携帯開発の閉塞感から脱出せよ。TOCの導入で事業再生を果たす

経営状況の悪化、開発人員の減少、従業員モチベーションの低下、閉塞感の蔓延など、負のスパイラルに陥っていたシャープ。厳しい状況の中、スマートフォン開発の改革に取り入れたのがTOC(制約条件の理論)だった。成果は短期間で現れ、開発期間の短縮、品質の向上、手戻り解消による追加投資の削減などを実現し、職場には活気が戻った。同社広島事業所でのTOCの導入を追う。
シャープ 株式会社 通信事業本部 パーソナル通信事業部 副事業部長 八塚 康史 氏

 「会社全体で業績の不調が続き、構造改革の名のもとに多くの従業員が去ったこともあって、残った従業員のモチベーションも下がり、職場には深刻な閉塞感が漂っていました」。シャープでスマートフォンなどの開発をとりまとめるパーソナル通信事業部 副事業部長 八塚康史氏は2015年頃をこう振り返る(図1)。

 実際に同社は、2012年3月期と翌2013年3月期にそれぞれ数千億円規模の赤字(営業純利益ベース)を連続して計上するなど、経営は危機的な状況に陥っていた。

 先の見えない中でスマートフォンの開発現場も疲弊していたという。「なんとかしなければ、という問題意識は全員が持っていて、関連セミナーの開催や受講、外部コンサルタントの招聘、若手を中心とした小集団活動など、さまざまな方法を試してみましたが、実効には至りませんでした」と八塚氏は述べる。いわゆる負のスパイラルが回っていた状態だった。

図1. 2012年頃から深刻な経営不振に陥ったシャープでは、有効な改革策が打てずに、従業員のモチベーション低下などさまざまな課題が噴出していた。
差し迫った課題

制約箇所に集中して問題解決を図るTOCに出会う

シャープ 株式会社 通信事業本部 パーソナル通信事業部 回路開発部長 宮内 裕正 氏

 手探りが続く中で出会ったのが「TOC」 [*1]と呼ばれる改革手法だった。「あるセミナーを聴講したときに、同じ広島を拠点とするマツダ株式会社がTOCを採用して開発現場の改革に成功したという事例の紹介があり、当社の課題と似ていたこともあって、もしかしたらうまくいくのではないかと考えました」と、スマートフォンのハードウェア開発を束ねるパーソナル通信事業部 回路開発部長 宮内裕正氏は述べる。

 「Theory of Constraints」(制約条件の理論)を略したTOCは、組織を制約している少数の要素を抽出し、そこにのみフォーカスして最大限の問題解決を図るという改革手法だ。さっそく同氏は、マツダにTOCのコンサルティングを提供したビーイング(本社三重県津市)にコンタクトを取り、TOCに関する詳しい説明を依頼した。

 前出の八塚氏は言う。「これまでもさまざまなコンサルティング会社に提案してもらいましたが、どれも組織全体を対象にしているため作業量が多く、具体的な適用のイメージが沸いてきませんでした。ところがTOCは制約箇所にのみ集中して取り組めばいいなど視点がユニークで、マツダさんが成果を上げたということもあって、これに賭けてみようと考えたのです」。

[*1] TOC:ベストセラーとなった「ザ・ゴール」(ダイヤモンド社)の著者としても知られるエリヤフ・ゴールドラット氏が構築した理論で、「どんなに複雑なシステムや組織も常にごく少数の要素(制約)に支配されている」という考えに基づいて、制約を特定し組織全体のスループットの増大を目指す改革手法。

1機種に適用ののち全機種とソフトウェアに拡大

 同社では2016年1月から3月をトライアル期間と位置づけて、TOCの具体的な手法のひとつである「CCPM」(Critical Chain Project Management) [*2]をある機種の開発に適用した(図2)。ここでCCPMとは、TOCの全体最適化の観点から、通常は各工程で確保される日程余裕をそれぞれゼロにし、その代わりプロジェクト全体でバッファを設けて管理する手法である。

 ただし、CCPMの適用にあたってはさまざまな配慮をしたという。「日程余裕をゼロにした開発スケジュールを作れと担当者に指示したところで、反発を買うだけで上手く回りません。そこで朝会を開いて、日々の小さな課題も共有しながら、マネージャーがすぐに対応して課題を解決することを繰り返すように工夫しました。すると、何かが変わってきた、日程余裕を工程に組み込まなくてもよさそうだ、といった意識が担当者にも広がっていったのです」(宮内氏)。

