明日のビジネスを創る君に

第3回|特別インタビュー|イノベーションの旗手を目指す君に

「時代を変えるサービスのヒントは普段交流のない異業種にあり現場に即した技術活用でユーザーの体験を設計する」 東京理科大学大学院 イノベーション研究科 教授 関 孝則 氏 聞き手:日経BP総合研究所 所長 望月 洋介

2017年より東京理科大学の社会人大学院にて技術経営の教鞭をとる。前職セールスフォース・ドットコムの常務執行役員で、IoTなど最新技術を軸にしたビジネス開発を担当。日本アイ・ビー・エムにて技術理事、グリッドやLotus Notesなどの新規事業の技術担当、 米国IBMにて、本社技術戦略スタッフ、 メインフレーム開発、著作権侵害調査などに従事。
工業製品を販売するメーカーが、自社製品の価値を高めるためのサービスビジネスを生み出す動きが加速している。米Apple社の「iPhone」と「iTunes Store」のように、製品とサービスを一体化して商品開発を進め、大成功を収める例が増えている。その一方で、米Uber社や米Airbnb社に代表されるように、交通や宿泊といった先端技術とは無縁のような業界で、ITを駆使した新しいサービスが次々と登場している。もはや、いかなるサービス業に従事している人も、技術の進化とその効能について無関心ではいられない。東京理科大学大学院 イノベーション研究科の関 孝則教授に、今、技術を活用した価値あるサービス創出の動きと、技術を有効活用したサービス開発で求められる人材について聞いた。

——価値ある工業製品を作る際に、技術の効果的な活用が重要になることは誰もが知っています。しかし、価値あるサービスを作る上で、技術がどのような役割を果たすのか、いまひとつピンときません。

 誰かにとって価値があるサービスを生み出そうとする際、技術の活用は必ずしも必要ではありません。例えば、今ネットで利用者を急増させている「メルカリ」も、その原型であるフリーマーケットは昔からありました。勝手知ったる人が集まる小さなコミュニティーの中で、使わなくなったモノをやり取りすることも日常的に行われていました。それが、インターネットなどで同じことができるようになったことで、モノをやり取りする相手が世界中に広がったのです。たとえ、相手が知らない人でも、取引の信頼性さえ保証されれば、知人の間で小規模に行っていたことを、より大規模に行うことができるようになったわけです。

サービスとは、人の欲求を満たすための手助け

新サービスを創出する際には、世の中の人は何がしたいのかという点に目を向けることが重要になります。

——生活の中で何気なく行っていることの中に、既にサービスの種が潜んでいるのですね。

 サービスとは何か、その定義はなかなか難しい問題です。私がとても気に入っている定義は、「人がやりたいことを、助けたり、代わりにやってあげたりすること」というものです。「音楽を聴きたい」「レストランに行ってお腹いっぱい食べたい」「心地よい体験をしたい」「成長できる経験を積みたい」と人にはさまざまな欲求があります。こうした欲求を満たすための手助けや代行をすることがサービスだと考えています。

 人の欲求は、時代が変わっても大きな変化がありません。しかし、欲求を満たすための方法はどんどん進化していきます。そして、人は、欲求がよりよく満たされるサービスを求めて移っていきます。「音楽を聴きたい」という欲求を満たすサービスを例に考えましょう。音楽をモノとして売っていたCDは、Apple社の「iTunes Store」のような、より気軽に音楽を入手できる音楽ダウンロードサービスに取って代わりました。その方が、便利だからです。

 そして、今では「Amazon Music」や「Spotify」などの音楽ストリーミングサービスを使えば、いつでもどこでも、聴きたい音楽がすぐにたくさん聴けるようになりました。しかも、広告さえ許せば、無料で音楽が聴けるようにもなったのです。これによって、お金を払ってまでは聴かなかった音楽も聴けるようになったのですから、音楽鑑賞の幅が広がり、ユーザーと音楽業界にとても大きなインパクトをもたらしました。

