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肺腺がんの治療の傍ら、広告会社営業部長の業務を継続

嶋田光雄さん(仮名)、30代、男性
職業:会社員(営業部長)
勤務先:広告会社
健康保険:会社単独の健康保険

2015年8月末に職場の健康診断で肺に影が見つかり、10月に肺腺がんステージIIIBと診断される。右下葉に2.3センチの原発巣があり、縦隔、両鎖骨上リンパ節に転移、右腸骨に転移の疑いあり。手術や放射線治療はできないため、11月上旬より通院にて分子標的薬アファチニブ(商品名ジオトリフ)の服用を開始。副作用が強く出たため、当初の1日40mgを2016年6月ごろより30mg、その後20mgに減薬。8月に胸骨に痛みが発生し、11月に胸骨への転移を確認。服用量を30mgに上げても薬剤の血中濃度が十分上がらないため、12月初めより分子標的薬エルロチニブ(商品名タルセバ)に薬剤を変更し、治療を継続中。

・周囲に現状と今後の治療計画を明確に話し、いまは仕事ができるし、自分自身は仕事がしたいという意志を伝えた。

・無駄を極力排除し、集中的に業務を行うことで、時間的な負荷を軽減した。

・分子標的薬に耐性ができた後に困らないように、業務体制変更の準備を始めている。

自分は仕事が好きだから、仕事を続けたい

 嶋田さんは、大手広告会社の営業部長を務めている。営業部門は数十の局に分かれ、それぞれの局には複数の営業部長がいる。営業部長は10~20名程度の部下を率いる存在だ。

 2015年8月末に職場の健康診断で肺に影が見つかり精密検査を受けるよう勧められたが、9月に痔瘻の手術を予定していたため、そちらを優先。9月末に会社の診療所を訪れたところ、がんの可能性が高いからすぐ受診するようにと言われて、10月初めに国立がん研究センター中央病院を受診した。当初はあまり実感がなく、それほど重大事とは思っていなかったが、医師がレントゲン写真を見たとたんに「たぶんこれは肺がんですね」と告げたことには、大きなショックを受けた。病院を出たあと、すぐに直属の上司に電話で報告したが、上司も半信半疑の様子だった。

 約1カ月後に生体検査の結果から、診断が確定。手術も放射線治療もできず、治療法は化学療法しかないと言われて、かなり落ち込んだ。医師が「これまでと変わらない生活をしてください」というので仕事について尋ねると「すごく激しい仕事なので、休んでもよいのでは」と言われたが、嶋田さんは仕事を続けることにした。

 直属の上司には、病状や治療方針などをできるだけ詳しく報告した。パフォーマンスは落ちるかもしれないが、分子標的薬が効いている間は働ける、自分はこの仕事が好きなのでぜひとも続けたいと話すと、上司は理解してくれ、「好きなようにやりなさい」と言ってもらえた。

ステッカーを作ってもらって、周囲の支援体制が整った

 上司からは、「周囲に病気のことを隠すとストレスになるので、隠さないほうがよい」というアドバイスを受けた。しかし、嶋田さんが自分で周囲の人にいちいち説明して回るのは、たいへんだ。それを解決するために、上司が「嶋田さん応援ステッカー」の作成を発案。すぐに部下が嶋田さんの仕事仲間であるクリエイターに相談し、名刺大で嶋田さんの顔写真と応援コピーで構成されたステッカーを無償で作ってくれた。

 周囲の人たちは、率先してパソコンやデスクにステッカーを貼って、嶋田さんを応援する気持ちを示してくれた。すると、それを初めて見た人から「これはなんですか?」と聞かれるようになった。周囲の人は嶋田さんの病気について説明し、更にステッカーを渡すという行為を繰り返してくれ、嶋田さん自身が病気について説明するストレスは大幅に軽減された。

 このように周囲の人たちが、アイデアを出したり実際の行動を起こしたりして、嶋田さんが治療を最優先にしながら仕事を続けられる体制を作ってくれた。広告営業は非常に忙しく厳しい仕事だが、嶋田さんの会社では、互いを温かく守り合う風土があり、上司も部下も協力して支えてくれていることが、嶋田さんには非常にありがたい。

入院中もベッドの上で仕事を続けた

 以前と同じように仕事をしているものの、病気になる前と同じパフォーマンスは出せなくなっている。

 アファチニブを服用すると、皮疹、下痢、指先の痛みなどの副作用が出始めた。ひどいときには、普段なら30分で済む朝の準備に1時間もかかってしまう。指先の痛みで、パソコンを打つ速度が遅くなる。仕事のスピードは、どうしても落ちてしまうが、嶋田さんは、以前から少々熱が出たくらいなら、かまわず仕事をやってきた。仕事は好きなので、仕事を続けることがつらいとは思っていない。

 2016年の4月から6月にかけては、感染症を発症して発熱し、1週間程度の入院を3、4回経験した。嶋田さんは、入院中もノートパソコンを持ちこんで、1日中ベッドの上で仕事をした。

 もともと1日中外出していることが多いので、出社していなくても特に変わりはなく問題ない。部下への指示は、インターネットと電話を通してできる。ただし、打ち合わせなどには出られないため、どうしても部下の負担が増えてしまう。それにもかかわらず、部下たちが文句ひとつ言わずに仕事をやってくれたことには、とても感謝している。

