Vol.2
2018.4.3 TUE

働き方の未来

「人生100年時代」では、楽しく、自分らしく働き続けることが、なによりも大切だ。実際、自分らしいワークスタイルを実践する50代のスターエンジニアがいる。楽しく働くためのオフィスも米国からやってきた。そして、自分らしさを「法人」として表現するための起業にも変化が起きている。「デジタルテクノロジー×ワークスタイル」の最前線を通じて、“明日の会社の姿”を考えてみよう。

文・冨田秀継
写真・淺田創

楽しく、自分らしく働き続けることが大切な時代になってきた──。これは新卒者や若手に向けたメッセージというわけではない。いま40代や50代のビジネスパーソンにも当てはまる言葉だ。

「人生100年時代」といわれるようになった現代、今の日本社会の中核を担う30代から50代のビジネスパーソンは、長くなった人生をより豊かに過ごすために学び、遊び、そして何らかのかたちで働き続けることだろう。

長く働くのなら、楽しく、自分らしく働きたい。デジタルテクノロジーの活用は、その実現に欠かすことができないはずだ。

本稿では、日本を代表するエンジニアのキャリア、話題のコワーキングスペースが目指すビジョン、そして従来の起業論を転倒させるような考えを通じて、人生100年時代のワークスタイルを紹介したい。

「がっかりした配属先」での仕事が30年後の自分を用意した

時代の趨勢を見極めながら好きなことを続け、いまや日本を代表するスターエンジニアとなった人物がいる。フリーランスのテクニカルアドバイザー、及川卓也氏だ。

フリーランスのテクニカルアドバイザー、及川卓也氏

及川氏は早稲田大学 理工学部を卒業後、今はなきテック業界の名門、日本ディジタル イクイップメント(DEC)に入社。その後、マイクロソフト、さらにグーグルと転じた。各社に9年ずつ在籍し、グーグルの後はスタートアップ企業のIncrementsで1年半勤務。現在はフリーランスで様々な企業のテクニカルアドバイザー(技術顧問)を務めているエンジニアだ。

新卒で入社したDECでは、同期の中でも特にコンピュータの扱いに秀でていた。が、最初に配属された部署はがっかりするところだったという。

「新卒が280人くらいいて、そのうちの半分が技術系でした。みんな技術系の花形の部署に行きたがりましたね。例えば金融システムです。当時は第2次AI(人工知能)ブームだったので、AI技術センターに行きたがる人も多くいました。でも、私ともう一人だけが“営業サポート”になったんですよ。プログラムを書く気バリバリで、これから面白い仕事をやってやるぞ!と思っていたら、あなたは営業に行きなさい、と。いわゆるフィールドSEのような役割で、お客さんに技術の説明をして、買ってもらうという仕事だったんです。んん?と思って、結構がっかりしましたね」

しかし、何が自分の成長につながるかわからないところがキャリアの面白いところだ。及川氏は、がっかりしつつ仕事をしてみたら、「それがけっこう楽しかったんです」と振り返る。

「お客さんと対話できることが、とても面白かった。これがその後、自分の大きな強みになっていきました。技術系って、そもそも顧客に会いたがらない人も多いですから」

技術開発を志してDECに入るも、顧客と直接対面するような職を割り当てられた。しかし、デモ用に開発したソフトウエアを顧客が購入することになり、そのソフトウエアをパッケージ化して製品化することになった。これをきっかけに営業サポートから製品開発を担当するようになる。その後は、開発から研究開発(R&D)に異動。入社してから6年で、顧客に直接対応するカスタマーフェイシングの現場から研究開発の最前線までを一通り経験した。

「マイクロソフトでWindows関連の開発をしていたとき、顧客のヒアリングに行ったりだとか、βプログラムへの勧誘のために開発責任者として営業同行して説明に行ったりだとか、そういうのがまったく苦にならなかったんです。むしろ積極的に出て行きたい、直接聞いたほうがいろんな話を聞けることがある、それが実感としてわかっていたんですね。こういう取材の場や、Google Developer Daysのような場での講演も、DEC時代に最初にやった仕事の延長でだいたいできるんです」