 技術を活用することで音楽を届ける方法が進化し、ユーザーの充足度もどんどん高まりました。しかし、「音楽が聴きたい」という欲求を満たすという点では何ら変わりがありません。手法は変わっても目的は変わらないという点では、「気軽に快適に移動したい」という望みに応える配車サービス「Uber」や、「気軽に普通の家に泊まりたい」という望みに応える民泊仲介サービス「Airbnb」といったネットを使った新サービス、さらにはFinTechのクラウドファンディングも江戸時代からコミュニティーの中でのお金の融通があったのですから全く同じことだと思います。

——ビジネスにイノベーションを起こしたといわれる新サービスも、目指すことは従来のサービスと全く変わっていないのですね。

 その通りです。欲求を満たす方法を変えてきただけです。そして、インターネットなどの技術を使うことで、昔から生活や社会の中で行われてきたサービスの種が世界の市場を対象にして展開できるようになったのです。新しいサービスを生み出す際には、技術はサービスの市場や価値を膨らませるツールではありますが、サービスの目的は既にある人の欲求を満たすことから外れません。新サービスを創出する際には、どのようなサービスがこれからはやるかということを考えるよりも、世の中の人は何がやりたいのかという点に目を向けることが重要になります。

より豊かな体験を設計する

——音楽ストリーミングサービスの話が出ましたが、そうした新しいサービスも登場してすぐに爆発的に普及したわけではなさそうです。こうしたサービスをよりスムーズに普及させるためには、どのような工夫が必要なのでしょうか。

 特に日本では、無料で、あれだけ便利なサービスを提供している音楽ストリーミングサービスも、利用者が爆発的に増えているわけではなさそうです。その理由は、商品が実体のあるモノではないため、商品の存在と価値が伝わりにくいからだと思います。例えば、「iPod」や「iPhone」のようにモノとして魅力的な商品を前面に押し出し、それを新しいサービスでラッピングすれば、価値が分かりやすく普及を後押しするでしょう。iTunes Storeの利用者が多かったのは、こうした新しいサービスを商品として受け入れやすくする工夫があったからです。

 2000年ごろからサービスを科学的見地から捉えようとする研究が進み、有形の製品と無形のサービスを組み合わせ、全体がサービスの商品価値と考える「サービス・ドミナント・ロジック」という考え方が出てきました。現在、米Amazon社が発売を始めたスマートスピーカー「Amazon Echo」は、そこを入り口に今までにない人の声での検索で音楽と出会う新しい体験を提供し、Amazon Musicを普及させようとするシナリオが見えます。このようにモノのデザインや機能、さらにはモノを使うことで得られる体験を上手に設計し、サービスの活用を後押しするシナリオを描くことが重要となります。

——今、提供されているサービスには、どのような体験が作り込まれているのでしょうか。

 もう一度、「音楽を聴きたい」という欲求に応えるサービスを設計する例に戻って考えてみましょう。

 かつては、音楽を買うには、なけなしのお小遣いを持って、たった一枚のレコードを買っていました。こうした体験を通じて、CDのようなモノに執着心を持つようになったのだと思います。

 その後、音楽ダウンロードサービスで、ネットで試聴してから1曲100円ほどで音楽を買えるようになりました。モノに執着する世代ではない娘に「1週間に1曲買ってもいいよ」と言ったことがあるのです。すると、興味をひかれる曲を片っ端から試聴して、1曲買うようになりました。執着する対象が決まる体験が、レコードというモノから曲という無形の商品に移ったわけです。でも、執着心を植え込む仕掛けはありました。そんなことを何年も繰り返していったら、娘は音楽大学に入学してしまいました。

 別の体験も作り込まれるようになりました。ラジオの聞き流しやテレビの音楽番組が廃れたため、知らない音楽に出会える機会は限られてきました。しかし、音楽ストリーミングサービスで、毎日、たくさんの知らない曲に出会えるようになったのです。街で聞こえてきた音楽にスマートフォンをかざして曲を見つけ出すアプリもはやってきました。音楽に出会い、聴くという体験が、ものすごく豊かになってきていると感じます。

