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重粒子線がん治療の機会をより多くの人に 東芝が取り組む重粒子線治療装置による社会貢献

※記事中の情報につきましては、すべて取材時点のものとなります。
東芝エネルギーシステムズが医療分野で取り組む重粒子線治療装置。がん治療の3本柱の1つである放射線治療の中で、最先端の治療が重粒子線治療だ。「人と、地球の、明日のために。」という東芝グループのスローガンを具現化すべく、長年培った先進技術で社会貢献するのが重粒子線がん治療の普及である。

東芝グループのスローガンに合致した重粒子線治療装置事業

柳瀬 悟郎 氏 東芝エネルギーシステムズ株式会社 原子力事業部  事業部長

東芝が重粒子線治療装置の開発をする機会を得たのは、1984年まで遡る。国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構 放射線医学総合研究所(放医研)による、世界初の医療用重粒子線治療装置「HIMAC」プロジェクトが始動するにあたり、その一員として装置開発に参画したときである。

「重粒子線によるがん治療の有効性が議論されはじめ、そこに我々の培ってきた要素技術で貢献できると考えたのがスタートです」。東芝エネルギーシステムズ 原子力事業部 事業部長の柳瀬悟郎氏は、重粒子線治療装置の開発はまさに東芝グループのスローガンに合致するものだったからだと言う。

東芝は50年以上にわたり原子力発電事業に取り組んできた。その原子力事業で培った技術と重粒子線治療装置の技術は、切っても切れない関係だという。「加速器や超伝導、高周波制御、通称マテハンと呼ばれる大型機器のハンドリング――。こうした長年にわたり原子力事業で培ってきた要素技術やノウハウが必要であり、それを生かせるのが重粒子線治療装置の事業です」と柳瀬氏は話す。

また、加速器やガントリー(放射線照射部)、治療台などをどのように配置すべきか、あるいはいかに効率的に治療施設を建設し、運用できるか。これらは、原子力発電所のような大規模プラントの設計・建設や運用で積み重ねてきた経験があるから可能なのだという。

切っても切れない関係とはいえ、両者には大きな違いもある。原子力発電は、施設の建設や運用に関して規制や細かなルールが厳格に定められている領域。それゆえ比較的、設計の自由度が小さく、メーカーが取り組むべき事柄も明確だ。

一方の医療機器も規制が厳しい分野であるが、重粒子線治療は普及の初期段階ということもあり、「治療装置を使う医療従事者が求める機能や使い勝手など要望が多様で、ニーズがそれぞれ異なる」(柳瀬氏)という難しさがある。「現場の先生方の協力が不可欠です」とし、コンセプト立案の段階からコミュニケーションを密にしながら、要求を仕様に反映する努力が欠かせない。

写真 超伝導技術を用いた重粒子線回転ガントリー

治療現場の医師と取り組む技術開発

そうした現場の医療従事者とのコミュニケーションや協力を得て開発された技術や導入・運用サポートは数多い。その1つが、重粒子線呼吸同期3次元スキャニング照射や超伝導回転ガントリー技術などである。

複雑ながん形状に対して高精度な重粒子線照射が求められ、それを実現したのが3次元スキャニング照射だ。重粒子線をペンシル状に絞ったビームにして照射する方法で、複雑な形をしたがん病巣にも対応できるほか、ビームを無駄なくがん病巣に照射できるため高精度で効率的な治療を可能にする。

また、肺、肝臓、膵臓(すいぞう)などの呼吸に伴って動く臓器に対して、より正確に照射できる呼吸同期照射システムもある。X線撮像装置により取得されるリアルタイム透視画像を用いた呼吸同期技術とリスキャンと呼ばれる照射技術を組み合わせることで、動く臓器に対しても速く正確な照射ができる仕組みである。

平田 寛 氏 東芝エネルギーシステムズ株式会社 磯子エンジニアリングセンター 原子力事業部 技術統括 参事

2016年には、回転ガントリーに超伝導技術を用い、そのサイズを大幅に小型化した(図1)。回転式ガントリーは360度回転することで任意の方向から重粒子線を照射することができる装置で、正常な組織を避けて任意の方向から照射が可能、位置決め時間の短縮、患者の負担軽減などの利点がある。「初期の頃と比較すると飛躍的に小型化できましたが、理想的な姿を目指して、さらなるコンパクト化を追求していく必要があります」(東芝エネルギーシステムズ 磯子エンジニアリングセンター 原子力事業部 技術統括 参事の平田寛氏)。

こうした重粒子線がん治療の可能性を広げる技術開発を、がん治療に携わる医療従事者の協力を得ながら実現する一方で、提案から設計、施設建設業者とのインターフェースなど、導入サポートのノウハウも蓄積してきた。「初号機の立ち上げでは、薬事承認取得などを含め、契約したスケジュール通りに装置を納入することができました」(平田氏)とし、経験と実績が重粒子線治療施設の普及へ大きく貢献すると話す。

図1 大幅な小型化を実現
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普及に向け標準モデルの完成を目指す

「より多くの人に重粒子線がん治療の機会を提供できるよう、たゆまぬ努力を続けることが我々の使命だと考えています」。柳瀬氏は東芝の技術力を生かした社会貢献をこう力説する。そのためには、メーカーとして重粒子線治療をより費用対効果の高いものにしていくことが求められる。

ガントリーのさらなる小型化や加速器を含む施設全体のコンパクト化に向けた技術革新に加え、部品点数の削減などにより低コスト化を進める。その一方で、「治療時間の短縮化により装置稼働率を上げ、医療従事者のオペレーション効率を上げるといった改良などは、患者1人当たりの治療コストの低減につながります」(柳瀬氏)とし、費用対効果を高めるために、治療現場の医療従事者をしっかりサポートしていくと話す。

重粒子線治療は、まだまだ完成された技術ではない。施設を構成するすべての要素を改善し、ブラッシュアップしていく必要があると話す柳瀬氏。「いま取り組んでいるのは、これが重粒子線治療装置の“標準モデル”と定義できるものを作ること。第一世代の標準モデルを完成させたあかつきには、現場の治療医のフィードバックを受けて、第二世代の議論になると考えています」と柳瀬氏。

全世界で10施設以上の建設が計画されているなど、重粒子線治療の市場が広がりつつある。市場拡大には標準機となるものが必要であり、さらに技術が洗練されていくことによって、コスト低下も期待できる。「その正のスパイラルを起こすことによって、重粒子線治療の機会がより多く提供できるようになるでしょう。実際の治療にあたる医療従事者に協力しつつ、さらなる技術イノベーションによって、重粒子線治療装置の普及に貢献していこうと考えています」と、柳瀬氏は意気込む。

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