日経ビジネス ONLINE SPECIAL

IoT時代に必要な現場力とは

もしも社長が「デジタルシフト」を聞いてきたら 〜知っておきたい最新トレンド/キーワード〜
FinTech
顧客起点で金融サービスの原点に立ち返る
それこそがFinTechが求める本質だ
 先端的なデジタル技術を中核に、革新的な金融サービスを提供する「FinTech(フィンテック:FinanceとTechnologyの造語)」が注目を集めている。ただし、金融機関の社長が、「FinTechって何のことだ?」と聞いてくるシーンはあまり想像できない。

 というのも金融機関は昔から、最新技術の活用に積極的な業界だからだ。金融関連のビジネスを行うには大量の情報処理を安全・迅速・安定して行うことが不可欠であり、既存の金融機関のシステムやサービスも高度なITの集合体といえる。

 そのため、社長がFinTechを気にしているようなら、「FinTechという言葉の定義」ではなく、「FinTechの破壊力」そのものに危機感を持っていると思ってまず間違いない。

 金融機関に勤める人以外はFinTechに対して「家計簿アプリとかAIを使った投資支援のことじゃないの」「仮想通貨のビットコインなら知っている」といった程度の認識しか持っていないかもしれない。しかし金融機関の当事者、特に経営者は新しいビジネスモデルの再構築を迫られるほどの大きな脅威を感じている。それを示すデータもある。金融機関のIT支出の中で、FinTech関連市場の成長率は2015年から2020年の年平均成長率が68.7%と、爆発的な伸びが予測されている(IDCジャパンの調査による)。

 どうしてビジネスモデルの再構築が必要なのか。それはインターネットとスマートフォンが登場したことで、従来提供してきた金融サービスの必要性が低下したことがその背景にある。今では、金融サービス・商品に関する情報はネットで簡単に入手・比較できるようになった。さらに金融商品の売買や資産管理についても、インターネット上で完結できる。しかもそのサービスを提供する主体は、金融機関ではなく、EC企業やIT企業など非金融機関であることも増えてきた。顧客はもはや銀行や証券会社の店舗に出向かなくても、金融サービスを享受できる。それどころか、これまで存在しなかったサービスがネット上に次々と現れている時代となった。

 顧客であるエンドユーザーの行動が劇的に変わり、金融ビジネスの境目がなくなりつつある一方で、既存の金融機関の多くはいまだに「インターネットやスマートフォンがなかった時代」の情報システムを前提にビジネスを展開している(せざるを得ない)。このため、社長は「このままでは生き残れないかもしれない」という強い危機感を募らせているわけだ。

「シームレス」につながるサービスがキーワードに

 もし社長がFinTechについて何か聞いてきたとしたら、それが何をもたらすのかという本質をきちんと把握しておくことが重要だ。FinTechがもたらすサービスの特長は、「誰でも」「自由に」「どこでも」「簡単に」利用できること。つまり金融という「業種・業態」からもサービスが生まれ、「システム」や「場所」という違いを乗り越え、エンドユーザー視点で複数のサービスがシームレスにつながっていていくことを意味する。

 シームレスにつながっていくとはどういうことなのか、少し具体例を挙げてみよう。FinTechで最も身近なサービスの1つが「モバイル決済」だ。

 まずはスマートフォンやタブレットに小さな器具を取り付けてクレジットカードで決済を行う「Square」や「楽天スマートペイ」などが登場したが、iPhoneやApple Watch単体で決済できる「Apple Pay」も日本語対応したことで、より簡単にモバイル決済を行えるようになった。

 さらに新しい「モバイル新決済」の手段として注目されるのが「QRコード決済」だ。

 中国アリババグループが提供する「アリペイ(支付宝)」が有名で、日本でもドン・キホーテやヤマダ電機、ローソン、ファミリーマートなどが導入。QRコード決済に慣れた訪日中国人を顧客とする企業には必須のプラットフォームとなっている。

 仕組みは、利用者がスマートフォンアプリを操作して、決済情報を含むQRコードを画面に表示。店舗側のスマートフォン(タブレット)カメラで読み取らせると決済が完了する。もちろん両替など不要だ。

 アプリさえ入れれば端末の機種を問わずに使えるため、店舗側も専用端末を用意しなくてよい。このため日本でも「Origami Pay」や「楽天ペイ」、横浜銀行の「はまPay」など、多彩なQRペイサービスが登場し始めた。利用者向けの支払いアプリを情報配信やマーケティングに利用できる点もポイントで、「認知」から「購買」に至るすべてのプロセスの情報がモバイルに集約されることで、決済手段としてだけでなく、消費行動とマーケティングが大きく変わる可能性がある。

業界地図を塗り替える可能性を持つ「オープンAPI」

 「オープンAPI」もシームレスなサービスの実現に欠かせない技術の1つだ。API(Application Programing Interface)とは、異なるシステムをシームレスにつなぐための接続仕様のこと。従来は企業内グループの異種システムを連携するために使われてきた。それがインターネット上のさまざまなWebサービスをつなげる「Web API」へと進化。これを特定のサービス事業者が、他の企業システムからもアクセス可能な形で公開したのが「オープンAPI」だ。

