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難病に乳がんを併発し、大学教員、小規模事務所など2度の転職を経験

石井美智子さん、40代、女性
職業:看護系大学教員→会社員(保健師)
勤務先:私立大学→私立大学→産業医事務所
健康保険:私学共済(診断時)→全国健康保険協会(協会けんぽ)

2013年春に、関節痛、発疹、発熱、陰部潰瘍、下痢が出現。ベーチェット病*が疑われるが診断に至らず。同年秋に症状が悪化し、以後、症状に応じてステロイド内服の開始→減薬→休止を繰り返す。2014年2月に職場の健康診断で乳がんが見つかる。4月に乳房全摘出術を受け、5月にタモキシフェンによるホルモン療法を開始したが10月に肝機能障害・更年期症状等の副作用により中止。以後、半年に1度の定期検査を継続中。2014年10月にベーチェット病不完全型の診断が確定。2015年秋より症状が悪化し、免疫抑制剤内服を開始する。乳がん手術の後遺症により2016年7月にリンパ浮腫を発症。現在は、ときどき起こる関節痛、筋力・体力低下、倦怠感などの症状があり、免疫抑制剤の影響で感染しやすい状態にある。症状をコントロールしながら生活している。
ベーチェット病:慢性再発性の全身性炎症性の自己免疫疾患。口腔アフタ性潰瘍、外陰部潰瘍、皮膚症状、眼症状の4つの症状を伴う。他にも副症状がいくつかある。

・悩んでも解決できないことは一時横に置いておき、重要な選択が必要なときに疲れ切ってしまわないようにする。

・仕事に支障を来さないように、生活上の制限を守って症状コントロールを心がけている。

・理解してもらえる相手には病状をオープンに話してサポートを受けた。

・病気への怖れや偏見がありそうな人にはあえて話さず、協力してほしいときには、理由を伝えずに「荷物運びを手伝ってほしい」など具体的にやってほしいことのみ伝えた。

・就職活動の際には、最低限配慮してほしいことを淡々と伝えた。

病を抱えるとできないことが増えたが、変わらずできることもある

 石井美智子さんは、歯科衛生士の資格を取得した後、より大きなやりがいを求めて看護短大に入り直した。看護師として大学病院で5年間勤務した後、後進の指導に興味を持ち、4年制大学の看護学部に編入。学士号と保健師資格を取得した後、精神看護学(リエゾン精神看護*)に興味を持って大学院に進み、修士号を取得した。大学院卒業後は、がん専門病院で2年間勤務したが、教授に誘われ、2010年から母校の助教として勤務した。
*リエゾン精神看護:精神看護学の知識や技術を用い、身体疾患をもつ患者の心のケアにあたる。患者と医療者、患者と家族、医療者間など関係者の間の橋渡しの役目も担う。

 2013年春、移動する関節痛、発疹、発熱、陰部潰瘍、下痢が出現。ベーチェット病が疑われるが確定診断には時間がかかると告げられる。解熱鎮痛剤でしのいでいたが、秋頃から症状が悪化したため、ステロイド内服を開始。ステロイドは、最初に大量を投与し、症状に合わせて減量していく。20mgを服用しているときに、副作用として買い物衝動、多弁、眠らなくても平気などの精神症状が現れた。

 精神看護の知識があったので、症状を自覚してなるべく周囲に迷惑をかけないように工夫した。買い物衝動は、使う金額を決めてやり過ごした。多弁はそもそも人に会って話をしなければ多弁にならないと考え、人と会う約束を先延ばしするなどした。また、学生の実習指導では話す時間を決めて自分を制御した。しばらくしてステロイドを15mgに減薬すると精神的な症状がおさまったので、助かった。

 当時の上司と同僚へは、病気のことはオープンに打ち明けた。上司は精神看護の教授なのでとても理解があり、よく相談に乗り励まし続けてもらった。同僚も調子がよくなさそうなときには、さりげなく配慮してくれた。

 重いものを運ぶことができないため、机を運ぶなど体力が必要な仕事は同僚に頼み、代わりに記録係など身体に負担はかからないが同じくらいの責任感や集中力が必要な仕事を引き受けるようにした。学生には病気を打ち明けなかったが、力仕事が必要なときには「さあ、みなさん荷物運びを手伝ってください」などと声をかけて手伝ってもらった。

 大学教員は裁量労働制の部分も多く、一定の仕事をこなしていれば勤務時間にしばられなくて済む。朝から晩まで働き続けていたが、通院のために有給休暇を使う必要はなく、「ちょっと病院に行ってきます」と上司に断れば、週1回程度席を離れていても問題はなかった。