顧客体験を高めて、モノ販売も後押しする

——ユーザーは、より豊かな体験を提供してくれるサービスを求めているわけですね。

 モノを売る上でも、価値あるサービスを組み合わせれば、より豊かな体験を生み出すことができます。

 IKEA社がお手伝い請け負いサービスの米TaskRabbit社を買収しましたが、これは同社の商品である家具に、より豊かなユーザー体験を盛り込むための動きです。IKEAで買う家具は、自分で組み立てる必要があります。しかし、女性にとっては大変な作業です。そのまま放置したら、うんざりした体験しか残りません。ところが、ちょっと手伝ってくれる信頼の置ける人が来てくれれば大助かりです。IKEAは、商品を買った後の顧客体験の重要性について気付いたのです。シェアリングサービスを活用すれば、IKEAは顧客体験を豊かにする仕組みを、低コストかつ迅速に作り上げることができます。これから、TaskRabbitのようなシェアリングエコノミーのサービスを提供する企業と、モノを売る大企業の融合や連携が進むと見ています。IKEAの事例は、その先駆けになることでしょう。

提供者と利用者がサービスを共創

——シェアリングサービスの開発では、技術の使いどころがとても重要になるように思います。

 シェアリングサービスでは、サービスの提供者と利用者のそれぞれが不特定多数になります。技術を活用する際には、その双方に向けて、よりよい体験を提供できる仕掛けを作り込むことがポイントになります。

 現代のサービス利用者は、ただサービスを利用するだけの存在ではなくなっています。サービスを受けた体験をSNSでつぶやいたり、提供者を評価して、サービスの社会的価値を左右できる立場にいます。Uberのドライバーは、自分の評価点を猛烈に気にします。利用者数に直接影響を及ぼすのですから当然です。つまり、サービスを設計する立場にある企業にとって、サービスの提供者も利用者も、同じサービスを共創するパートナーなのです。

 シェアリングサービス、そして一般のサービスでも、「形がない」「現場で作る」「不均一」「共に創る」という、捉えどころのない4つの特徴があります。こうした特徴を踏まえて、よりよい体験が得られるようにITの活用法を考えれば、広がる新しいサービスを作り、さらにスケールアップさせてコモディティー化できます。

ユーザー目線からのサービス開発が何より重要

——コモディティー化というのは、工業製品のように機能や品質をきっちりと作り込んで、広く普及させることができるということでしょうか。

 その通りです。サービスの開発も、工業製品の開発と同様に考えれば、その方法論への理解が深まると思います。

 顧客視点から、求められていることや抱えている課題を発見し、その解決策を創造的に考える「デザイン思考」と呼ぶ手法があります。ユーザーがやりたいことに対して、思い描く通りの順番で豊かな体験を提供できること。それは、サービスの質そのものであるといえます。結果的に得られるモノやコトが同じでも、それを提供するプロセスの流れが円滑で柔軟でなければ、豊かな体験を提供することができません。また、ユーザーの欲求を満たし、課題を解決する方法とその使いどころが、ユーザーの立場に立ったものである必要があります。デザイン思考を使うことで、こうした点に留意しながらサービスを開発していけます。

 私はかつて、バーコードを印刷するためのラベルプリンターなどを製造・販売するサトーホールディングスのIoTを活用したサービス開発のお手伝いをしたことがあります。開発の狙いは、製品に取り付けたセンサーから得たデータをIoTで活用して、製品故障を未然に防ぐ予防保守サービスを生み出すことでした。こうした目標を掲げた場合、メーカー目線からサービスを考えると、故障を予防するためには、過去の故障パターンのデータを学習したAIなどを使って故障予知する技術を検討しがちです。しかし、実際にはそんなシステムは技術的にも困難で大掛かりになり、最初の段階では不要です。

 ラベルプリンターのユーザーの望みは、故障したとき、またはその予兆時に一刻も早く対処したいのです。故障して、エンジニアが交換部品を持ってやって来るまで、長時間待たされ、業務がストップするのが困るわけです。ユーザーの声は「自分で直してもいい」でした。IoTで遠隔から調整するのはすぐにできます。それに加え、部品があって交換手順さえ分かれば、ユーザーが自分で直せる範囲は広いのです。消耗部品をあらかじめユーザーのもとに置いておき、プリンターの修理手順を説明するビデオを流すディスプレイを製品に取り付けています。不具合がリモートで検知されるとサポートから連絡し、ビデオを見て対応してもらいます。これらで、8割以上の不具合を短時間で回復できるようになりました。ユーザーと「現場で作る」「共に創る」サービスです。もちろんユーザーの満足度は上がっています。

