アストラゼネカ株式会社 執行役員 メディカル本部長 松尾 恭司 氏

サイエンスに基づく中立性の高い情報提供が求められている

 人々の生命に関わる医薬品を扱う製薬業界には、他の消費財を扱う業界とは異なるレベルの高い倫理性が求められ、医薬品の承認には厳しい規制が存在します。一方、ライフサイエンス・イノベーションにより生まれる新薬は高度化が進み、同じ疾患でも患者さんの背景の違いにより、薬の効き方や副作用の現れ方が大きく異なる状況が生まれています。がんの組織学的特徴や特定の遺伝子変異などに基づいて使用薬剤を選ぶ、いわゆる「プレシジョン・メディシン」というアプローチが広がってきており、医薬品の適正使用のために必要な情報の量と深さは格段に増しています。同時に、製薬企業に求められる役割は、企業の利益を超えて、治療を受けられる患者さんに最良の医療を提供すること、また医学の進歩にどこまで貢献できるかというところまで広がってきています。
 このような背景のもと、各社とも、開発部門ともマーケティング、セールス部門とも異なる立場で医療従事者と接するメディカル部門の役割を重要視しており、アストラゼネカはその中でも、業界に先んじた様々な取り組みを行っています。その代表的な例が、メディカル・サイエンス・リエゾン*(MSL)の育成です。
 MSLは欧米では20年ほど前から存在する職種ですが、わが国ではこの5年ほどの間に認知されるようになってきました。従来から存在するMR(医薬情報担当者)が自社製品に関する医薬情報提供の不可欠な担い手であるのに対し、MSLは企業の枠を超えてサイエンスに基づく視点で医療関係者と議論し、自社品に偏った情報ではなく、よりバランスのとれた医科学情報を提供することで、医療従事者の適切な治療の決定をサポートします。
 現在、アストラゼネカには約80名のMSLが在籍しています。MSLは高い倫理観と高度な知識、際立つコミュニケーション能力が不可欠であるため、2014年に自社のMSL認定制度を導入し、MSLの質の向上に努めてきました。社内認定のための研修は、薬剤・疾患の知識を座学として学ぶだけでなく、大学病院などの協力を得て医療現場に伺い、実際の治療を見て学ぶ
機会も設けています。
 このような医学・科学的知識の高さ、包括的な研修プログラム、販売促進活動からの独立性などが評価され、当社は2015年に日本製薬医学会(JAPhMed )のMSL制度認証事業の認証を取得した日本で唯一の製薬企業となりました。
 アストラゼネカは、今後もこうしたサイエンスを追及する新たな取り組みを率先していきます。

会社の成長とともに自らの仕事も変化し転職の必要性を感じなかった

 私が1988年に新卒で入社した藤沢アストラ(当時)は、全社員が300人弱、配属された開発部は10人に満たない組織でした。小規模な分、開発に関わるあらゆる業務を経験でき、毎日が刺激的でやりがいを感じていました。ドラッグラグ(海外で承認された薬の日本での承認遅れ)が問題視され始めた頃で、承認遅れを取り戻すべく、短期間に多数の薬剤の承認を取得する経験も得ました。ベンチャー企業のような所帯であったがゆえに、大規模な企業では経験できなかったであろう幅広い仕事に携わりました。
 会社が成長し、規模もかなり大きくなった頃、2006年に英国への派遣の機会を得て、グローバル・プロジェクト・マネージャーとして欧州における新薬承認申請の準備を主導する職に就きました。欧州では決断、仕事の進行が日本に比べて格段に速く、失敗のリスクを回避するよりも「リスクを取らないリスク(機会損失)」を嫌うことに、新鮮な驚きを覚えました。一方で、「患者さんのために革新的な医薬品を世に送り出す」という志は同じでしたので、人種や言語、マーケットの違いが、仕事の障壁になることはありませんでした。帰国後は、欧州での経験を生かし、日本と世界とのギャップを埋め、コミュニケーションを円滑にし、日本という国がグローバル戦略の中でより重要視されるよう取り組んできました。

*メディカル・サイエンス・リエゾン:Medical Science Liaison