 病気のことで、不安に心が揺れることはあった。ただ、考えても解決しないことをぐるぐる悩み続けても、疲れてしまうだけだ。悩みに押しつぶされそうになったときには、頭の中で、怒り、不安、憂鬱、迷いなど、さまざまな悩みごとをいったん箱の中にしまいこんで蓋をして、家の玄関の外に出すようにイメージした。それで悩みがなくなるわけではないが、ぐっすり眠って休養をとれるようになる。精神医療ではよく勧められる方法だ。実践してみると、最初は難しかったが、次第に悩みを一時的にしまい込むことができるようになった。

手術前の検査が大変でも、早まって仕事を辞めないでほしい

 当時勤務していた大学には助教は5年までというルールがあり、発病時は4年目だった。上を目指すには博士号が必要だが、博士号を取れる状況ではない。夜勤のあるような臨床で働く体力もなかった。そんなときに別の大学から声がかかり、「病気があっても構わない」と言ってもらえたため、2014年4月からの転職を決めた。

 ところが転職直前の2月に、職場の健康診断で乳がんが見つかった。転職先には大きな迷惑をかけるが、やむを得ず転職直後の4月に手術を受けることになった。

 手術を受ける前には多くの検査が必要だ。石井さんも退職直前の時期に5回の検査通院が必要だったが、職場は医療関係者ばかりなので理解があって助かった。同僚のがん専門看護師に乳がん治療について相談したり、精神看護が専門の上司にがん告知での精神的なサポートを受けたりすることができた。自分自身もがん専門病院や放射線科の臨床経験があり、これまでの知識や経験が役立った。ただ、自分が患者の立場になると、あらためて気付かされることも多かった。

 石井さんは、がん専門病院で働いていた際、がん診断までの検査通院の多さと仕事の板挟みになって、がんの告知を受けた直後に、心が折れて仕事を辞めてしまう人をたくさん見てきた。職場の理解を得るのは大変だが、がんとの付き合いは長く続く。仕事をしている人は、告知前後の通院と仕事の両立をなんとか乗り切ってがんの告知を受けても早まって仕事を辞めないでほしいと思う。

 ベーチェット病疑いのため、がんの治療にはさまざまな配慮が必要だった。この自己免疫疾患とステロイド治療との兼ねあいで、放射線治療や化学療法に入るのはできるだけ避けたいと考えた。手術は可能だが、何度も受けるのはリスクが高い。そこで、初期だが全摘出術を選択し、再建手術もしないことにした。手術のときにはステロイドカバー*を行った。ステロイドによる創傷治癒の遅延があり、抜糸などが遅れることもあった。幸いがんは非浸潤、ステージ0であった。

*ステロイドカバー:ステロイド剤の投与によりステロイドホルモン分泌が抑制されている患者に対して手術後の急性副腎不全を予防するために行うステロイドホルモンの急性期補充療法。

 手術では10日間入院し、自宅療養を含めて23日間の傷病休暇を取得した。その期間は、傷病手当金を受給した。転職直後に休んでしまったが、連休明けから転職先での仕事を開始した。前の職場と同じ裁量労働制で、通院には支障はなかった。

 ただ、上司に「病気の話はあまり開示しないように」と言われたため、積極的に話をしづらくなった。「4月にいなかったけどどうしたの?」などと質問されれば説明したが、気軽に体調のことを口にできないのは、精神的に苦痛だった。新しい職場では個人的なことに触れない風土があるようで、質問してくる人は多くはなかった。

 2014年にベーチェット病の確定診断がついたため、難病手帳(特定医療費(指定難病)医療受給者証)を申請した。事前に上司に相談したところ、特に反対はされなかったが、病気があまり歓迎されていないように感じた。

困りごとは、さまざまな工夫をして乗り切った

 病気になってでてきた心配ごとや困りごとは、さまざまな試行錯誤をしながら解決策を探していった。考え方として、知りたい情報はその道の専門家に質問して得ること、また、できないことは、自分にしかできないことなのか、代わりはないかと考えるようにした。

 日常生活に影響を与える症状は、さまざまな工夫をして乗り切った。主治医にその症状が数日のものなのか週単位なのか、月か年単位なのか尋ね、状態に応じて代用方法を探した。