[*2] CCPM:TOCの考え方である全体最適の視点を取り入れ、プロジェクトを構成するそれぞれのタスクに余裕を持たせるのではなく、プロジェクト全体でバッファを設けて、バッファの消費度合いで進捗などを管理する手法。とくに開発系のマネージメントに有効とされる。

図2. 朝会を利用して細かい課題も共有し即座に解決するなどの工夫も加えながら、ハードウェア開発にCCPM手法を導入した。
解決の方向性のトライアル(2016年1〜3月)

 並行して、「UDE」(Undesirable Effect:好ましくない結果)と呼ばれる制約の洗い出し作業をマネージャー全員で行った(図3)。マネージメント層によって課題や因果関係を異なって捉えていたことが分かるなど、複数回にわたるミーティングは部門間コミュニケーションとしても有意義なものとなり、最終的には「次機種の先行検討時間の不足」と「事業戦略と戦術のつながりの不足」という2つの制約に落とし込めたという。

 こうした活動を経て、同年4月からはCCPM手法を全機種のハードウェア開発に適用。さらに2017年1月からはソフトウェア開発にも適用を拡大した。

 宮内氏は、「制約条件でも挙がったように、開発担当者は目の前の仕事に忙殺され、次機種を検討したり新しいテクノロジーを学ぶ時間的余裕がなかったのが現実でした。エンジニアとして成長する機会がなければモチベーションの維持も難しくなってしまいます」と述べ、開発の効率化は、閉塞していた職場の雰囲気を変えるためにも不可欠だったと強調する。

図3. マネージャー全員によるUDEミーティングを行って、制約の洗い出しを行った。
制約特定と解決の方向性

TOC/CCPMで開発期間の短縮や品質の向上を実現

 気になるTOCおよびCCPMの導入成果だが、ハードウェア開発に関しては、開発リードタイムの30%短縮や、品質対策に要する追加投資の大幅削減を実現した(図4)。ソフトウェア開発においても、開発リードタイムの大幅短縮、キャリアからの指摘件数の20%削減、バグ収束タイミングの25%前倒しなど顕著な効果を得た(図5)。キャリアからも突然の品質向上を驚かれたそうだ。

 さらに、開発の効率化によって生まれた時間を次機種の先行検討に割り当てることで、技術的な検討を深めることもできた。2017年4月に発表された「AQUOS R」はまさにそうした改革から生まれたフラグシップモデルで、キャリアごとに専用モデルを開発するのではなく、プラットフォーム化によって横展開を図り、開発の効率化と競争力の向上を実現した。

 なによりも従業員のモチベーションが上がったことが大きいと、宮内氏はTOCおよびCCPMの効果を総括する。八塚氏も、「全事象を対象にするのではなく、限られたポイントに視点を置くTOCを採用したことで、このような改革を短期間で実現できたと考えます」と評価する。

図4. スマートフォンのハードウェア開発ではリードタイムの30%短縮などの実効を成果として獲得。
解決の方向性の実行/CCPMで得られた成果
図5. ソフトウェア開発ではソフトウェア品質の大幅な向上を実現。
事業部全体への展開(2017年1-6月)

 コンサルティングを通じてTOCおよびCCPMを提供したビーイングに対しては、「UDEなどでのファシリテートを含めて、かなり踏み込んだところまで親身に対応してくれたと感じます」(八塚氏)と評価。

 さて、シャープは既報のように2016年8月に鴻海精密工業が筆頭株主となり、あらゆる事業領域で改革が進められている。TOCで再生の第一歩を踏み出したスマートフォン事業においては、創業者の故・早川徳次氏の言葉である「他社がまねするような商品をつくれ」を胸に、さらなる改革に挑戦していく考えだ。

シャープ広島事業所内のショールーム
SHARP Be Original.
シャープ株式会社
本   社:〒590-8522 大阪府堺市堺区匠町1
広島事業所:〒739-0192 広島県東広島市八本松飯田2-13-1
事業内容:電気通信機器・電気機器及び電子応用機器全般、電子部品の製造・販売等
キャッシュフロー志向の現場改善。わずか半年で工場在庫を半分に
Page Top
お問い合わせ
TOCコンサルティング by BEING 圧倒的なスピードと収益力を共に実現
https://toc-consulting.jp