 入院が何度も必要になったこともあり、6月頃からアファチニブの服用量を40mgから30mgに、その後20mgにまで減薬した。副作用は軽くなったが、8月に胸骨の痛みを感じ、11月には胸骨への転移が確認された。薬の血中濃度を測定すると濃度がかなり低かったので服用量を30mgに戻したが、それでも血中濃度が十分に上がらなかった。そこで、12月初めからアファチニブとは代謝経路の異なる分子標的薬エルロチニブに変更した。これで効果が出てくれれば、まだしばらくは仕事を続けられるだろう。

人の個性・多様性を肯定的に捉えられるようになってきた

 嶋田さんは、部下には今後の治療予定や病状の予測をできるだけ明確に伝えるべきだと考えている。上司の体調が不安定だと、部下は自分自身の将来に不安を覚えるに違いない。人間的には助けたいと思ってくれても、自分のキャリアや生活の見通しが立たないことはつらいだろう。ある程度見通しが立てられるような情報を提供するべきだ。しかし、どこまで話すかという判断は非常に難しい。いまはまだ不十分だと思うが、できるだけ説明するようにしていきたい。

 しばらくはいまの形で仕事を続けられそうだが、その先はどうなるかわからない。分子標的薬に耐性ができ、より副作用が強い抗がん剤に切り替えると、度々休むようになるかもしれない。休むことが多くなれば、仕事の体制を変えなくてはならない。そのときは仕事をどう引き継いでいくのか、自分は部長職を退くべきなのか、嶋田さんは悩みながらも準備を進めている。

 自分の病気で部下の負担が増えたことは本当に申し訳ないが、その一方、嶋田さんは部下たちが強くなったと感じている。「自分たちで何とかしなくては」という思いが、部下たちを成長させているのだろう。

 嶋田さん自身も、病気をしてから少し考え方が変わってきた。以前は、部下が自分と同じようにすることを厳しく求めていたが、いまは人の個性・多様性を肯定的に捉えられるようになってきた。病気という弱さを抱えることで、自分も少し大人になれたのかもしれない。

世間のがんイメージを変えるキャンペーンを打ちたい

 がんの診断を受けたとき、自分はすぐに死んでしまうのだろうと思ったが、実際にはそんなに簡単には死なないことが、だんだんとわかってきた。自分なりに情報を集める中で、同じ肺腺がんの人たちから直接話を聞いたことは、とても役立った。

 がんになった人の話を聞きたいと思って探していくと、周囲に何人も肺腺がんの人がいた。仕事の知り合いで、ステージIVで脳転移までしながら、一見何ごともない様子で働いている人がいた。その人に「大丈夫だよ、そんなに簡単に死なないから」と言われて、大いに勇気づけられた。以前勤めていた会社の先輩で、嶋田さんの数カ月前に肺腺がんステージIIIBと診断された人からは、「オレも生きているから、お前も大丈夫だ」と励まされた。同じ会社の別の部署にも肺腺がんでステージIVの人がいて、嶋田さんと同様に働いていた。

 肺腺がんに罹りながらも普通に働いている人たちに何人も出会えて、とても心強かった。がんになったというショックから立ち直るには、まず病気のことをよく知ること。それから、自分がひとりではないと実感することが、重要だ。

 しかし、出会った3人のうち2人までが、「自分はがんばりたいのに、周りが働くことに制限をかけてくる」と嘆いていた。世間では「がんになったらとても働けないし、すぐに死んでしまう」という誤解がまだまだ多いようだ。

 診断を受けて半年くらいはかなり落ち込んでいたが、よく考えると落ち込んでいてもあまり意味がない。どうせがんになったのだから、そのことで何か人の役に立てないか。広告マンの自分ができるのは、人に何かを伝えることだ。がんに対する誤解を解消するために、世間のがんイメージを変えるキャンペーンを打てないだろうか。そんな想いが芽生えてきて、次第に具体的な形になってきた。実は、すでに半年くらい前から、温めているアイデアがある。嶋田さんは、その実現のために動きだそうとしているところだ。

岩間さんの事例から学ぶこと

・周囲に隠さず説明することで、治療優先で仕事を続けられる支援体制を作ってもらえた。

・ステッカーを配るアイデアで、周囲に説明する労力とストレスを軽減できた。

・がんになった人に実際に会って話を聞くことで、がんになっても当座は元気で過ごせる、自分ひとりではないという安心感を得られた。

仕事と治療の両立の第一歩は、自分から周囲に状況を説明することです。しかしそこには大きなストレスも伴います。応援ステッカーは、嶋田さんが治療を受けながら仕事を続けていることを示すとともに、周囲の応援を関係者に伝えるメッセージになっており、さすがプロのアイデアと感服しました。現在部長職にある嶋田さんですが、「がんになったら働けないし、すぐ死んでしまう」という誤解にご自身が飲み込まれなかったのは、治療の見込みを含めて病気のことをよく知るとともに、進行肺がん治療と仕事を両立させている複数の方を目の当たりにしているからだと言います。「実例」を知ることの大切さを改めて感じます。仕事の継続だけにこだわるのではなく、今後の体制や引き継ぎも視野に入れて考えているという嶋田さん。世間のがんイメージを変えるキャンペーンが期待されます。

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