食の未来

ブランド米偏重で市場バランスが崩れる?注目される “多収米”という選択肢

2017.04.25

高山 和良=ライター

「つや姫」「ゆめぴりか」「青天の霹靂」「銀河のしずく」「新之助」……。コシヒカリ一強の時代に終わりを告げるような、うまい新興ブランド米が続々と登場している中、もう一つのジャンルの主食米が関係者の注目を集めている。いわゆる “多収米”と呼ばれる品種がそれだ。最近では食味も上がり、生産計画の選択肢に加えることで、農家の収益改善にも寄与することが期待されている。2018年に減反政策が終わり、米生産の主流がブランド米偏重になると、市場での価格や供給のバランスが崩れる恐れがある。“多収米”は、日本の米づくりの選択肢として今後より重要な位置を占めるようになる。

日本の多収米のトップランナーの一つ「みつひかり」の稲穂。「たわわに実る」という表現がピッタリだ。民間によって開発された品種で、食味もよく大手牛丼チェーンへの採用で知られている(写真:三井化学アグロ)

多収米とは文字通り、“穫できるお”のこと。こう聞くと「多く取れるということは、美味しくないのではないか」と思う人もいるかもしれない。しかし、それはひと時代前の話だ。今の多収米はかなり食味が上がっている。じっくりと味わったり同時に食べ比べてみたりしなければ普段食べているブランド米と区別がつかないという人が多いのではないだろうか。今、注目を集めているような多収米は一言で表すと「けっこう美味しく、たくさん取れるお米」なのだ。

多収米の生産量は、一般的なブランド米に比べるとまだはるかに少ないため、一般消費者が米の販売店などで直接目にするような機会はほとんどない。しかし、これらの米を一度は口にしたことのある人は少なくない。というのも、多収米の多くは外食・中食産業向けの「業務用米」と言われる用途で使われているからだ。丼ものや回転寿司などの大手外食チェーンで提供されるものをはじめ、おにぎりや弁当、果てはチャーハンやピラフなどのご飯を使った冷凍食品などでも使われている。業務用米の消費量は、主食用米の総需要のうち4割を占めているという推計もあり、既に日本人の食文化の中で大きな地歩を占めている。この中の注目株が美味しい多収米というわけだ。

「けっこう美味しく、たくさん取れる」多収米の代表的なものとしては「みつひかり」「しきゆたか」「あきだわら」などの品種が知られている。いずれもコシヒカリに比べて3~5割多く収穫できる品種で、業務用米が不足する状況の中で、生産量と作付け面積の拡大が予想されている。「みつひかり」と「しきゆたか」は民間が開発した品種で、前者は農薬メーカーの三井化学アグロ、後者はトヨタグループの総合商社である豊田通商が手がけている。「あきだわら」を開発したのは日本の農業技術研究の総本山とも言える国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)だ。

ここからはこの三者がどのように多収米のビジネスや開発に取り組んでいるかを見ていく。そこからは、多収米が今後の日本の米づくりに大きな影響を与える、きわめて重要なアイテムであることが読み取れるはずだ。

多収米のトップランナー「みつひかり」

多収米の中でもトップランナーの一つとして知られているのが「みつひかり」だ。この品種は1980年代半ばから三井化学が開発を始めたもので、本格的に販売がスタートしてから15年以上になる長い歴史を持つ多収米だ。2000年以降は現在の三井化学アグロで種籾の生産・販売など、「みつひかり」の事業を展開している。

「みつひかり」には、ほどよい食味で多収性を追求した「みつひかり 2003」とコシヒカリに近い食味を追求した「みつひかり 2005」の二品種がある。より収穫量の多いのが前者で1反=ほぼ10アール当たりの収量(反収)では約750㎏、1俵60㎏で換算すると12~13俵を収穫できるという。後者も11~12俵と多収だ。コシヒカリの典型的な収量は550㎏前後9俵前後とされるので、それに比べると2~4割増しということになる。

20年以上「みつひかり」の普及に当たってきた同社技術普及部ハイブリッドライス種子グループの吉村明氏は「750㎏というのはあくまでも安定して収穫できる収量として言っているものです」と語る。「チャンピオンデータを言っても意味はないが」と前置きしながらも、実際には1反当たり17俵以上という例もあるという。1俵60㎏換算で見ると1020㎏。潜在的には反収1t超えの力を持つ。

「みつひかり」は、大手牛丼チェーンの吉野家が採用している米としてもよく知られている。「みつひかり」の多くは大手の米卸の神明を通じて吉野家に販売されている。「みつひかり」の生産者としても長期安定的に購入してくれる実需者がいることで安心して作れる。

