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10分で理解するデジタルの「旬」
地方創生
もはや待ったなしの「地方創生」
デジタルによる活性化が危機脱出のカギ
 地方創生が失敗したとき、この国は終わる——。元地方創生担当大臣の石破茂氏は大臣に就いていた際、講演や演説のたびにこのように発言していた。

 地方創生は、第2次安倍政権で掲げられた政策。東京への一極集中を是正し、地方の人口減少に歯止めをかけることによって、日本全体の活力を上げることが大きな目的だ。安倍内閣に限らず、歴代の内閣も地方を創生するための政策を打ち出してきた。田中角栄内閣の「日本列島改造論」、大平正芳内閣の「田園都市構想」、竹下登内閣の「ふるさと創生」などだ。しかし、これらと地方創生では、政策が打ち出された時の社会情勢が大きく異なる。過去の政策は、いずれも人口が増えることが前提となっていた。

 これに対して、安倍内閣の地方創生は人口が減少する状況の中で打ち出されたものだ。出生数・死亡数が今後一定で推移したと想定すると、2013年に約1億2700万人だった日本の人口は、2100年には半分以下の約5200万人に、2500年には約44万人と国家を維持できないレベルにまで減少してしまう。

 こうした危機を脱するための政策が、地方創生なのである。政府は2015年度に全ての自治体(47都道府県、1741市区町村)に対して、地域を創生するための施策「地方版総合戦略」の策定を求め、現在、各自治体がそれを推進しているところだ。そうした施策の中には、最新のデジタル技術の存在なくしては実践し得ないものが数多く含まれている。

地方創生におけるICT活用に政府も本腰

 政府も地方創生においてICTを活用することを重視しており、2015年6月に「地方創生IT利活用促進プラン」を公表している。この文書の冒頭で、「地方公共団体や企業においてITを生かした取り組みの実際の導入を促進し、その効果を高めることで、『地方版総合戦略』の策定・実行を支援すること」が目的だと記述している。

 総務省でも、「地域課題(人口減少、少子高齢化、医師不足、災害対応、地域経済の衰退等)の解決に資するICTの利活用を普及促進していくこと」を目的として、2014年度から先進的な地域情報化事例を「ICT地方活性化大賞」として表彰する制度を実施している。

 この表彰制度では、地方公共団体やNPO(非営利団体)、地域団体、民間企業などが、ICTを活用して地域課題の解決に取り組んだ事例を公募。優れた取り組みに対して、1件の大賞(総務大臣賞)と3件程度の優秀賞、数件の奨励賞を贈呈している。

 2016年は、熊本市に本社を置くシタテルの「ICTによる衣服生産のプラットフォーム」が大賞を受賞した。同社の取り組みを一言で表現すると「縫製事業のクラウドソーシング」となる。衣服の作り手と約1000の縫製工場をインターネット上でマッチングする仕組みだ。既存のアパレル業界の仕組みでは実現が難しい、10枚や20枚といった小ロットの注文が可能になった。

 優秀賞には、新潟市とNTTドコモの「ICTで創る新しい農業・教育のかたち」、静岡市の「しずみちinfo・通行規制データのリアルタイム・オープン化」などが選定された。

 新潟市とNTTドコモの取り組みは、センサーで水田の水位や温度、湿度などのデータを測定し、クラウド上のシステムで集約・管理するもの。省力化やコスト削減、収穫量増加、品質向上などに役立つ情報を農業従事者がスマートフォンなどで確認できる。新潟市の稲作農業生産者22者(13法人、9個人)を対象に、2015年5月から2016年3月まで実証事業を実施した。

 静岡市の「しずみちinfo」は、災害情報や道路規制情報、迂回路情報などをオープンデータとしてリアルタイムで提供するサービス。この取り組みの大きな特徴は、全国の自治体で初めてリアルタイムの道路規制情報をオープンデータにしたことだ。Web API(アプリケーション・プログラミング・インタフェース)のサンプルコードを公開して、データ内容や位置情報をテキストデータで保持できる形式で公開した。

オープンデータ活用でサービスの価値を高める企業も

 静岡市のように自らが保有するデータをオープンデータとして公開する公共団体が、この1〜2年で増えつつある。こうした動きの背景には、政府の高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部)が2016年5月にオープンデータへの取り組みの新戦略として「【オープンデータ2.0】官民一体となったデータ流通の促進」を打ち出したことがある。この戦略では、「2020年までを集中取組期間と定め、政策課題を踏まえた強化分野を設定し、オープンデータの更なる深化を図る」ことをオープンデータ2.0と位置づけている。

 政府がオープンデータを推進する目的は、(1)透明性・信頼性の向上、(2)国民参加・官民協働の推進、(3)経済の活性化・行政の効率化——の3つだ。このうち、(3)は地方経済の浮上にも貢献するため、地方創生にも結びつく。実際、地方創生IT利活用促進プランでも、自治体に向けてオープンデータの推進を提唱している。

 オープンデータを活用してビジネスの付加価値を高めている企業も少なくない。例えば、ナビゲーションや経路検索などのサービスを提供しているナビタイム・ジャパンは、2015年3月から同社が提供する各種サービスに各自治体がオープンデータとして公開している避難所場所データを追加。駅や現在地を基点に最寄りの避難場所を検索し、地図上で確認できるようになった。

