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IoT時代に必要な現場力とは

10分で理解するデジタルの「旬」
アナログプロセスのデジタル化
アナログプロセスのデジタル化は
新しい価値創出に向けた第一歩となる
 デジタル技術の進展により、企業は最先端のITツールをこれまでより低コストで利用できるようになった。これが情報のデジタル化を加速している。デジタル化した情報を活用することで、ビジネスや業務を変革し、これまで実現できなかった新たな価値を創出することも可能だ。そのためには、まず足元の業務プロセスを見直すことが重要である。情報がデジタル化されても、肝心の業務プロセスがアナログのままでは、そのメリットを十分に享受できないからだ。もちろん、単にデジタル化しただけで、新しい価値が創出できるわけではない。そのためには、企業や業界を超えた連携や人を起点にする「デザイン思考」といった新たな手法を用いることも重要だ。

技能のデジタル化で若手育成を支援し、
熟練ノウハウのシステム化をめざす

 日本では熟練ノウハウを持つエンジニアの大量退職により、製造業の競争力の源泉である「ものづくり力」に黄色信号が灯りつつある。このままでは企業の存続そのものを揺るがしかねない。そこでアナログでの技能伝承をデジタル化するアプローチが注目されている。

 その一例がOKIの富岡工場だ。富岡工場が生産しているのは、銀行やコンビニエンスストアに設置されるATMや、銀行の営業店などで使われる現金処理機などだ。ATMは銀行やコンビニによって仕様が変わる。その全工程を一人で担当できる職人を育てるには時間もコストもかかってしまう。そこで同社が開発したのが、誰でもゲーム感覚でマイスターになれるツール、「プロジェクションマッピング作業台」だ。

 まず作業台の横に備え付けられたリーダーで作業者ごとに割り振られたバーコードを読ませる。次に部品のバーコードを読ませると、台の上にプロジェクションマッピングのような映像で「初心者」「熟練者」「チャレンジ」という3つのボタンが出現。そのうち1つを選べば作業が始まる。作業台には作業手順書、手本となる作業の映像、組み立て上の注意点が投影される。作業に必要な部品は前方の棚にあらかじめ入っており、どの部品がいくつ必要かはその部品の入った棚に「矢印」と「数字」を投影して知らせる。この方法なら、手順を覚えていなくても組み立て作業ができるわけだ。

 技能伝承は、規模の大小に関係なく共通のテーマだ。山形県に本社をおくIBUKIは社員数約50人のプラスチック製品を成形する金型のメーカー。現在、同社では人工知能(AI)を活用した、見積もり作成の支援システムを構築している。以前、同社では見積もり作成を工場長が一人で行ってきた。その理由は他の社員ではなかなか正確な見積もりが作れなかったからだ。毎回異なる形状のものを製作する個別受注生産で、取引先のメーカーが新商品を発売するたびに、同社に新たな金型を発注する。実績のない形状の金型を製作するのだから、ベテラン社員の経験や勘に頼るしかなかったわけだ。

 そこでIBUKIは、こうしたベテラン社員の暗黙知を形式知化して組み込んだ見積もり作成支援システムを構築。見積もり依頼を受けた金型を製作するうえで、参考となる過去の文書ファイルを見つけ出してくれるシステムだ。このシステムの検索エンジンには、AIが組み込んである。見積もり作成の担当者は、取引先が提示した成形品の形状的な特徴や生産性要求などをキーワードで検索。検索した結果は、関連する文書ファイルごとに重要だと推測される箇所をハイライトで表示するという。

“ワイガヤ”で作業を進める「大部屋」もデジタルで進化

 日本発祥といっても差し支えない「大部屋」もデジタルで進化を遂げている。大部屋とはプロジェクトのメンバーが1つの部屋に集まり、役職や年齢、性別を越えて気軽にワイワイガヤガヤ話し合う“ワイガヤ”でアイデアの創出やさまざまな課題解決を図る手法だ。

 以前の大部屋は資料のプリントアウトを持ち寄ったり、ホワイトボードに書き出した意見に付箋紙を貼ったりするアナログ的な手法が主流だったが、デジタル大部屋はホワイトボードに代わって大型の液晶ディスプレーを採用したり、テレビ電話会議などを積極的に駆使する。開発環境のグローバル化に対応し、PDM(Product Data Management)やPLM(Product Lifecycle Management)といったITの活用で大部屋をデジタル化するケースも増えつつある。情報の電子化に加え、場所に依存しない活動が可能になるため、離れた場所にいるメンバーともすぐに“ワイガヤ”できるようになる。

 デジタル大部屋における会議の進め方は、リアルな大部屋と基本的には同じだが、決定的に違うのは常に最新のデータを共有できること。例えば、3D-CADデータに基づいて全体像を好きな方向に動かしながら説明するといったことが可能になる。グローバル規模で多くの末端メンバーとも情報を共有できるため、アウトプットの質向上にもつながるという。

外部の知見を取り入れることでユニークな商品開発が可能に

 大部屋のデジタル化が進む背景には、イノベーション創出に向けた期待の高まりがある。組織の“英知”を集結し、効率的で生産性の高い大部屋活動を行うことで、付加価値の高い製品・サービスの開発が図れるためだ。しかし、ビジネス環境が目まぐるしく変わり、顧客の価値観も多様化する中、自社のリソースだけに頼るイノベーションには限界も指摘されている。同じ文化のもとで仕事をしてきた人たちが議論を重ねても、殻を破るような発想を導き出すことは難しいからだ。

