CSR戦略から成長企業を探る

統合報告は持続可能な社会への
貢献を記したロードマップ

事業リスクと克服に向けた成長戦略を明示せよ

企業統合報告書を作成しようという気運が日本企業の間で高まっている。ただし現状では、日本には非財務情報の開示を定めた法規制がなく、開示方法が世界標準と乖離しているという声も少なくない。ここでは海外企業の非財務報告の動向に詳しい上智大学経済学部教授の上妻義直氏に、改めて統合報告書を作成する目的と目指すべき姿について聞いた。

 企業の成長世界のグローバル企業を中心に、統合報告書を作成してESG(社会、環境、ガバナンス)情報を開示することが大きな潮流になっている。その背景について、上妻氏は次のように語る。
 「企業は自社の収益だけでなく、地球環境や地域社会などに配慮しながら事業活動を行い、持続可能な社会に貢献する存在でなくてはならない。さまざまな要件を統合的に考え、事業を行う必要がある。したがって、自社の事業活動を将来にわたって続けることによってどのようなリスクが想定され、それをどう克服していくか、人材や環境という有限な資源をどううまく活用していくかについて、情報を発信していくことが必要なのだ。企業としての中長期的な適応戦略や成長戦略を開示することが、統合報告書を発行する真の目的である」
 日本では財務情報と非財務情報をまとめたものを統合報告書と呼び、有価証券報告書とは別に作成しているケースが多い。これに対し、ヨーロッパの先進国の統合報告では、日本の有価証券報告書に相当するアニュアルレポートの中に記載するスタイルが一般的だ。
 「特にヨーロッパでは、企業は地球環境問題への対応を非常に厳しく問われる。例えば、エネルギー会社や自動車会社などは、CO2排出規制というリスクをどう捉え、将来にわたってどのような対策を講じていくかを明確に記さなければ、投資家は怖くてこうした企業に投資することはできない」
 重要なことは、想定されるリスクにどう対応していくかというビジョンと戦略、すなわち「未来」について語ることだ。自動車メーカーであれば、現状ではガソリン車が生産台数の何割を占め、CO2をこれだけ排出しているが、2030年までにガソリン車の何割を電気自動車に切り替えてCO2排出量をどれくらい削減するといったビジョンと戦略を開示することが求められる。そうすれば投資家は安心して投資することができ、消費者その他のステークホルダーから支持を得ることができるのである。

南アフリカ共和国の鉄鉱石生産大手企業のKumba Iron Ore(クンバ・アイアン・オア)の統合報告書。OUR BUSINESS MODELのページでは、自社の企業価値やコスト要因、事業活動、収益向上のポテンシャルなどとともに重要なリスクを挙げ、最大のリスクである為替変動については感度分析も行っている。

「国際標準」へ動き出す新興国海外投資家を意識した情報開示を

 統合報告書の作成を企業に勧告、あるいは義務付ける動きは、ここにきて新興国で活発化している。
 今年になって、インドの証券取引委員会が、国内の時価総額上位500社について統合報告書を作成するように勧告した。また、マレーシアのコーポレートガバナンスコードも、統合報告書の作成を義務付けるように変更された。すでに台湾、香港、シンガポール、オーストラリアなどでも、企業は国際NGOのGR(I Global ReportingInitiative)が発行するガイドラインに沿った統合報告書の作成を義務付けられている。
 「いずれの国も国内の資本市場が小さいため、欧米先進国から資金を呼び込もうと国際標準に合わせる努力をしている。日本は今のところ国内だけで経済を回せているが、やがて超高齢・少子化社会になって市場が縮小し、世界に市場を求めざるを得なくなる。今すぐ世界から投資を呼び込むための準備を始めるべきだろう」(上妻氏)
 では、日本の統合報告を世界標準に近づけるには何から始めればよいのか。上妻氏は次のように提言する。
 「有価証券報告書にも、統合報告書に開示した重要な非財務情報を明記することが必須といえる。そのうえで、トップのコミットメントが明確であること、どんなファクターが事業に影響を与えるのかを分析し全体を俯瞰できることが必要だ。持続可能な社会に転換する中で、自社にはどんなリスクがあり、どうやって収益を上げていくのか、長期的な成長戦略とそれを裏付けるエビデンスがコンパクトにまとめられていることが望ましい」
 統合報告書の好例として上妻氏が挙げたのが、南アフリカ共和国の鉄鉱石生産大手企業のKumba Iron Ore(クンバ・アイアン・オア)の統合報告書だ。国際統合報告審議会議長のマーヴィン・キング博士のお膝元とあって、南アフリカは他に先駆けてコーポレートガバナンスコードで統合報告を上場企業に義務付けた。同社の「Integrated Report 2015」は、世界4大会計事務所の1つであるアーンスト・アンド・ヤングが南アフリカの企業を対象に毎年行っている統合報告書アワードで、2016年に第1位を獲得した(上の図は2016年版)。
 クンバ社のレポートで特に優れているのが、OUR BUSINESS MODELとMATERIALRISKSAN DOPPORTUNITIESのパートだ。自社の企業価値やコスト要因、事業活動、収益向上のポテンシャルなどとともに重要なリスクを挙げ、ビジネス機会によってそれぞれのリスクがどう変動するかについて評価を行っている。詳細なシナリオ分析や感度分析を分かりやすくコンパクトにまとめているところなどは大いに参考になる。
 「日本の企業は非常に真面目で、報告書の内容も毎年進化している。行政やコンサルタント任せにせず、自分たちで丹念に勉強し、世界水準の統合報告書づくりに取り組んでほしい」と、上妻氏は日本企業への期待を語る。