自動運転社会という未来

ウーバーと自動運転が迫る「モビリティビジネス革命」

2017.04.17

林 哲史=日経BP総研 クリーンテック研究所

――モビリティサービスが提供する価値ある情報とは何だろうか。

いい例がある。イスラエルのベンチャー「Waze」のナビゲーションサービスだ。このサービスでWazeは、各々の会員が書き込んだ渋滞情報、事故情報、交通規制などをクラウドに集めて、それを整理した形で会員に提供している。

Google Mapsでも渋滞情報を見ることができるが、Wazeが提供する情報の方がGoogle Mapsより信頼性・リアルタイム性が高いのでユーザーが集まった。Wazeでは渋滞が起こっている原因や渋滞の状況を、現場を通りかかったWaze会員の報告から知ることができる。Waze会員はこの報告を、迂回路を選ぶか、そのまま渋滞の道を進むかの判断に役立てている。Wazeは2013年に米Google(グーグル)によって買収されたが、現在も子会社として継続している。

――モビリティサービスの世界になると、ITでサービスの仕組みを作ることになる。これも今までの自動車ビジネスとの大きな違いではないか。

そうだ。IT技術を活用する時代が来たことは、強く認識するべきだ。これまでとは違った部分が出てくるし、それがビジネスの優劣に直結する。

大きな違いは三つある。第一に、モビリティサービスはITの仕組みで情報を売るビジネスであること。移動手段の価値ではなく、移動に関する情報に価値がある。このため、移動手段を自ら用意する必要はなく、例えば他の交通機関と協調すれば、モビリティサービスの提供は可能となる。

第二に、IT基盤を使うのでスケーラビリティが高いこと。ユーザーの数を短時間で飛躍的に増やすことができる。ユーザーが増えても、そのための追加コストはそれほど多くない。ユーザーの数だけ車両が必要となる交通機関とは決定的に異なる。

第三に他のサービスとの組み合わせが容易であることと、それによってサービス全体の価値を高められることだ。これまではただ単に、いずれかの交通機関を選ぶだけであったが、モビリティサービスではGoogle Mapsで行き先を確認してから、Wazeで渋滞情報を見て、「あるときはタクシー、あるときは電車を使う」といったように、異なるサービスを組み合わせるのが当たり前にできる。

この状況では、ユーザーを囲い込むよりも、他のサービスをスムーズに使える仕組みを提供する方が大きな価値を生み出せる。つまり、競合ではなく協調、選択ではなく追加によって、サービス価値を高められることが重要なポイントとなる。

――モビリティサービスにシフトすると、自動車メーカーがこれまで長年積み上げてきた強みを生かしにくくなるのではないだろうか。

そうではない。モビリティサービスはIT技術が産み出したサービスではあるが、サービスの本質は「移動」である。自動車を始めとする移動手段がなければサービスは成り立たないし、ユーザーに好まれる移動手段が存在することに変わりはない。その中で、「魅力的な自動車」が魅力的な交通手段であることは、モビリティサービスの時代にあっても不変だ。その自動車の価値は、これまで自動車メーカーが作り上げてきた品質にほかならない。

自動車メーカーはいい自動車を作ることで自社の価値を高めてきた。これはとても重要なことだ。乗り心地のいいクルマは、それこそが購入を決める決定的な価値となる。この価値は自動車メーカーしか作れない。ライドシェアが始まったとしても、ユーザーは条件が同じなら乗り心地のいいクルマを求めるだろう。自己所有のクルマであれ、ライドシェアであれ、乗り心地という価値がユーザーに対する大きな訴求力であることに変わりはない。本業の強みが、新しいビジネスの中でも大きな強みになると見ている。

たゆまぬ自己変革の必要性を説く周執行役員(撮影:新関雅士)

自動車メーカーがまずやるべきことは、本業を大事にして、自動車メーカーでなければ生み出せない顧客価値を作り続けることだ。信頼できて品質が高い自動車をユーザーが購入するのは当然の行動であり、その価値はシェアリングサービスが普及したとしても変わらない。ライドシェアという新たなサービスは「経済的に効率よく移動したい」というユーザーニーズを掘り起こした。だからといって、乗り心地のいい自動車を選びたいというニーズがなくなったわけではない。