 こうした状況を打開する手法として注目されているのが「オープンイノベーション」である。これはハーバード・ビジネス・スクールのヘンリー・チェスブロウ助教授が提唱したイノベーションの方法論。自社だけでなく、他社や大学・研究機関など異業種や異分野が持つ技術、アイデア、ノウハウを組み合わせ、革新的なビジネスモデルや製品・サービスの開発をめざす。

 実際、オープンイノベーションの取り組みでユニークな製品開発に成功した企業も出始めている。眼鏡製造小売り大手のジェイアイエヌはその1つだ。目の前にあるものや遠くにあるものを見えやすくするという眼鏡の常識を覆し、「自分も見つめる」機能を組み込んだ眼鏡「JINS MEME(ジンズミーム)」を開発した。フレーム部分には人のまばたきや視線の方向、体のバランスを捉えるセンサーが内蔵されている。このデータをスマートフォンに無線転送し、さまざまなアプリで分析することで、人の集中度などを定量的に測定する。

 開発にあたって、同社は大学などの研究機関や部品メーカーと共同プロジェクトを組んだ。さらに開発の途中でその計画を公にし、技術開発や用途開発の協力者を幅広く募った。その取り組みは製品開発を成功させただけでなく、事業化にも大きな成果をもたらしている。開発の途中で製品コンセプトをオープンにしたことで、興味を持つ企業から多くの問い合せが寄せられたのだ。その結果、教育や人材育成分野で学習能力を高めるツールとして、健康ビジネス業界では正しい歩き方を身に付けるツールとして活用が始まっている。また転職エージェントのインテリジェンスはクライアント企業の協力を得て、転職希望者の面接の際にJINS MEMEを活用。集中度や落ち着き、姿勢などのデータを分析することで、企業が求める人材と転職希望者とのより良いマッチングに役立てる取り組みを開始した。

 光学メーカー大手のオリンパスもオープンイノベーションに取り組んでいる。米マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究室「MITメディアラボ」をパートナーに迎え、まったく新しいカタチのデジタルカメラ「OLYMPUS AIR」を開発し、2015年3月から販売を開始した。ファインダーやディスプレーなどは一切なく、コンパクトな円筒形の本体にレンズを付けて使う。操作は専用のスマートフォンアプリで行う。スマートフォンで撮影した写真を確認できるほか、離れた場所からの遠隔撮影も可能だ。またプラットフォームをオープンにしたことで、ユーザーが自分でさまざまなアプリやアクセサリーを開発・公開できる。“自分仕様”のカメラで楽しみ方が広がっていくわけだ。“インスタ映え”を求めるネットユーザーを中心にOLYMPUS AIRは話題を呼び、ユーザーのすそ野はさらなる広がりを見せている。

人を起点にする「デザイン思考」でヒット商品を連発する企業も

 ただし、異業種や異分野がコラボレーションするだけで新しい価値に結びつくわけではない。大切なのは、消費者や顧客が求める製品・サービスをとことん突き詰めて考えることだ。これを実現するアプローチとして、近年「デザイン思考(デザインシンキング)」の注目が高まっている。これはデザイナーの作業手順や考え方を、製品やサービスの企画・開発に取り入れる手法。米国のデザイン・コンサルタント会社IDEOにより提唱されたもので、創造力をいかに生み出すかに主眼をおいた思考方法である。一般にエンジニアは最先端の技術に追従して新製品を企画・開発しがちだが、デザイナーは顧客が商品を手に取ったときの「使い方」や「感じ方」を重視する。技術ありきではなく「人」を起点にしたアプローチがデザイン思考の特徴だ。

 実際にデザイン思考で成果を上げている企業もある。日用品の“無印良品”ブランド(以下、MUJI)を展開する良品計画はその1社だ。IDEO東京支社長を務めたプロダクトデザイナーをアドバイザリーボードの一員に迎え、MUJIのファンの意見を積極的に取り入れたデザイン思考による商品開発を進めている。その結果、2年間で200もの改善や商品化を実現したという。なかには「一度座ったら、立ち上がりたくなくなる」ことから“人をダメにするソファ”と呼ばれるヒット商品も生まれた。さらに注目すべきは、日本で売れる商品の多くが世界中でヒットしていること。国や地域によって、人々の生活や文化には違いがあるが、生理的な快・不快は世界中どこでも大体共通する。デザイン思考で生理的な快を追求した商品は国境や文化の壁を越えていく——。同社の取り組みはそれを顕著に示す好例といえるだろう。

 一方、デザイン思考の手法であるフィールド観察を徹底活用し、大ヒット商品である子供用運動靴「瞬足」シリーズを開発したのがアキレスだ。同社では、運動会で子供が履いている靴の状態や走っている様子を詳細に分析した結果、左回りのコーナーを走りやすくするために、瞬足では靴裏の左足の外側と右足の内側に滑り止めを設けた。「靴裏は左右対称」という常識を覆し、左右非対称にしたのだ。さらに、同社では子供の足の成長をサポートする機能をソール部分に盛り込んだ「SO・KU・I・KU」(足育)を順天堂大学と共同で開発するなど、新しいマーケットの創造につなげている。

 急速に進む社会やビジネスのデジタル化は、企業にビジネスモデルの抜本的な変革を迫る。アナログで培った技術・技能をいかにデジタル化し、その価値を新しい手法によって増幅していけるか。先進企業はすでにその取り組みをスタートさせ、大きな成果を上げ始めている。
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