業によって、熱帯雨林が破壊され、運河に土砂が流れ込んだり、水が減ったりする環境破壊が起きれば、パナマ運河の事業が立ち行かなくなり、国そのものが停滞します。かつて焼き畑農業をしていたパナマの農民は、環境を破壊しない持続可能な農法を知りませんでした。日本の協力で、持続可能な農法を教えてもらったことで、パナマの農業は大きく進歩しました。しかも運河の危機も回避できました」

パナマの環境大臣ミレイ・エンダラ・デ・エラスさん。慶應大学の先輩後輩であります

お母さんが日本人で、日系2世のミレイ大臣は、慶應義塾大学に留学もしており、日本語も堪能です。

「パナマ運河は、日本も含む世界各国の船舶物流に寄与しているインフラです。またパナマという国自体が、パナマ運河の経済効果に依存しています。運河を発展させながら、地元の熱帯雨林を守り、かつ農業をはじめとする地場の産業も持続させる。21世紀の課題である持続可能な成長は、パナマにとっても、世界にとっても、当事者たり得る課題です。国を超えての協力で、パナマ運河が維持され、発展していく。本当にありがたいですね」

パナマ運河に新しい運河ができたことで、米国産のシェールガスが日本に到着しました。その裏には、日本の協力によるパナマの環境改革と農業改革があったのです。

山奥から流れ出る河川からパナマ運河までを巨大な河川流域と見なし、森林保全、農業改革、そして運河の運営までを一体化して行う。

パナマ運河のケーススタディは、地球環境の保全と経済成長は、対立するものではなく両立できるものなのだ、ということを、私たちに教えてくれます。

パナマ運河は24時間365日無休。
夜になると運河の隣のレストランには観光客が集まります

ただし、パナマが抱えている経済と環境の問題は、これだけではありません。パナマの経済成長がパナマの海に深刻な被害をもたらしているというのです。後編はその問題を追いかけることにしましょう。