 全国のタウン情報を提供するWebサイト「サンゼロミニッツ」(運営会社:イード)では、各自治体が公開している保育園の待機児童数と定員数を活用している。同サイトの賃貸・住宅情報サービス「サンゼロ賃貸」では、住所を入力するだけでその場所の住みやすさを数値化する「周辺環境スカウター」を2012年から提供している。このサービスでは、住所を入力すると地図とともに住みやすさを1000点満点のスコアで表示。このスコアリングの指標の1つとして、自治体の保育園情報を利用しているのだ。点数の詳細を表示すると、周辺飲食店の充実度やコンビニ・スーパーへの近さなどとともに、保育園への近さや待機児童数が表示されるようになっている。

市民が自発的にテクノロジーを活用して地域課題を解決

 地方創生に関する最新の動向として注目されているのが「シビックテック(Civic Tech)」である。シビックテックに明確な定義はないが、一般的には「地域の課題を行政ではなく、市民自身が自発的にデジタルテクノロジーを活用して解決する動き」を指す。シビックテックの主体は、個人のボランティアやNPOに加えて、公共性の高いサービスを提供するベンチャー企業も含まれる。

 米国では、オバマ前大統領の就任直後の2009年5月に、政府が「透明性」「国民参加」「政府間および官民の連携・協業」の3つを原則とした「オープン・ガバメント・イニシアティブ」を発表したのをきっかけにシビックテックが盛んになった。この年には、自治体に腕利きのプログラマーを約1年間派遣し、市民が行政に参加しやすくなるためのアプリなどを開発するNPO「Code for America」が設立されている。これをモデルとして、日本でも2013年11月に「Code for Japan」が設立された。

 Code for Japanには、全国に「Code for ○○」と名付けられた地域コミュニティがあり、それぞれが地域課題の解決に取り組んでいる。Code for YOKOHAMAは、地域のNPOが運営する市民参加型のWebサイト「LOCAL GOOD YOKOHAMA」のプラットフォーム開発に携わっている。このサイトでは、地域課題の議論や、解決策を実現するためのクラウドファンディングなどが行われているほか、横浜市が公開しているオープンデータを活用した「課題を知る」といったコンテンツが提供されている。Code for Kanazawaは、いつどの種類のゴミが収集されるかが分かるアプリ「5374.jp」を開発し、オープンソースとして公開した。データを修正するだけで自分の街のバージョンが作れるので、多数の地域でリリースされている。同AIZUの「会津若松市消火栓マップ」や同Sapporoの「さっぽろ保育園マップ」など、「Code for ○○」の取り組みは日本全国に広がりつつある。

いつでもスマホが使える環境と多言語化で外国人を誘致

 地方版総合戦略において、大半の自治体が施策として掲げるテーマが観光だ。訪日外国人、いわゆる「インバウンド」の誘致や、近隣の自治体と連携した広域観光を対象とした施策を多くの自治体が打ち出している。

 特に、2020年にオリンピック・パラリンピックを開催する日本では、インバウンドの誘致が重要な課題となっている。訪日客数は急増しており、政府は2000万人としていた2020年の訪日客数の目標を4000万人へと上方修正した。インバウンドを効率的に誘致できれば、地域経済へ大きなプラス効果を得られることになる。自治体の戦略には、訪日客を効果的に集客し、もてなし、そして帰国後にも関係をつなげる施策が求められる。この施策にデジタルテクノロジーを活用する自治体も数多い。

 観光庁では、ウェブサイト上で「ICTを活用した訪日外国人旅行者受入環境整備事例」を紹介している。そこには「無料公衆無線LAN環境の提供」「ネット予約・決済環境の提供」「スマートフォンアプリ等の提供」「タブレット型端末等ICT機器の活用」という4つの分類で各地の取り組みを掲載(具体的な取り組みは同サイトを参照されたい)。この分類から分かる通り、いつでもどこでもスマホやタブレットを使えるような環境を整備することが、インバウンド誘致の鍵を握っているようだ。

 もう1つ重要なことは、コンテンツの多言語化である。観光と防災に関する情報をスマホで閲覧できるアプリ「KYOTO Trip+」を公開している京都市は、インバウンドにも利用してもらうために、英語と中国語(繁体字・簡体字)、韓国語(ハングル)のコンテンツも用意している。

 KYOTO Trip+は、観光客に対して、平時は観光情報、災害時は防災情報を伝達するためのアプリ。地震などの災害が起こった際には、警報・避難情報をプッシュ通知する仕組みを備える。世界的な観光資産を数多く抱える同市では、一般の自治体に比べてインバウンドの観光客が多い。多言語化で利便性を向上させることによって、インバウンドの誘致に結びつけるのが狙いだ。

 地方創生は、もはや日本にとって待ったなしの課題だ。ただし、クラウド、IoT、AIといったデジタル技術を活用すれば、アイデア次第でさまざまな取り組みが可能になる。今後も従前の形式にとらわれることなく各地域に合った柔軟なアプローチを行い、少しずつその成功体験を積み上げていくことが、日本を元気にする地方創生へとつながっていくといえるだろう。
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