ロボティクス社会

人にやさしいロボティクス社会へ、脳の働きを分析・可視化(前編)

2017.04.03

元田 光一=テクニカルライター

運転に差が出るキーワードは「器用さ」「マインドワンダリング」「主体感」

脳科学の研究を車の運転に応用するニューロドライビングでは、認知行動科学連携ユニットが運転に関わる脳の情報処理モデルを作り、実験によってそのモデルを検証している。

そもそも、人間はどうやってモノを認識、処理し、結果的にうまく車を運転しているのか。これについて詳しいことはほとんど分かっていない。しかも、運転能力に関しては個人差が大きい。例えば免許証を取得して30年以上たっても運転技術があまり高くない人もいるし、初心者を過ぎたくらいの時期に既に運転が得意という人もいる。「そういった違いの背景に何があるのかを調べようというのが、認知行動科学連携ユニットの目的」(認知行動科学連携ユニット ユニットリーダー 熊田孝恒氏)である。

この研究の一つとして、道具を使うということと、車を運転するということの関係性を調べた。つまり、個々人が持つ器用さの違いが、車の運転に関係してくるのかどうかである。例えば人間が道具を使う場合、頭の中では、それを使うと何が起こるのかをイメージする。そのイメージ作りが得意かどうかが、器用さの違いとなって現れる。車も人間にとっては複雑な操作が必要な道具の一つである。そこで、操作イメージを簡単に作れる人とそうでない人で運転技術に違いが出るのではないかと仮定して実験を行った。

実験ではまず簡単な道具を使ってもらい、それをうまく使いこなせた人と、使いこなせなかった人を見分けた。次に、それぞれに車を運転させたところ、道具をうまく使える人のほうが、車の運転がスムーズだという結果が得られた(図2)。また、簡単な道具を使っている際の脳の活動を計測すると、うまく使える人とそうでない人で、運動に関与すると言われている小脳や頭頂葉に活動状況の違いが見られたという。この研究をさらに進めると、ドライバーの脳の活動を調べることで、運転が得意かどうかを判別できるようになるかもしれない。そうなれば、車にドライバーの能力レベルを自動判断させ、それぞれのドライバーに合ったレベルの運転支援機能を提供する、といったことを実現できる可能性がある。

(図2)運転の器用・不器用の特徴を探る実験
時速40㎞まで加速した後に車速を維持して直進し、カーブを曲がる課題。器用な人は短時間で加速・減速を行い車速の維持も安定しているが、不器用な人は加速・減速や車速維持のすべてで不安定である。

これとは別に、ドライバーの「マインドワンダリング」と呼ばれる状態が長く続くことが事故を引き起こす原因になっていないか、その関連性についても研究している。マインドワンダリングとは、目の前の課題とはまったく関係のないことを考えている状態のこと。人間は車を運転している時、かなりの時間、運転とは関係のないことを考えている。その影響を見極めようというわけだ。理研BSI-トヨタ連携センターでは、特に高齢者と若者の違いに注目している。高齢者の方がそういう状態になることが多いと考えられがちだが、実際には高齢者の方が少ないと報告されているからだ。

運転時のマインドワンダリングは、一様に悪い影響を及ぼすわけではない。マインドワンダリングの中には、運転に関する思考も入っている。そこで、安全運転に向く思考とはどういうものかを明らかにし、運転中にその思考に向けさせることができれば、事故を減らせるかもしれない。

車の運転支援を考えるうえでは、もう一つ重要なことがある。主体感だ。主体感とは、自分が操作をすることで車を制御していると感じること。ドライバーは、自分がハンドルを切ったから曲がり、自分がブレーキを踏んだから止まったと思う。レベル3の自動運転が実用化された時には、この主体感の有無が重要になる。何かのトラブルで急に運転を変われと言われ、すぐに対応できるようにするには、そこまでの運転も自分が主体になって行っていたという意識を持つことが重要だ。かといって、そのことに集中しなければならないのなら自動運転にする意味がない。自動運転中も最低限の主体感を維持しつつ、リラックスするのがベストな状態だろう。どうすれば主体感が維持できるのか、そもそも運転における主体感とはなにかについても研究を進めている。

主体感を調べるための実験として、こんなものがある。画面上でボールが右から左に動き、被験者がある位置でボタンを押すとそのボールが減速して止まるというものだ(図3)。通常、ボタンを押した直後にボールが減速し始めると、自分が押したから止まったと感じるだろう。ボタンを押す前から減速し始めたら、自分がボタンを押したために止まったとは思わない。そこで、10回のうち3回は本当にボタンが押されたら止まるようにし、あとの7回はボタンが押されなくても減速して止まるように設定し、実験した。すると被験者は、その7回分も全部自分がボタンを押したから止まったと錯覚する。

(図3)被験者の錯覚を確認する実験
ボタンを押すタイミングに関係なくボールが止まっていることに気が付かない。

この錯覚を車の運転に応用すると、自動運転中でもドライバーに主体感を持たせられる可能性がある。例えば信号での停止動作などで、軽くでもいいからブレーキを踏ませるようにする。こうすると、実際は車が自動運転で勝手に止まっているにもかかわらず、ドライバーは自分が操作して止めたと錯覚すると考えられる。このように、常になんらかの形で車の運転に関与させておけば、ドライバーの主体感が持続できるかもしれない。どれくらいの関与があれば運転に主体感を持てるのかを調べることが、今後の課題だという。

次回(後編)は、理研BSI-トヨタ連携センターのもう一つの研究テーマである、ニューロリハビリへの取り組みについて紹介する。