地震、そして津波と縁を切ることのできない日本では、災害発生時に下す判断は、その後の被害拡大の防止、救援活動、さらには企業経営を大きく左右する。その判断材料となる津波浸水被害の推計をリアルタイムに行うシステムは、現在、世界でただひとつしかない。2014年から産学連携による研究開発が進められ、最先端技術により実現したシステムだ。

従来は2、3日かかっていた推計が時刻・天候を問わず、わずか20分以内でできるようになった

津波“浸水被害”推計では何が分かるのか?

国際航業株式会社 防災情報チーム チームリーダー 村嶋 陽一 / 国際航業株式会社 防災情報チーム 鈴木 崇之 / 国際航業株式会社 技術サービス本部 環境保全部 海洋エンジニアリンググループ 井上 拓也

2018年3月、世界で初めてとなるリアルタイム津波浸水被害推計システムを開発・運用、配信する会社が設立された。地震発生から20分以内に津波浸水被害を推計できるという。これは、国際航業、東北大学、大阪大学、NEC、エイツーが共同で開発したシステムで、地震発生後、揺れや地形の変化など、事実に基づいた情報から、押し寄せる津波とそれによる浸水被害の状況を緻密な地形データ上でシミュレーションを行い、視覚化し、配信するまでを、全自動で行うものだ。従来、地震発生から6時間後の状況を推計するには2~3日かかっていたが、この方法ならわずか20分以内で情報提供までが完了するという。(図1)

この技術の開発により、4月17日に平成30年度科学技術分野の文部科学大臣表彰の科学技術賞を共同開発者と共に国際航業の村嶋陽一が受賞した。

リアルタイム津波浸水被害推計システムの流れ(図1)

Web-GIS等による可視化・自動配信

従来の津波予測との違いは、フォワード型であること、リアルタイム式であること、そして、予測が浸水被害にも及ぶこと。

現在の即時性の高い津波情報は、事前に計算されたデータベースが活用されている。

「データベース型で浸水・被害推計までを行うとすると、多量な計算が必要となります。しかし、そのとき大潮なのか小潮なのかといった状況やその時間帯の人口はどれくらいなのか、水門の開閉などの情報を考慮していくと、想定すべきケースの数が指数関数的に増加し、“シナリオ爆発”を起こしてしまいます」と、村嶋は語る。

精度を上げようとすると、事前に必要な計算パターンが膨大となってしまうのだ。

一方、国際航業などが開発したフォワード型の場合は、到達が予測される津波により、どの程度の被害が発生しそうかまでが、わずか20分以内というリアルタイムで推計可能となった。実際に観測した地震波や地盤の動きから、断層条件を設定し、津波伝播(でんぱ)から陸地の浸水・被害推計までの解析を行うという流れになっている。

同時広域災害における被害の全容を把握しようとすると、ヘリを飛ばしたり現地へ入ったりすることもあったため、最短でも数日が必要だった。そのプロセスが20分以内にまで短縮できたのは、ICTと解析手法の技術革新があったからだ。

「このシステムはスーパーコンピュータを利用しています。従来のワークステーションで使っていたプログラムをそのまま移植しても、スーパーコンピュータの能力を引き出しきれません。20分という短時間で情報提供を実現するには、プログラムの改善がカギであり、当社にはそのノウハウがあります」と井上は語る。

また、特長として予測の精度の高さがあげられる。

「津波計算の精度は、入力データの精度に大きく依存します。計算の際には、最新の3次元の地形データのほか、防波堤の有無、陸地にある家屋が木造かそうでないか、その時間帯の人口などのデータも使うので、より精度の高い推計が可能です。防波堤・埋立地等の新設・延伸など土地利用の変化があった場合には、データが更新できるので、精度を維持、向上させることができます。陸海空の多種類のセンサによる高精度な空間情報データの計測技術・モデリングのノウハウを有していることは当社の強みです」と鈴木は説明する。

こうしたデータを最新の状態に保ち、追加して精度を上げるには、防災情報に関する知識とノウハウが欠かせない。また、提供するデータは、誰にとっても分かりやすいものである必要がある。ここには、防災・減災の分野に長く取り組んできた国際航業のノウハウがふんだんに反映されている。

このシステムは、その即時性・有効性の高さが評価され、内閣府の総合防災情報システムの津波浸水被害推計システムとして導入されている。

リアルタイム津波浸水被害推計システムによる再現検証結果(図2)

リアルタイム津波浸水被害推計システムによる再現検証結果

津波浸水被害が高精度に推定できると、避難も企業経営も変わる

では、高い精度で素早く浸水被害の推計がされると、実際に津波が発生した場合、どのようなことが可能になるのか。

「津波は同時かつ広域にわたって被害を与えるため、被害状況の把握には時間を要します。このシステムが拡大すれば、災害発生時の限られた情報で対応せざるを得ない、救援・救護活動がより効率的にできるようになるでしょう。また、携帯端末やカーナビのGPS情報と関連付けられるようになれば、どこで、どれだけの被害が発生しているのかが把握できるようになり、救援のリソースを、どこに振り分けるべきかが判断できます。企業のBCP対策も同様であり、ライフラインやインフラに関わる企業の復旧などの対応も効率的に変えることができるでしょう」と村嶋は解説する。

リアルタイム津波浸水被害推計の元となった発想は、15年ほど前に遡る。

「ちょうどこの頃、航空機から得られる地理空間情報の精度が上がりました。得られるようになった精密なデータと解析スピードの向上があれば、津波に関する新しいシステムができると考えました」

その15年前からの様々な取り組みが、今、事業として歩みを始め、今後、津波が発生した場合の、国や自治体、警察・消防・自衛隊、インフラ事業者などへのスピーディーな支援を実現しようとしているのだ。新たに会社を興したのは、産学連携で開発を進めてきたシステムをいち早く、広く役立ててもらうためだという。

このシステムによる推計結果は、今後、国際航業が従来提供している防災情報提供サービスを介しても、参照できるようになる予定だ。地震、そして津波による被害はゼロにはできない。だからこそ、発生直後の初期対応がその後の救援や復興の効率を大きく左右する。この国をより安心・安全に暮らせる国にするため、このシステムにできることは多い。

東北大学 災害科学国際研究所 越村 俊一 教授

東北大学はかねてから、津波に関する研究を積み重ね、その成果を広く共有する役割を担ってきました。そうすべきだという思いは、東日本大震災を経験したことで一層強くなっています。

大学は主に基礎研究をする場ですが、そこで得られた成果は、社会で使われなくては意味がありません。しかし、大学だけではなかなか難しいのが実態です。今回のように産業界と連携することは、社会への浸透を早める大きな力になっています。

私から見ると、パートナーである国際航業は、高い技術力を持つ企業というだけでなく、同じ思いを抱き、同じゴールを目指している仲間です。どれだけ技術があっても思いを共有できないと、産学連携はうまくいきません。共に目指すゴールは、このシステムを広く普及させ、多くの組織に使ってもらうことです。持続可能なまちづくりに生かしてほしいと思っています。

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