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IoT時代に必要な現場力とは

もしも社長が「デジタルシフト」を聞いてきたら 〜知っておきたい最新トレンド/キーワード〜
リテールテック
なかなかモノが売れないパラドクス
その理由に気づいた企業だけが勝ち組に
 「なかなかモノが売れない。今年も昨年比で売上げが減少した。なぜだと思うかね」——流通・小売業の経営会議・店長会議では、こうした社長の言葉を聞くシーンが多いはずだ。

 少子高齢化の進展、「モノ」重視の消費から「コト」重視への移行、そしてシェアリングエコノミーの台頭に代表される「所有」から「共有」へのパラダイムシフト——こうした消費者の変化に加え、雇用危機、所得の減少などから、将来不安が消費を抑制し、「モノが売れない時代」からなかなか脱却できない。既存の小売業だけでなく、EC市場でも同様の声を聞くようになった。ただ、それを答えにしてはいけない。そんなことは社長は百も承知だからだ。

 社長の根底にあるのは、「消費者は本当にモノを買わなくなったのだろうか」という疑問だ——答えは「YES」でもあり「NO」でもある。今でも売れているモノはたくさんあるからだ。現場担当者としては「自社(あるいはエリア・店舗)の現状分析をした上で、どうやったら売れそうか」を自分たちなりに、示す必要があるだろう。

 どうしてモノが売れないのか。市場の成熟化や先行き不安以外の理由として大きいのが、「売り手と買い手の価値観のギャップ」を見逃している企業が少なくないという点だ。「売りたいモノと買いたいモノが違う」というパラドクスが、市場のあちらこちらで発生しているのだ。

 パソコンやスマートフォンを見れば「どの商品をどこで買えば一番安いか」「イメージと実際の使い心地がどう違うか」が、価格サイトやクチコミサイトで瞬時に分かってしまう。多くの消費者は価格と価値のバランスを重視し、必要なモノと必要でないモノの線引きを明確に行うようになっている。

 企業サイドの情報をうのみにせず、ネット上のコミュニティーから、信頼できる情報や新しい流行の兆しを選り分け、自分なりの価値観や満足感を満たすモノやサービスには納得して対価を払う。これは若年層だけにとどまらず、あらゆる年代層の消費基準に共通したマインドチェンジと言える。国内市場には一定のパイしかない。その中で優位性を確立するには、「自社がそのパラドクスから抜け出せるかどうか」がカギを握る。

 その脱却に不可欠な要素となるのがデジタル技術の活用だ。インターネットやSNSの登場によって情報武装した「賢い消費者」に対応していくには、こちらもきちんと情報武装しなければその実態や対応策も打てないからだ。いわゆるリテールテック(RetailとTechnologyを融合させた造語)の世界である。

「顧客ロイヤルティ」への道は顧客体験に通ずる

 このように消費者の購買行動が大きく変化している今、企業に求められるのは「売れない時代でも支持してくれる顧客」の獲得だ。そのためには全体として見るのではなく、一人ひとりの「個客」行動を見極め、製品やサービス、店舗といった自社ブランドに対する信頼度や愛着度を継続的に高めていく努力が必要となる。

 ここで注目されるのが「顧客ロイヤルティ」である。ロイヤルティは「忠誠心」「愛情」などを意味する言葉。最近、よく聞くキーワードだが、流通・小売業での「顧客ロイヤルティ」には本来2つの側面があり、実質この2つのうち、選択肢はほぼ1つしかないという事実は見逃されていることが多い。

 1つは、その製品・サービスの品質・機能・特徴・価格など、実体的な内容が優れていると顧客自身が信じていること。もう1つは、その企業に対して、顧客がいい印象を持っていることだ。「自分の好みをわかってくれている」「自分の声に耳を傾けてくれる」といった「心地よさ」や「感動」と言い換えてもいい。

 技術が飽和し、製品・サービス力だけで差異化が難しくなった今、何より重要なのが後者の価値=顧客体験(Customer Experience)の強化なのである。

 何度も繰り返し買ってくれ、友人などにポジティブなクチコミを広めてくれるロイヤルカスタマーを増やす(逃さない)ことが、企業の収益性向上には欠かせない。そのためには、今まで以上に多くのデータを分析することで、個客ニーズやウォンツを深く詳細に理解し、提案すべき商品を見定め、売り方や場所、提供のタイミングなどをリアルタイムに設定していく「デジタルマーケティング」を活用することが有効な手段となる。

パルコやオートバックスセブンが実践する個客と向き合う方法

 デジタルマーケティングを社長向きにわかりやすく言えば、漠然とした「マス(市場全体)顧客」ではなく、一人ひとり顔の見える「パーソナルな個客」と向き合うことを可能とする技術ということになるだろう。以前ならリアル店舗でPOSデータと会員カードの情報を紐付け、「この顧客がこの商品を買った」という情報までしか捉えられなかった。しかし、今なら同じ個客のオンライン店舗での購買行動もトレースでき、購入に至るまでの情報検索の仕方やWebサイトでの回遊、Webを見た後どれだけその商品に接触したかなどを捉えることも可能だ。

 分析対象となるデータの種類が劇的に増えたため、従来ブラックボックスだった顧客行動が、深く広く理解できるようになったのである。オムニチャネルでの展開も含め、企業内に散在する情報を統合・共有すれば、より幅広いタッチポイントで個客へのアクションが展開できる。

 こうした説明を頭では理解できたとしても、「それで収益は上がるのか」というのが社長の本音だろう。10円、1円単位で流通・小売業は日々しのぎを削っている。この疑問は当然だ。