 知らない人は「それが何の意味があるの?」と思うかもしれないが、実はさまざまな業界地図を塗り替える可能性を持っているのだ。というのもAPIを公開することで、サービス事業者は他の事業者と新たなサービスを生み出したり、外部の開発者と一緒に斬新なアイデアを取り込んだ「API経済圏」を形成したりすることが可能になるからだ。

 銀行が公開する場合は、自行のネットバンキング機能などを他社が利用できるようにする「銀行API」と呼ばれる。こうしたAPI経済圏が、金融業界と異業種を巻き込んだFinTechを一段と加速していくことになるはずだ。

 既にその動きは国内でも生まれている。

 例えば、寺田倉庫が提供する「minikura(ミニクラ)」は、もともとユーザーから預かった荷物の写真を撮り、クラウド上にアップロードすることで、預けた荷物をいつでも確認できるサービスとして始まった。それがAPIを介して企業同士がつながることで、これまでにないサービスが生まれている。

 預けたモノをそのまま「ヤフオク!」に出せるサービスはその代表例だ。それ以外にもアニメグッズやフィギュアを大切に保管するサービスや、倉庫を利用したファッションレンタルなども生まれている。これにより寺田倉庫の稼働率はAPI公開後に2倍近くまで跳ね上がり、企業成長に大きく貢献。現在でもminikura APIを使って事業を始めたいという企業が約20社も待っている状態だという。

 またトヨタ自動車もカーシェアリングなどのモビリティサービスの普及を踏まえ、オープンAPIを活用したモビリティサービス・プラットフォームを構築。国内外のカーシェア事業者やレンタカー事業者、保険会社などとの協業が検討されている。

 金融機関も動き出している。三菱東京UFJ銀行は、外部企業とのサービス共同開発を目的に、邦銀初となる銀行APIのハッカソンを開催し(※)、将来の事業化を視野に入れたAPI経済圏を模索し始めた。このように金融API公開の潮流は、もはや止めることができない状況にある。自社だけのサービスに閉じず、どのような企業と連携をすれば成長していけるのか。言葉で言えるほど簡単なお題ではないが、それこそが「社長が求めている答え」なのかもしれない。
※出典:http://www.bk.mufg.jp/innovation/fintech2016/ より

ブロックチェーンが金融システムを「死語」にする日

 ビットコイン(仮想通貨)を実現する中核技術として考案された「ブロックチェーン」にも、大きな期待が集まっている。これは分散型の記録管理技術で、記録データを「ブロック」と呼ぶ小分けにしたデータに加工し、各取引履歴を順番に関連付けした鎖(チェーン)構造にしている。各ブロックが直前のブロックとつながっているため改ざんが極めて困難なほか、取引情報をネットワーク上の複数のコンピュータで共有する形となるため、金融機関などの中央管理者を必要としない。社長向けには、「これまで取引記録の維持に必要だった高コスト・高セキュアな金融システムが死語になることを意味する」と言い換えてもよいだろう。

 この革新的な技術をいち早く金融インフラに取り込もうと、世界40超の大手金融機関が参加する「R3コンソーシアム」を代表例に、国内外で実用可能性の評価検証が相次いでいる。R3コンソーシアムには三菱UFJフィナンシャル・グループ、みずほフィナンシャルグループ、SBIホールディングスも含まれるが、各行は国内でも銀行間振込業務や仮想通貨などでの技術検証を始めているほか、日本取引所グループも2017年春から、複数の取引所や証券会社と証券市場インフラに適用する検証を開始すると発表している。

 ブロックチェーンの応用分野は金融機関に限らず、「改ざんのないデータ共有」と「単一のシステムに依存しない」メリットを生かせる、あらゆる分野に広がろうとしている。

 決済や貯蓄、資金調達はもちろん、不動産、契約書、知的財産、各種証明書、医療、保険、投票まで、可能性はまさに無限大だ。その意味でブロックチェーンは、あらゆるサービスをシームレスにつなぐことで、社会変革を巻き起こすポテンシャルを持っているのである。

FinTechの進化によって金融サービスの原点が問われる

 このようにFinTechの進化は金融機関をはじめとした企業に大きな変化を迫る。もともと金融サービスは、他業種との間に高い「規制の壁」が存在していたため変革の波が伝わりにくかった。それがテクノロジーの急速な進化と規制緩和、顧客ニーズの多様化により、一気に押し寄せてきている。

 今後の金融機関にとって、FinTechを通じた外部企業との連携は避けられない課題だ。そこでは双方の強みを補完し合う経営戦略と、顧客起点での革新的なサービス開発が、何よりも重要なポイントとなってくるだろう。

 ただし、ピンチだけでなくチャンスも常に眠っている。求められるのは、使い心地や利便性の追求であり、デバイス間でのサービス提供の壁を感じさせない“シームレスな顧客体験”の提供。つまり、FinTechの進化は、金融サービスの原点に立ち返ることなのかもしれない。
ユースケース金融 FinTechの進化がもたらすイノベーション インタビュー カブドットコム証券株式会社