イノベーションの起こる場所が変わった

及川氏のキャリアは、90年代から2010年代までのテック業界の変遷と重なる点が多い。デジタルテクノロジーが政府や軍、研究機関や大企業といった巨大組織から、一般企業に普及しようとしていた時代、ミニコンで確固たる地位を築き、これからパーソナルコンピュータ(PC)市場に打って出ようとしていたDECに入社した。デジタルテクノロジーが一般企業での活用から社会インフラになっていく過程では、エンタープライズ版のWindows OS(Windows NT系)の開発に携わり、OSが最も面白かった時代を米国レドモンドのマイクロソフト本社で過ごした。

イノベーションが起こる場所が、企業組織向け(B2B)から一般消費者向け(B2C)の領域に移ろうとしていた2005年。「Web 2.0」というコンセプトが米国で提唱されたのも、ちょうどこの年である。その翌年に及川氏は巨人マイクロソフトから新興企業グーグルに移り、以後、検索からWebブラウザ「Chrome」までの幅広い分野で製品開発を担当してきた。

「2006年当時のマイクロソフトは、B2CでもB2Bでもレガシーな手法を採用していました。つまり、パッケージビジネスなんです。3万円のWindowsが売れたら、3万円が売り上がる。エンタープライズだったらライセンスですけれど、考え方はそう変わりません。売ればお金になる、そういうビジネスですね。でもWebは違いました。何か始めたら、どうやってマネタイズしようか、と考えるんです。恥ずかしいことに私、グーグルに入るまで“マネタイズ”なんて言葉を使ったことがほとんどありませんでした(笑)。幸いにしてグーグルは口うるさくマネタイズを言わなかったのですが、グーグルのパートナーやユーザーにとってはそこが大事なんですよね」

そして2016年6月に独立、テクニカルアドバイザーとしての活動を本格化させた。2018年2月には自動車部品で世界最大手のデンソーで技術顧問職に就任した。

普段心がけている時間の使い方やワークスタイルの効率化があれば、教えて頂きたいんですが……と聞くと、及川氏はこう答えた。

「ひたすら働く……(笑)」

組織に所属し、特定のプロダクトを担当することから解放され、いまは様々な企業に技術アドバイスを与える立場だ。スターエンジニアであっても1日24時間であることには変わりはなく、効率的に仕事を進めるために、今ではGoogleカレンダーに訪問先の場所だけでなく、何時何分の電車に乗ること、そうしたら30分前には訪問先近くのスターバックスに着くからそこで仕事をすること、などと書くようになったという。だからといって、時間を惜しむような仕事のしかたはしていない。

「あまりこういう言い方をしたくはないんですが、私がやっていることはコンサルティングだと思うんです。でも、知識の切り売りはしたくない。相談してくる企業には必ず具体的な課題があるはず。それを解決する方法を一緒に考えていきたい、そしてその会社が自分たちだけで走っていけるように道筋を立ててあげたい──そう考えているんです」

本当の「コワーキング」に出合えるオフィス

テック業界のベテランが、50代から新しいスタイルで仕事を始めた。だったら、若い世代や大企業も新しいスタイルで働けるはずだ。それを支援するのが米国からやってきたWeWorkである。

WeWork日本ゼネラルマネージャーの高橋正巳氏

WeWorkのことをご存じの人も多いと思うが、改めて簡単に紹介したい。一言で説明するならば、「米国発のコワーキングスペース」である。国内でも2012年にコワーキングスペースがブームになったが、それらと趣が異なるのは、上の写真を見てもらえればわかるだろう。

デザイナーズホテルのような空間が広がる国内最初の拠点は、東京・六本木のアークヒルズサウスにある。

「WeWorkはとてもクリエイティビティを重視している企業です。こうした自然光を取り入れる空間になっているのも、光によって人々のクリエイティビティを喚起するという意図があります。同じ光をみんなで共有するというコンセプトですね」