全国の作付け面積は一般のブランド米に比べたらはるかに少ないが、2016年の推計で合計1400ヘクタールほど。はっきりした統計はないが、反収750㎏で計算すると1万t強の生産量になる。三井化学アグロでは、これを2017年には2000ヘクタールに広げる計画をしている。生産量で言うと1万5000t相当だ。

現状では、業務用が不足していることもあって、「みつひかり」を作っているなら欲しいという引き合いは非常に強いという。「吉野家さんが欲しいと言われている量に全然足りていないのが現状です」と吉村氏は控えめに語るが、今後、生産者への栽培指導などきめ細かい対応をしながら普及を進めていく方針だ。

「みつひかり」の普及に全国を飛び回る吉村明氏(三井化学アグロ 営業本部 技術普及部 ハイブリッドライス種子グループ グループリーダー)。「最近になって、7~8割方、生産者の顔が見えるような関係になってきた」と語る(写真:高山和良)

「みつひかり」の稲穂。下のコシヒカリに比べてはるかに多くの籾を付けていることがわかる。「みつひかり」はコメの世界では珍しい民間が開発した品種で、毎年交配によって種籾を生産するF1品種と呼ばれるものだ。F1品種というのは親品種の優れたところを受け継ぎ、ハイブリッド品種などと呼ばれる。収穫したものからは同じ性質のものが再生産できない。野菜やとうもろこしなどでは一般的だが、固定種が多いコメの世界ではF1品種は珍しい(写真:三井化学アグロ)

総合商社が手がける「しきゆたか」

「みつひかり」と同様に民間企業が手がける多収米のブランドが「しきゆたか」だ。この品種をベースにトヨタグループの一員であり、トーメンとの合併などを経て、今では売上8兆円レベルを誇る総合商社の豊田通商が、独自の多収米の事業展開を図っている。

同社がこのビジネスに着手したのは何年か前にさかのぼる。

「それまで輸入米をメーンに扱っていましたが、国産米はやっていないに等しい状況でした。そういった中で単純な米の売買だけでいいのか、日本の根幹をなす米というものに対して何か貢献できないかと考えていたときに、この品種と出会いました。愛知県の水稲種子開発ベンチャーの水稲生産技術研究所(水稲研)が名古屋大学と協同でこの品種を開発し、出資者を募っていたということもあり、ちょうどタイミングが合致したのです」と語るのは、豊田通商 食料・生活産業本部 農水事業部 農業事業グループ 主任の志度裕子氏だ。普及のために全国を精力的に回る志度氏はまさに「しきゆたか」普及の現場主任とも言える。

豊田通商 食料・生活産業本部 農水事業部の小野塚千秋部長(左)と同 農水事業部 農業事業グループの志度裕子主任(右)(写真:高山和良)

同社では2012年に水稲研に出資し、2015年には、開発した品種に「しきゆたか」というブランド名を付けて多収米ビジネスに参入。種籾の開発・生産から実需者への販売までを一貫してサポートする仕組みを構築した。種籾の開発・生産は出資先の水稲研が行い、豊田通商は米の生産者と栽培契約を結び、その種籾で「しきゆたか」を生産してもらう。出来た玄米を買い取って、実需者に販売するというものだ。

「しきゆたか」の根は大きく張り出している。「しきゆたか」も毎年交配によって種籾を生産するF1という品種だ(写真:豊田通商)

「しきゆたか」の収量もきわめて高い。「地域によってバラつきはありますが平均すると3割増しです。2016年産では890㎏という反収が生産レベルで出ているので多収の能力は非常に高いと考えています。水稲研の技術者からは簡単ではないと言われていますが、中には1t取りを目指すという生産者の方もいます」と志度さんは自信を見せる。食味もコシヒカリ並みだという。ちなみに、豊田通商・東京本社の社員食堂でも「しきゆたか」が提供されている。

生産量は2012年の5tから順調に増え続けて2016年には3000t(作付け面積430ヘクタール)となった。「需要に対して供給が追い付いていない状況です」と志度氏。2017年は4200t(600ヘクタール)を見込んでいる。

事業を統括する同社 食料・生活産業本部 農水事業部の小野塚千秋部長は、われわれとしてはもっと栽培面積を増やしていきたいと考えています。2020年に2万tというのが事業としてのターゲットです。ビジネスのユニットとしてはこれが最低ラインになります。そこから次の展開が見えてきます」と慎重に事を進める。今後はどのように生産者を増やしていけるか、また外食・中食産業などの実需者とどのようにマッチングをしていくのか、これからが総合商社としての腕の見せ所になってくる。

豊田通商の構築した多収米ビジネスモデル