自立して暮らしていくには、働く必要がある

 2015年10月にベーチェット病の症状が悪化し、ステロイドに加えて免疫抑制剤の使用を開始したが、すぐには症状が治まらなかった。

 体調がよくない上に免疫抑制剤の影響で感染予防に気をつける必要がでてきた。ちょうど学生の病院実習を担当し、休めず身体がきつかった。休職希望、業務の融通ができないか上司に申し出たところ、病気休暇は復職が前提だが、あなたの病気は治らないので認められない、と言われた。やむを得ず、年度末の2016年3月に退職した。

 退職したものの、生活費と治療費を稼ぐためには働く必要がある。すぐに仕事を探し始めたが、ハローワークで月1~2回の通院が必要だと伝えると、「有給休暇では足りないため、常勤の仕事は難しいかも知れない」と言われた。

 実際に、常勤で勤められそうな仕事はなかなかなかった。正社員をあきらめかけたが、どこにも所属していないことが落ち着かず、堂々と名乗れるような所属先が欲しいと思った。一般的に非常勤では収入が少ないことも問題だった。高額療養費制度を使っても、医療費に年間120万円程度がかかる。経済的に自立するには、生活費+120万円は、最低限稼がなければと考えた。

 そうこうしているうちに、友人から現在の産業医事務所の仕事を紹介された。代表取締役が産業医で、非常勤を入れて従業員数7名という、ごく小さな企業だ。それまで保健師として働いたことはなかったが、ほかには治療を続けながら勤務できそうな常勤の仕事はなかった。保健師の資格を持っていたことが役立った。

 面接では、職歴については詳しく問われたが、病気については「無理のない範囲で具体的にどのような業務ができるか話してくれればよい」と言われただけだった。そこで、病名と、定期受診が月に1~2回必要であること、筋力・持久力が少ないためデスクワークを希望すること、残業は難しいこと、免疫抑制剤のため感染予防が必要なことなどを説明した。

小規模の事業所なので、経営者の判断で融通が利く

 幸い採用が決まり、病気については、さまざまな配慮をしてもらった。

 持久力がないため勤務時間は1日7時間にしてもらった。原則は出社だが、体調と仕事の内容によっては自宅勤務でも構わないとのことだった。

 事務所のエアコンがかなり古く、感染予防が必要なので不安があると話すと、最新のものに買い換えてもらえた。食事で油ものをできるだけ抑えていることを話しておいたら、事務所の会食のときには和食の店にしてもらえた。

 2016年11月から勤務を開始し、現在3カ月経ったところだ。いまは、ストレスチェックの関連作業を行っている。2015年11月から50人以上の事業場にストレスチェック制度が義務づけられたため、精神保健に詳しいスタッフを求めていたようだ。石井さんには、将来的にはうつに関する職場研修の講師役なども期待されているようだ。

 残業しない約束だが、必要になることがある。そんなときには他の日に代休をもらって、身体に負担がかからないようにしている。時間外で仕事がある場合には自宅勤務を活用させてもらっている。通勤に片道1時間15分くらいかかるので、自宅勤務を認めてもらえるのはありがたい。

 通院はスケジュールを調整して、仕事の合間に行かせてもらう。従業員数10人未満の事業所なので、就業規則はない。有給休暇などの取り決めがあいまいなところがあるが、その分、経営者の判断で融通が利くようだ。収入は、大学教員時代に比べると3分の2くらいに減ってしまったが、生活費+医療費の目標はなんとか達成できそうだ。

 病を抱えるとできないことが増えたが、変わらずできることもある。また、病に対する偏見で傷つくことがある一方で、やさしさに心がほっこり温まる機会が数え切れなくあった。石井さんは、病を抱える人はいたわりややさしさを広めることができるのではないかと思っている。

石井さんの事例から学ぶこと

・日常生活の困りごとは、さまざまな工夫をするとかなり対応できる。

・それまでのキャリアの専門的知識、資格、人脈などが、再就職につながった。

・小さな事業所では、経営者の判断で柔軟な対応や配慮を受けられることがある。

難病とがんの治療を続けながら2度の転職をした石井さん。精神的な辛さをはじめとした困りごとに対して、時間をかけ、試行錯誤を重ねて解決策を探してこられました。「知りたい情報は専門家から得る」「私にしかできないことなのか考える」という基本スタンスや、表にまとめられた工夫の数々は、多くの方の参考になるでしょう。減収を伴う現在の職場に転職した際の現実的な判断も、結果的に、融通が利く勤務やご自身のスキルを活かすことにつながっているようです。できること/できないことを見極めること、そして、ご自身の希望をわかりやすく根気よく雇用主に伝えることは、とても重要なポイントだと思われます。

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