そう語るのは、WeWorkで日本ゼネラルマネージャーを務める高橋正巳氏だ。WeWorkの特徴がデジタルテクノロジーの活用にある点はよく知られている。オフィス内のセンサーを通じて、往来する人の数、滞留している時間などを計測し、メンバー同士の交流がより深まるように随時レイアウトや内装を変えていくのだ。つまり、「設計図通りにできあがったらおしまいのオフィス」ではなく、デジタルテクノロジーによって「生成変化するオフィス」といえる。

WeWorkではメンバー専用のソーシャルメディアも用意しており、そこを通じてメンバー同士が情報を発信している。早朝ヨガのイベントのスケジュールを確認できたり、よく会う人には個別にメッセージを送ったりすることもできる。そうしたデジタルプラットフォーム上の動向も、個人を特定しない範囲で運営に役立てているという。

高橋氏は、それは計測のための計測、WeWorkの成功のための計測ではない、と語る。

「WeWorkにとって、事業の一番の目的は、メンバーの事業の成功なんです。入居当初は2人部屋だったけれど、ビジネスがうまくいっているから8人部屋に入りたいというような事例が、日本でもすでに生まれているんですよ。最初にこのアークヒルズサウスに入居したものの、もう丸の内の広いスペースに移った方もいます。それが一番嬉しいですね。WeWorkで発生したエンゲージメントで事業がうまくいったり、ディール(取引)が生まれたりといったことも、とても嬉しいのですが、私たちにとってベストなのは、その企業やフリーランスの方が成功し、個人として満たされていくことです」

人と人をつなぐオフィス

高橋氏の話を聞くと、WeWorkの特徴は「エンゲージメント」=「人と人のつながりを作る」ことにあるようだ。

「デジタルとリアルの両方が基盤になって作られているのがWeWorkです。コミュニティ・マネジメント・チームがどの拠点にも3人ほど常駐していて、様々な要望に応えます。例えば、今度新事業を立ち上げるのでWebに広告を出したいんだけど、詳しい人がWeWorkのメンバーにいるでしょうか?と聞かれたら、それならこういう方がいますよ、とご紹介します。毎日のように開催しているイベントがありますから、今度これに参加しませんか?と誘ったりもしますね。メンバーをよく理解しつつ、ほどよい距離感で皆さんの成長をサポートしていきます」

受付のドアを開けた瞬間、心地よくも活気にあふれた空間が広がっていることに驚いた。聞けば、アークヒルズサウスのWeWorkにはフリーランスや中小企業だけでなく、大企業も部門単位で入居しているという。

受付のすぐそばには、人がたくさん集まっていた。高橋氏に「火曜日の朝からイベントでもやっているんですか?」と聞けば、そうではない、という。

「これ、イベントじゃないんです。なんというか、ただ普通に集まって、おしゃべりしているだけです(笑)。その結果、今日一緒にランチに行こうっていう話になることもあれば、仕事につながることもあるんです。WeWorkは、そういう空間なんです」

「ハードな資本」と「ソフトな資本」

ますます自由に、ますます柔軟に、そして、これまで以上に楽しく働ける環境が整ってきた。だったら、自分らしく働くための一つの手段である「起業」にも変化が起きたのではないだろうか?

会社の資本は「ヒト」「モノ」「カネ」と言われるんだけれど──。

そう語り始めたのは、2018年1月に『会社をつくれば自由になれる――中年起業という提案』を上梓したスタイル代表取締役の竹田茂氏だ。「起業したくない人の起業術」をキャッチフレーズにしたメディア「42/54」を運営しており、サイト名の「42」は体力と知力(経験知)のかけ算がピークになる年齢、「54」は役職定年の1年前を意味し、その間に起業する人を対象に情報を発信している。

竹田氏が上梓した『会社をつくれば自由になれる──中年起業という提案』(インプレス)

「会社の資本はヒト・モノ・カネと言われるんだけれど、起業したての零細企業には当てはまりません。40代以降で起業した人にとっての資本とは、『人間関係』『経験』『健康』です」

