元グーグル、人材開発のプロが語る
「社員がイノベーティブでいられる」組織づくり

 政府が旗振り役となり、日本企業に急速に浸透する「働き方改革」の意識。しかし、残業減らしや時短などの効率性に焦点が当たりがちで「どう働くべきか」といった本質に向き合うケースは少ない。日本の現状を、元グーグルの人材開発スペシャリストはどのように捉えているのか。対談と講演、2つの角度から“真の働き方改革”について考察してもらった。。
 豊富なアセットを用いてスポーツ産業の市場拡大に貢献する――こうしたビジョンのもと、NTTドコモは2017年7月に「スポーツ&ライブビジネス推進室」を新設し、次々とユニークな取り組みを展開している。今回紹介するのは北欧のIT大国、ラトビアが誇るベンチャーとの協業。そこには、スポーツの未来を切り拓こうとする力強い思いがあった。

働き方改革の前に、個人の“生き方改革”を考えよ

 2011年から2016年まで6年間グーグルの日本支社に在籍し、人材育成と組織開発、リーダシップ開発に取り組んできたピョートル・フェリークス・グジバチ氏。現在、日本において組織開発と人材開発のコンサルティング会社、プロノイア・グループを経営すると同時にチーム間の働き方を向上するアプリ開発会社Motifyの役員であるピョートル氏と、シリコンバレーでベンチャー企業との連携・出資を経験したNTTドコモ・ベンチャーズ取締役副社長 稲川尚之氏が、イノベーティブな組織づくりに働き方改革が及ぼす影響や、日本企業の組織的な問題点などについて、それぞれの見地から語った。

――まず、日本の働き方改革についてどのように感じていますか。

ピョートル氏 日本の働き方改革は、イノベーティブな組織づくりにおいてはあまりしっくり来ないと感じています。経営者と社員の意識が変わらない限りは、働き方だけを変えてもお互いにストレスだけが残ります。例えば夜8時には全社の照明を落としますと言われても、仕事が残っている社員は帰ることができないのですから。

ピョートル・フェリークス・グジバチ氏

 そもそも、働き方改革の前に個々人の“生き方改革”を考える必要があります。個人がいかに自分の価値を高め、目の前にある短期的な課題やタスクを素早くこなし、自分ができることの範囲を広めていくのかを考えるのです。想定外の変革にも対応できる適用性や柔軟性を高めておくことが必要です。

稲川氏 月末の金曜日は早く帰りましょうと言われても、それもやはり無理ですよね。月末の金曜日など経理部門はかなり難しい。そうすると、そのほかの部門は気を使いながら帰ることになるので、そこにもストレスが発生します。そういった部門間のストレスが、イノベーティブな組織の成長を妨げてしまいます。

 政府が推奨する働き方改革は効率性だけを求めているので、残業時間を減らせばいいという話になってしまいがちです。コールセンターなどの部門ならば、社員同士がシフトを決めて効率化できるかもしれない。でもR&D部門だったら、人より早く仕事を終わらせた日は早く帰ってもいいけど、じっくりと仕事のアイデアを考えたい日は遅くまで残ってもいいなど、社員一人ひとりに対して柔軟性が求められます。

――日本企業の組織的な問題点はどんなところにあると思いますか。

ピョートル氏 例えばシリコンバレーで成功しているベンチャー企業は、社会の中に存在する潜在ニーズを把握し、どうすればそのニーズに合わせた商品やサービスが提供できるかを考えます。そこから逆算してビジネスモデルを立て、そのビジネスモデルに必要な組織、リソース、働き方を見つけていくのです。

 日本企業でも、まず経営者が自分たちのビジネスモデルに必要な組織はどうあるべきか、リソースをどう使っていくべきかをしっかりと考える必要があります。いわゆる“文化”を作るわけです。その文化の中で「どのようにゴールを設定するのか」「いかにして社員を評価するのか」「会議の方法やメールのフォーマットをどのようにするのか」を決めていきます。

 すなわち、さまざまなアクションのパターンをしっかりと決めておくことが重要です。そうしないと結果が出ないし、間違った結果が出たりします。日本の大手企業は、特にこのようなアクションのパターン化ができていないと思っています。

稲川氏 日本の大手企業がパターン化できていない理由を探っていくと、江戸時代まで遡ると思います。その頃の江戸っ子は宵越しの金は持たないといった生活を繰り返していた。しかし明治時代になると、こんなことでは西洋の国に追いつけないと考え、集団で目標を達成するための組織作りに徹しました。それぞれの集団にリーダーを置き、みんなはリーダーの指図に従っていればいいというルールにしたのです。

 それが今の会社組織に残っているんです。日本企業における働き方の基本概念は「上司に従うこと」であり、個人の「ジョブディスクリプション(職務記述書)」が不明確です。そこに、自分の裁量で働き方を決めろと言われても、簡単には対応できないのではないでしょうか。

 それぞれの集団にリーダーを置き、みんなはリーダーの指図に従っていればいいというルールの中で働き方改革をやろうとするから“ねじれ”ができるんです。米国だったら「あなたはエンジニアだからこの言語を使ってプログラムを作りなさい。それ以外のことはやらなくていいです」とか、「あなたはCFOなのでファイナンスの全責任を負いなさい。自分で何かを作る必要はありません」などと仕事の範囲が明確ですからね。

