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IoT時代に必要な現場力とは

もしも社長が「デジタルシフト」を聞いてきたら 〜知っておきたい最新トレンド/キーワード〜
スマートファクトリー
すべてが「見える化」できれば、
すべてが「カイゼン」の対象になる
 ある日、社長に「スマートファクトリー(Smart Factory)とは何だ」と聞かれた。

 既に分かっている担当者なら、「工場内のあらゆる機械設備と管理システムをインターネットでつなげ、全体効率を最大化できる工場です」と答えるだろう。

 もしくは、もっと詳しく「本社が持つERP(Enterprise Resource Planning)などの基幹システムと、製造管理システム(MES:Manufacturing Execution System)、現場のFA(Factory Automation)機器などがネットワーク化される仕組みです」と。

 だがこんな回答では社長の雲行きは怪しくなるはずだ。場合によっては「そんなことを聞いているんじゃない」と言われるかもしれない。ここでさらに技術的な説明を重ねてはいけない。社長は「その言葉の説明」ではなく、「自社に当てはめた場合、どんなメリットがあり、本当に投資すべきかどうかのヒント」を求めているからだ。つまりキーワードを説明するときは、一緒にそのメリットを説明し、できるだけそのメリットを抽象的ではなく、具体的に明示することが肝心なのだ。

「IoT見える化」がスマートファクトリーの一丁目一番地

 スマートファクトリーの一丁目一番地は何か。極論すればそれは「見える化」である。ただし、日本の製造現場では比較的早くから生産設備へのセンサー導入が進められていた。そのため「うちだって、既に十分なデータは持っている」と考えている社長も多数いるはずだ。「それを使えば、見える化だってできるだろう」というわけだ。

 だが実際に「A工場に検査工程はいくつあるのか」「歩留まりが低い工程はどれか」「その原因は何か」「計画外停止の一番多い設備はどれか」といった基本的な質問にすぐ答えられる会社はそれほど多くないはずだ。個々のラインから情報は取得できても、工場全体、全国拠点のデータを一元的に管理・分析できなければ、リソースの最適化や経営効率の改善に生かすことはできない。そこで、機器全体のIoT(Internet of Things)化とシステム連携を基盤とするスマートファクトリーの取り組みが世界的な大きな潮流となっているのである。IoT/ビッグデータといったデジタル技術により、まさに「あらゆる事象がデータで見える」環境へと劇的に進化した。そこがこれまでとの大きな違いだ。

 IoTを活用すれば、工場内に点在する機器の細かな稼働情報やエネルギー使用量、生産品質(生産数、歩留り率など)といった、今までなら時間をかけても集めることが困難だったデータがネットワーク経由で収集できるようになる。それらの情報をリアルタイムに分析し、経営ダッシュボードなどにわかりやすく加工・表示することで、工場管理者はもちろん、社長も「どの工場設備に問題が発生しているか」「その影響が各地域の需給計画にどう及ぶか」「いつ予防保守を行えばいいか」などを正確に把握し、迅速な判断に生かせるようになる。つまり「すべてが見える化できれば、そのすべてをカイゼンの対象にできる」わけだ。

製造業の積年の悩みを解消する「ビジネスVR/AR/MR」

 見える化できる範囲は、何も生産設備や管理システムばかりではない。スマートウォッチやセンサーをウエアラブル化すれば、現場で働く人々の行動や導線も見える化できる。既にムダな動きの排除や、製造業での熟練工のノウハウ継承、安全性の向上などに役立てる動きも出てきている。

 それを可能にする技術が「VR(Virtual Reality)」や「AR(Augmented Reality)」「MR(Mixed Reality)」だ。

 「PlayStation VR」や「Oculus Rift」といったHMD(Head Mounted Display)型ゲームの登場で、個人でも簡単にVRの世界が楽しめる時代となった。VRはすべてがCGで作られた環境に、あたかも自分が入り込んだような体験を生み出す。CAD/CAMなど3Dデジタル設計システムのデータとも相性がよいため、ビジネスの世界でもVRを活用した設計シミュレーションやデザインレビューなどが普及し始めている。例えば、自動車や建設機器などのデザインレビューにVRを活用し、実際に機器を操縦して使い勝手を確認したり、関係者が完成のイメージを共有したりといった形だ。試作工程の削減や品質向上、開発期間の短縮などに大きな効果を発揮している。

 一方、現実空間に付加情報を表示して現実世界を拡張するのがARという技術だ。社長に聞かれたら、「ポケモンGO」の画面を見せれば一番わかりやすいかもしれない。発見したポケモンがカメラ画面上に表示されるため、現実世界にポケモンが出現したように見える。VRはCGの中に入って疑似体験するイメージだが、ARは逆に現実にあるものにCGを重ね合わせるわけだ。