つまり、40代からの起業では「ハードな資本」ではなく「ソフトな資本」がより重要になるということだ。ヒトを大量に集めたり、設備に投資してモノを集積したり、大量の資本金を用意するのではなく、これまで構築してきた人間関係をベースに、数十年におよぶ自分のキャリアでできることを提供する、それを長く提供しつづけるために健康でいる必要がある、ということだろう。

起業する前に充実した資本を準備しておく必要がある点は、ハードでもソフトでも変わらない。しかし、ハードな資本をベースにしている従来の企業と、ソフトな資本をもとに起業した会社では、デジタルテクノロジーの活用法が大きく異なるはずだ。

テクノロジーは「無人化」と「自動化」を志向するため、事業に関わるヒト・モノ・カネがどんどん削減されていく。ハードな資本の会社がテクノロジーを活用する目的が「コスト削減」になるゆえんだ。また、AIによって雇用が減ってしまう、失われる職が出てくるという話がつきまとっているのは、読者の多くがご存じの通りだろう。

他方のソフトな資本をもとにした会社は、「仕事がなければ作ればいい」というスタンスでデジタルテクノロジーを使うようになるだろう。AIをビジネスに応用しようという試みが広がり始めた今、竹田氏は、起業や仕事においては「“常識”を生成するのが人間の仕事になります」と言い切る。なぜ「常識を作る」のが新しい仕事になるのだろうか?

「“常識”とは、“感情の原点になっている部分”と言い換えられるでしょう。私たちがなぜ笑うかというと、常識から外れている行為があるから笑うのです。怒ったり泣いたりするのはほかの動物もやる行為ですが、人間は考え、悩み、笑います。AI時代には、この3つに人間が注力できるようになると思います」

竹田氏は、「それなら年をとってもできるだろうしね(笑)」と冗談めかして言うのだが、他方で「これからの人間の仕事は、感情発露の部分に注力すればいいのだと思いますよ」と、“未来の仕事”のビジョンを提示してもくれた。

スタイル代表取締役の竹田茂氏

デジタルテクノロジー全盛の時代にあっても、ソフトな資本の重要性は変わらない、ということだろう。もしあなたが20代なら、ソフトな資本を「泥臭い人間関係の中で仕事を回し合う」と受けとめるのではなく、「そう遠くない将来、気の合う仲間と一緒に互いの会社で新しい常識を作る」と考えてほしい。前者になるか後者になるかは、これからのあなたのキャリアの進め方次第だ。

竹田氏はさらにこうも語っている。

「“偶然やってきた仕事”を請けるかどうかの根拠になるのは、好きか嫌いかだけですよ。好きだったらやらざるを得ません。好きなほうに進めば、同じように考えていたり、同じようにやってきた人と出会うものです」

ハードな資本が重視された時代は、資本の「量」が求められた。しかし、ソフトな資本をベースにして起業した会社は、資本の「量」ではなく「質」をより重視するようになるだろう。では、良質な人間関係、経験、健康とは何だろうか?この点については2018年5月に創刊するWebマガジン『DIGITALIST』で改めて紹介したい。

2018年5月に創刊予定のWebマガジン『DIGITALIST』では、本稿に登場した及川卓也氏(フリーランス・テクニカル・アドバイザー)のプロダクトマネジメント論、高橋正巳氏(WeWork日本ゼネラルマネージャー)の仕事論、竹田茂氏(スタイル代表取締役)の起業論について、それぞれインタビュー完全版を掲載します。また、本ティザーサイトではVol. 1として「デジタルテクノロジーが変える競争の原理」と題し、デジタルテクノロジーが生み出す新しい価値を伝える記事も掲載中。Vol. 3では「ライフスタイル1978〜2048」と題して私たちの未来の生活を伝える記事を公開します。『DIGITALIST』創刊のお知らせなどを受け取りたい方は、下部より「事前メンバーシップ」にご登録ください。

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