近年まれに見る売り手市場の様相だ。M&A(合併・買収)マーケットには多くの買い手が押し寄せ、少しでも優位に立とうと、費用負担を惜しまない。

語るのは、東海地方を中心にM&Aの仲介業務を手掛ける名南M&Aの代表取締役社長、篠田康人氏だ。

「市場にいい売り案件が出てくると、すぐに買い手がつきます。入札で決める案件もあるほどですから、成約価格も上がっています」

仲介業務では通常、売り手である譲渡企業、買い手である譲受企業双方から、成功報酬を得る。

「ところが中には、売り手にはそれを請求せず、買い手に倍の額を請求する仲介会社もあります。買い手はそれでも、売り手側の企業を欲しいから求めに応じるわけです」(篠田氏)

表1/税額修正の要因

実際、M&Aの件数は2017年に過去最高を記録している(図1)。

過去20年の推移を振り返ると、2000年前後に事業再編に向けた関連法制が整備されたことを背景に、M&Aの件数は右肩上がりに増えた。2006年にピークに達すると、その後はリーマン・ショックのあおりを受けて減り続けたが、2012年には増加に転じる。

事業承継で強まる売り意欲 M&Aの増加基調をけん引

名南M&A 代表取締役社長 篠田 康人氏
名南M&A 代表取締役社長 篠田 康人氏

以降、M&Aの増加基調をけん引してきたと目されているのが、事業承継だ。通常、親族内での承継、従業員などへの承継、そして事業を第三者に承継するM&Aという大きく3つの選択肢がある。その中から、M&Aの道を選ぶ企業が多くなってきたのである。

主な理由は、後継者難だ。

表1は、帝国データバンクが後継者の有無を調べた結果を、売上規模別に集計したもの。この表によれば、売上規模1億円未満では8割近い企業が後継者不在で、売上規模が小さいほど後継者難の課題を抱えていることが分かる。

図1/M&A件数の推移

それでもかつては、M&Aの印象は悪く、企業譲渡は「身売り」、企業譲受は「乗っ取り」と捉えられた。後継者が見つからず、親族内での承継や従業員などへの承継の算段が整わない場合、廃業を余儀なくされた。

そこに変化が見られるという。「オーナー経営者が会社を譲渡する例が身近に出てくると、周囲はその生活水準の変化を目の当たりにします。中には『毎日ゴルフで、うらやましい。当社も売れないだろうか』と、本音をもらす経営者もいます」(篠田氏)。

もちろん、後継者難の中で事業承継を図ろうと売り意欲が強まっているだけではない。冒頭に紹介したように、買い意欲もそれに劣らず強まっているからこそ、M&Aの成約にまで至り、その数を押し上げているわけだ。

篠田氏は「譲り受けを希望する企業は、私の感覚で言えば、譲渡を希望する企業の5~6倍に上ります」と明かす。

譲り受けを希望する企業の狙いは主に、事業拡大にある。

「今後、市場が縮小していくからこそ、あらかじめ同じ事業領域の企業を譲り受け、シェアを増やしていこうという狙いがあります。だから、同業種買収という形態が一番多い」(篠田氏)

事業拡大の中には、新しい領域の開拓も含まれる。「新たに人材を採用し営業展開を図るより、すでに人材も顧客も抱えている企業を譲り受けたほうが早い」と篠田氏。新市場開拓までの時間を買う発想だという。

これらの狙いはいずれも、譲受企業側がM&Aの効果を認識し評価している点でもある。

図2/中小企業M&Aで得られた効果

日本政策金融公庫総合研究所と帝国データバンクが共同で実施した調査によれば、中小企業M&Aの効果としては「既存事業における市場シェアの拡大」を挙げた企業が約7割と最も多く、それに「新規事業・顧客の獲得」や「新製品・サービスの拡充」が続く(図2)。

もう少し詳しい事情を、名南M&Aが仲介を担当した事例の中からみていこう。

スピード経営の時代に 新市場開拓までの時間買う

一つは、食品卸売業のK社を、顧客拡大や商品力の強化を望む食品製造・卸売業のY社が譲り受けた例だ。K社は従業員10人・売上高10億円の中小企業。Y社は従業員40人・売上高40億円の中堅企業である。

K社の社長は2代目社長。先代との間に血縁関係はなく、元は経営幹部だった。先代に後継者がいなかったこともあり、経営の腕を見込まれ、事業を継いでいた。ただ60歳を超え、社長を続ける自信が薄れる一方、経営環境の変化から売り上げは減り続けていた。

「社長は事業展開の必要性と次世代への継承に頭を悩ませていました。一方のY社は、創業社長が業界の革命児として意欲的に事業展開を図り、飲食業に進出を果たしていました。将来はもう一段上の発展を目指していました」。篠田氏はそう解説する。

互いの利害が一致し、Y社はK社の全株式を取得。同社を子会社として傘下に収めた。「後継者不在で今後の事業展開が不安という中小企業と、スピード経営の時代に飛躍的発展を望む中堅企業という、よくある組み合わせです。互いの思惑が合致し、M&Aは成約に至りました」(篠田氏)。

もう一つ、取引関係にある2つの会社がM&Aの道を選んだ例を紹介しよう。板金加工業のJ社と、ビルの形状に合う特注部品・備品の製造を同社に発注する電材卸売業のR社である。

J社は従業員4人で売上高は1億円。その3分の1はR社からの発注である。全員が職人で技術に対する顧客の信頼は厚かった。ただ社長は63歳で事業を継がせられる親族はいなかった。

「社長は、後継者難から廃業することを非常に心苦しく思っていました。廃業すれば、従業員にも取引先にも迷惑がかかります。そこで、得意先であるR社に事業を継いでくれないか、と持ち掛けたのです」。M&Aのきっかけを、篠田氏はそう明かす。

R社は従業員80人で売上高30億円。社長は広く卸売業界で進んでいた業界再編に危機意識を抱いていた。いずれ電材卸売業界にも再編の波が及ぶのではないか。時代の流れからすれば、それは避けられない。社長は何か手を打つ必要性を感じていた。

そこに、J社からの企業譲渡の打診を受けたのである。「M&Aによって同社の加工技術を手に入れれば、新しい事業に進出することも夢ではない、とR社の社長は考えました。しかも、製造部門を内製化できれば、コスト削減も図れます」と篠田氏。R社はJ社の申し入れに応え、同社の全株式を譲り受けた。