大事なことは、ビジネスは常に変化するということを前提に考え、企業が自らの変革を推進し続けなければならないことだ。今はIT技術を活用したビジネスが盛んになった。多くの製造業にとっては、これまで手がけていない技術ジャンルだ。だからといって、これまで製造業として獲得した信頼とブランドを否定してはいけない。自ら変革して、新しいビジネスに適した会社になればいい。

新しいビジネスモデルの中で存在感を出すには、自分の強みをしっかりと見極めて、その強みをどう生かすのかを考えるべきだ。特に自動運転の世界はさまざまな技術とサービスを組み合わせて作られるため、ジャンルの異なる企業とも協調しなければならない。だからこそ、そのビジネス構造のどの部分を自分が担うのかを明確にし、他の部分は他企業と力を合わせてwin-win関係を築くことが重要になる。

――自動運転の世界では、高精細な3次元デジタル地図の整備を続ける地図クラウド事業者の存在感が大きくなっていると感じる。そして今の段階で、本格的に3次元デジタル地図の整備を続けている企業はGoogle、HERE、オランダTomTomなど数えるほどしかいない。デジタル地図を作るには、たくさんの測定車両を用意して街中を走り回らせなければならないので、これから参入するのは難しいのではないか。

確かに現段階で見る限り、提供できる企業は限られている。ただし、5年後、10年後にどうなるかはまだわからない。理由は二つある。

一つは国家が乗り出してくる可能性があること。地図を本当に作りたいと思っているのは国家であることは間違いない。これまでも地図は国が作ってきたし、軍事利用や土地管理など、国にとって地図の整備は基本事業である。本当に作ろうと思ったら、資金面でも民間がやれることをはるかに上回る形でできるだろう。

GPS(全地球測位システム)にしても、もともとは軍事利用のために作られたものだ。もちろん、多くの国がデジタル地図を整備したとしても、それを民間に使わせるかどうかは別の話だが・・・。そのあたりがどうなるかはまだ見えていない。

もう一つは、技術進化が今の状況を劇的に変える可能性があること。デジタル地図を作るために必要な各種センサー、特にライダー(LiDAR)と呼ばれるレーザーレーダーシステムの技術開発はとても活発になっており、精度、コスト、手間の面で、5年後は今と比べられないくらい進化しているだろう。スタートアップ企業が破壊的なデジタル地図の作成・更新技術を生み出す可能性だってある。そうした技術進化がどんどん進み、大量の市販車がライダーを搭載するようになれば、あっという間にデジタル地図を作れるようになるかもしれない。

――欧米企業と比べて、日本企業の取り組みについて感じることは何か。

三つある。一つはモビリティサービスなど、ITサービスの世界で世界的な企業が出ていないこと。自動車や家電では世界的な企業がいくつも登場したが、ITサービスの世界では聞こえてこない。世界で戦う企業が出てきてほしい。そのためには、世界で戦おうと考える人材が必要だろう。

第二は、格好のいい言葉に惑わされている感じがあること。ITを活用したサービスでは、ビジネスモデルとかプラットフォーム、仕組みや役割を意味する言葉がたくさんあり、その言葉で自らの事業を考えようとする傾向があるように思う。「モビリティサービスのプラットフォームを提供する」といった具合だ。

しかし、こうした言葉はビジネスの勝負においては何の意味も持たない。同じプラットフォーマーでも勝てる企業もあれば、負ける企業もある。ビジネスで勝つためには、どんなサービスを提供するのかということを突き詰めて考えなければならない。誰に何を提供するのか、それに価値はあるのか。そして実際に提供して、実態に即して修正する。こうした地道な活動がビジネスの勝ち負けを決める。

第三は、世界全体の動きに鈍感になっている気がすること。日本が島国だからということにも関係するのかもしれないが、欧米で起こっている、大きく、急激なモビリティサービスへシフトする動きが伝わっていないように思う。陸路で国境を越えることがないという環境の影響もあるかもしれない。世界が新しいモビリティサービスへと急いでいることを受け止め、もっと危機感を持つべきではないだろうか。

※この記事は日経BPクリーンテック研究所の研究員が執筆し、日本経済新聞電子版のテクノロジー分野のコラム「自動運転」に掲載したものの転載です。