 それでは実際に製造業の現場ではどんなことができるのか。例えば、保守・メンテナンスにおいて、メガネ型コンピュータの「スマートグラス」を使ったとすれば、実際に機器を見ている視野の中に作業指示や手順、計測データなどが重ね合わせて表示される。同じ画面を遠隔地にいる専門技術者が確認しながら音声やARなどを使って現場の作業者に指示を与えることもできる。

 つまり、スキルの高低に関わらず正確でスピーディーな作業が行え、業務効率と安全性を高めることが可能となる。これは、製造業を中心とした積年の悩みを解決する手段となるかもしれない。現在、製造業の現場は、熟練技術者・作業者の“職人技”で成り立っていることが多い。そうした現場の功労者が次々と定年を迎え、人手不足が進む中、現場作業のさらなる効率化と技能伝承が大きな課題になっているからだ。

 既に航空会社ではARを使った操縦訓練シミュレーターや整備士訓練用ツールの開発が始まっているほか、ARを使った安全を担保する仕組みや技能伝承に向けたシステムを考案し始めている日本メーカーもある。

 最後のMRは仮想と現実を複合する技術だ。例えばマンションの建設予定地に持ち込んで、HMDをかぶると、マンションの3次元モデルが更地に出現する。HMDの外側に組み込んだカメラで捉えた周囲の景色が、背景として見える。「周囲に圧迫感を与えない外観になっている」といったチェックポイントを即時に確認できる。

 マンション内の特定の位置から見える風景をMRで再現すれば、パース図でつかめなかった完成イメージをリアルに感じることもできる。現実世界とのバランスを取りながら設計を進めていく作業を大幅に効率化する可能性を秘める。

「デジタルツイン」で現実の工場を丸ごとコピーする

 IoTでさまざまなデータを取得できるようになると、さらに高度なデータ活用の可能性も広がる。その1つが工場や産業機器などの物理的な世界を、そっくりそのままコンピュータ上に作り上げる「デジタルツイン」だ。

 実データで構築されたデジタルコピーの世界をシミュレートすれば、現実の世界で何が起きているのかを時間軸を自由に動かしながら容易に再現でき、さまざまなメリットが生まれてくる。

 例えば、ある部品の劣化がどの程度進んでいるのか。これをデジタルツイン(コンピューター側)で時間軸を進めてシミュレートすれば、交換時期の目安を事前に把握できるようになる。故障が起こりやすい部品を特定して製品改善に生かしたり、工場内の装置を止めずに、稼働条件を変えてどのような影響が出るのか検証することも可能だ。社長には、「稼働率の向上と機会損失を抑止できる」と言えば伝わりやすいかもしれない。

 このデジタルツインを戦略的に活用しているのが米General Electric社である。同社が推進するIndustrial Internetの中核技術として航空機エンジンや発電機器などへの適用が進められており、稼働状況を遠隔から詳細に分析した故障予測、燃費改善などの施策に生かされている。

 日本では日産自動車が、自動車部品を載せて工場内外を行き来する約300台の無人搬送車(AGV)の稼働状況監視にデジタルツインの技術を活用。事務室にあるディスプレイ上に工場内の様子がそのまま再現され、AGVが異常な挙動を示したり、停止したりした場合、自動車の納期遅れにつながらないよう、迅速に対処・制御できる環境が構築されている。

 こうした技術を使えば、さまざまな現場の情報のリアルタイム性、共有化・一元化が飛躍的に進む。「つまり、社長と現場をもっとダイレクトにつなげることができるのです」と言えばいいだろう。組織階層が多い大企業の社長ほど、「もっと現場を知りたい」と思っているものだからだ。

 日本では、現場課題の抽出と改善を目的に、工場単位・企業単位で閉じているスマートファクトリーが多いが、先進的なグローバル企業では既にサプライチェーンのE2E(End to End)の情報を有機的に結合していく新たなチャレンジが始まっている。

 ただし焦りは禁物だ。IoTの導入は「スモールスタート」が鉄則。まずは対象となる装置を絞り、そこから得たデータ分析でどのような経営効果が生まれるのか、実際に経験して初めてIoT見える化を成果につなげるポイントが見えてくる。いくら現場を強くするといっても、最終的には投資が伴う。センサーやネットワーク、分析環境などをクラウドで提供するサービスが増えているので、まずはそこから始めることを進言してもよいだろう。
ユースケーススマートファクトリー IoTが生み出す新たな生産現場 ユースケース製造 新しい未来を拓く製造業の底力 インタビュー 株式会社ダイセル