NTTドコモ・ベンチャーズ 取締役副社長 稲川尚之氏(左)。日米の企業文化や習慣の違いなどを含め、対談は大いに盛り上がった

 根本的な問題として、日本企業には職種によって働き方を決める「ジョブディスクリプション(職務記述書)」がありませんから、今後はその導入が必要だと感じています。

――では、日本企業はどのように変わっていけば社員が「イノベーティブ」でいられる組織になると思いますか。

ピョートル氏 グーグルは「OKR(Objective and Key Result:目標とその鍵になる成果指標)」というメソッドを取り入れています。ミッションに従い四半期ごとに自分で成果指標を決め、ゴールを設定するのです。マネージャーの役割は、そのゴール設定をファシリテーション(支援)することです。「あなたの仕事はこれで、こうあるべきだ」ではなく、「今期のあなたは何ができるの?」「ここまでできるんじゃない」「もっとやろうよ」など、ゴールに対する進捗を定期的に確認します。すなわち働き方ではなく、経営者と社員の関係性を改革することがイノベーティブな組織づくりに必要なのではないでしょうか。

稲川氏 日本の大企業の場合、グーグル流をそのまま取り入れることはかえって危険でしょうね。このメソッドを取り入れると徹底的な競争社会になり、取り残された人をどう救済するのかという課題が残ります。ですから大企業の場合は経営と個人のユニットをできるだけ小さくして、職種に応じた適度な競争環境を作ればいいと考えます。それぞれのユニットにおいてマインドセットを作り、明確な目標を立てることがマネージャーにとって重要な役割になります。

 そのマインドセットが自分に合わないと思ったら、別のマインドセットを持つユニットに移れるようにするべきです。そうすれば、優秀な社員がほかの会社に流れていくことも避けられるでしょう。

これから求められるのは「H型人材」

 実りある対談後、ピョートル氏は大企業の社員とベンチャーが交わる「ドコモ・イノベーションビレッジ」の取り組みで、双方が互いに刺激しあい「イノベーティブ」な関係になるために必要なことについて講演を行った。

満員の会場で熱弁をふるうピョートル氏

 講演は「未来は予測できないし、想像もできない。でも、自分たちの力で作ることはできる」というピョートル氏の言葉から始まった。ポーランドに生まれて激動の少年時代を過ごし、2000年に来日したピョートル氏はモルガン・スタンレー、グーグルと、それぞれグローバル企業の日本支社で働いてきた。「シリコンバレーは伝統がないから刺激がない。東京は伝統と利便性を兼ね備え、イノベーションを起こすために最適な環境がある」と、グーグル本社への異動を断り日本で仕事を続けることを選択したピョートル氏は、現在2つの会社を経営している。

 それらの会社で社員が心がけているモットーは「PIO」だ。「P」は「Play Work」で「遊ぶように仕事をしよう」であり、「I」は「Implement First」で「前例を作ろう」、「O」は「Ofter Unexpected」で「予期せぬことを提供しよう」という、3つの理念で事業に取り組んでおり、「今週のPIO振り返り」を毎週メンバー間で報告し、評価し合っているという。

“これまでの考え方”と“これからの考え方”を対比して示した

 AIがすさまじいスピードで進化している現在、ホワイトワーカーの仕事もどんどん自動化されていく。情報分析やデータ収集はAIに任せ、今後のホワイトワーカーには「直感」「思いやり」「おもてなし」が求められるようになるとピョートル氏は語る。グーグルのマネージメント育成プログラムの中でも、一番大切にされているスキルは「同感」「共感」「思いやり」だという。

 さらに、これからのホワイトワーカーに必要不可欠なマインドセットについて触れた。まず一つは、社会が抱えている何らかの課題を解決したいという「情熱」である。例えば「収入格差」「男女の不平等」「性的暴力」など、世の中にはさまざまな課題がある。自分は社会の中で、どんなことに対して真剣に腹を立てることがあるのかを考え、その課題の解決に情熱を持ってあたることが必要であると話す。その上で、ゼロから1を作る「創造力」を発揮し、自ら「率先」して事業を進めていく。この3つのマインドセットを持ってもらいたいと、ピョートル氏は参加者に伝えた。

 これから生き残っていける企業も、複雑な社会課題や混乱した問題を解決していこうとする組織であるとする。シリコンバレーで成功したグーグルやアップル、フェイスブックなどは、人々に何を提供している会社なのか明確に理解されている。一方で最近の日本の製造業を見てみると、さまざまな分野の製品を作っているため、本当に顧客に提供したいものが何なのか、将来どんな世界を作ろうとしているのかが見えてこなくなってきた。「このまま進んでいくと、どこに競合がいて誰がお客さんなのかもわからなくなってくる。それは非常に危険なことだ」と、ピョートル氏は警鐘を鳴らす。

これから求められるのは「H型人材」。受講者も熱心に写真やメモを取っていた

 そして今後イノベーティブな組織では「複数の専門分野に精通し、かつ全体の調整もできるΠ型の人材、さらに複数の専門分野を橋渡しできるH型の人材が求められる」と語り、高い専門性と柔軟性を兼ね備えた人材が必要になってくることを強調した。

第二部では“プロジェクト譜”を用いたミニワークショップを開催。ドコモ・イノベーションビレッジのイベントに数多く登壇する前田考歩氏がファシリテーターを務めた。前田氏による詳細なワークショップレポートはこちら


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