 もちろんすべてではないが、実例はある。例えば全国で商業施設を運営するパルコは、「今」を逃さず心をつかむリアルタイムマーケティングを実践し、モノが売れないパラドクスから脱却しつつある企業だ。スマートフォンのアプリでテナントからお勧め商品の情報を発信し、個客が気になる情報をタップすれば、来店・購入時と同様、ポイントを付与する仕組みを作った。接客ポイントの拡張で個客の気持ちを可視化して来店に導く施策を打つ一方、雨が降り出したら店舗周辺を歩いている個客のスマートフォンに飲食店の割引きクーポンを配信するなど、デジタルならではの戦略的なアクションを展開しているのだ。

 またオートバックスセブンは、Webサイトでのカー用品の販売に際し、来訪者のデータ分析からスマートフォンでの高額決済を不安に思う個客の心理を確認。

 ネット購入した商品の受け取りや決済をリアル店舗でできる仕組みを作る一方、「買い物かご」に商品を入れたままサイトを離脱した個客に購入を促す施策も実施したことで、大幅な購入率向上に成功している。

接客ロボ+チャットボットで個客のハートをつかむ

 デジタル接点をさらに広げるという観点では、個客と対話していく手法として「接客ロボット」を使う手もある。発端となったのが、ソフトバンクグループのヒト型ロボット「Pepper」だ。AI(人工知能)活用による会話力の向上や、企業システムと外部システム(クラウド)を連携させることで、各業界で「客寄せパンダ」の域を脱したさまざまな導入効果が確認されている。

 例えばヤマダ電機は米Fellow Robotsのサービスロボット「NAVII」を家電量販店に試験導入。売り場や施設の案内、コミュニケーションなどによって、来客や従業員に対する付加価値の提供、業務効率化が可能かどうかの検証を開始した。また三菱UFJフィナンシャル・グループも、店舗での窓口案内や為替レート照会が行える多言語対応人型ロボット「NAO」の本格導入を検討している。

 ハウステンボスが運営する「変なホテル」も大きな注目を集めている。ホテルに入るとフロントにある恐竜ロボ2台と女性型ロボットが応対し宿泊者を出迎える。手続きを終え手荷物をロボットに任せると宿泊客を先導して部屋の前まで運ぶ。荷物を預けたいときはクロークロボットに渡せば、自動でロッカーに収納されるという徹底ぶりだ。さらに1部屋に1台チューリップ型のロボットを用意。室内照明やアラームなどはこのロボットに話しかけて設定するわけだ。こうしたロボットを大量に導入することによって、人件費を大きく抑制。今後は世界で100店舗を展開していくという。

 一方、LINEやフェイスブックなどでのチャット(会話)に自動応答するのが「チャットボット」である。AI活用で的確かつ自然な対応が可能となってきたため、個客のニーズや行動パターンを効果的に収集でき、企業のマーケティング用途での活用も進み始めている。例えばLINEの公式アカウント「ローソンクルー あきこちゃん」にはユーザーとの会話を通じて成長するAIを搭載し、若年層から高い評価を得ている。まだ活用の範囲が手探りであるものの、顧客体験という観点では、先行企業に有利な状況だと言えるかもしれない。

ユーザーも一緒に巻き込む究極の開発イノベーション

 現在のようなモノ余り、情報過多の時代では、多様な価値観や視点を持つユーザーを巻き込んで製品開発する方法もある。いわゆる「ユーザーイノベーション」である。

 自社だけだとどうしてもスペックアップ・機能強化に走りがちだ。その方が完成品を想像しやすいし、社長もGOを出しやすい。ただ、それでは独善的な製品・サービスになり、売り手と買い手のギャップが広がりやすくなる。逆にユーザー参加型で商品開発すれば、そうしたリスクを避けられる上、ロイヤルティも生じやすくなる。

 この手法を成功させているのが「無印良品」を展開する良品計画だ。同社はユーザーの声を開発に取り入れる「モノづくりコミュニティー」というサイトを舞台に、「体にフィットするソファ」や「持ち運びできるあかり」など数々のヒット商品を生み出してきた。複数のアイデアに対する得票数や意見、開発過程をすべて可視化し、ユーザーと情報を共有しながら商品を生み出していくプロセスに共感が集まったのが成功の理由だ。

 メーカー側が、専門家としての成功体験や既存の大量生産技術に固執していると、多様化したニーズには対応できない。セブン-イレブン・ジャパンのPB(プライベートブランド)商品で人気のポテトサラダも、大手の大量生産ラインでは効率重視で捨ててしまっていた最もおいしい部分(ジャガイモの皮のすぐ内側)を、丁寧に皮を剥ぎ取る製法で生かす小さなメーカーと契約したことで、大ヒットにつながった。ユーザーイノベーションで重要なのは、専門性ではなく多様性だと言えるだろう。

デジタルシフトの成功は、社長のコミットが最大のカギ

 ここで取り上げた例だけでなく、デジタル技術を活用し、さまざまな形で成功を収めている企業は多い。ただし、最後に社長にきちんと進言すべきなのは、「デジタルシフトしたら成功するとは限らない」という事実だ。組織や人の考え方が硬直化したままでは、メリットを生かせないケースが多くなる。

 例えば、リアルタイムマーケティングで現場やある特定の部門がさまざまな気づきを得たとしても、旧態依然とした指揮命令系統のままでは機会を逃してしまうし、誰も失敗の責任を取らない。ただでさえ人手不足の現場で新しいことをやるリスクは避けたいからだ。

 デジタルシフトは、消費者の近くにいる現場に判断を委ねるケースが多くなる。そのとき社長がしっかりとコミットできるか(責任を取れるか)、デジタル技術の活用以上に、それが最大のポイントと言えるだろう。
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