現場を知る人と技術を知る人が共存し、かみ合うチーム

多様な人たちが集まる密なチームを作り、意思の疎通をしながら開発していくことが重要だと思います。

——課題解決に向けて、どの技術をどう使うかは、現場を見て判断しなければならないのですね。

 技術を使って新しいサービスを開発するチームには、少なくとも技術を知っている人と現場を知っている人の両方が必要です。そして、両者が現場の課題を共有し、解決に用いる技術について語り合える状態であることも大切です。

 スティーブ・ジョブズは、エンジニアだったかもしれませんが、いいエンジニアにはなれませんでした。彼の資質は、文系ですね。自分はゴールを示すシンボルにすぎないと自認していました。つまり、顧客がいる現場を知っている人だったのです。そして、彼が示すユーザーが欲するだろうゴールに向かって、スティーブ・ウォズニアックなど優秀なエンジニアがせめぎ合いながら、時代を変える製品やサービスを作り上げていったのです。

——現場も技術も広く知っている天才みたいな人が中心にいた方がよいのか、価値観や持っている知識が違う人が集まってワイワイと開発した方がよいのか、どちらなのでしょう。

 みんな天才だとよさそうですが、実際にはまとまりませんね。多様な人たちが集まる密なチームを作り、意思の疎通をしながら開発していくことが重要だと思います。

 新しい技術は、次々と出てきます。また、顧客もどんどん変化していきます。FacebookのようなSNSで、おじさんたちが顔を出してまで会話する時代が到来するなど、一昔前では考えられませんでした。まずプロトタイプを作り、現場を見ながらトライして、多様な人材がさまざまな見地からブラッシュアップさせていくようなチームが理想です。

ヒントは異業種にあり

——価値あるサービスを生み出すチームのメンバーには、どのようなスキルや知識が最低限必要になるのでしょうか。

 技術者やサービスを企画する人は、長く仕事を続けていく中で、多くの多様な開発案件に関わることになるでしょう。このため、さまざまなチームの中で働ける力を養っておくことが重要になります。一つひとつの開発案件を効果的に進めるためには、チームのメンバーが同じゴールを共有できないと思ったような成果が得られません。そして、他のメンバーと正しく意思疎通しながらプロジェクトを進めるためには、直接自分が関わらない技術分野を含めて、少なくとも言葉が理解できる程度の広い知識が必要になります。

 2000年代に、新しい専門家の姿を指す「バーサタイリスト(万能人)」という言葉がありました。あまりはやらなかった言葉ですが、これに近い力が求められるのだと思います。実際に、IBMは、複数の役回りを演じられる人材を育成できるように、専門職の制度を変えました。

——東京理科大学大学院のイノベーション研究科(来年度からは経営学研究科、技術経営専攻)では、価値あるサービスを生み出す力を養う、どのような場を提供するのでしょうか。

 高度な技術の利用を前提にしてしまうと、価値あるサービスは生み出せません。何かをしたいという欲求を抱えている人や課題を抱えている人がいる現場を観察し、あるときはちょっとした工夫を盛り込み、またあるときは高度な技術を投入して、より豊かな体験ができるサービスに仕上げていくことが重要になります。どのような工夫や技術を、どのように活用したらよいか。そのヒントは、意外に異業種にあるものです。しかし、現実的には、異業種間では人の交流が乏しいため、こうしたヒントに気付く機会が少ないと思います。

 私たちの社会人大学院では、社会で活躍する異業種の人たちが集まる場です。そして、理系の経営者と文系の技術経営が分かる経営者を育てる「ハイテクMBA」であるべく、カリキュラムや環境を来年度から強化します。そして、技術と経営の二刀流を操る人材を育成していきます。

 デザイン思考やサービスデザインといったカリキュラムの中で、お互いが刺激し合いながら新しい知見を生み出していきます。多様な出自の人材が集まり、持っているアイデアや知見を出し合い、それを編集して、経営課題の解決やサービスの創出について考えていきます。

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