「がんと共に働く」プロジェクトがスタートして、3年目を迎えました。プロジェクトの中心メンバーのひとりとして当初から関わってきた、国立がん研究センターがん対策情報センターがんサバイバーシップ支援部長の高橋都氏に、プロジェクトを通してわかったこと、がんと就労の最近の状況、これからの課題などをうかがいました。

高橋 都(たかはし みやこ)

国立がん研究センター がん対策情報センター がんサバイバーシップ支援部長

一般内科医として勤務後、がん患者の生活の質やサバイバーシップに関する研究に従事。罹患後の暮らし全般、特に本人や家族の就労問題に取り組んでいる。厚生労働省「がん患者・経験者の就労支援のあり方に関する検討会」構成員。

--プロジェクトを通して気付いたことや感じたことはありますか。

 何よりも、事例の尊さですね。

 プロジェクト開始と同時に、がんと共に働き続けた事例をWebサイトで募集したところ、これまでに84事例が寄せられました。そのうち12事例については実際に本人にお会いして詳しく取材し、記事にまとめて公開しています。

 このプロジェクトに加わるまでは、私自身も、ある程度体力があって条件が整った方でなければ、働くのは無理だろうと考えていました。しかし、実際に多くの事例を知ると、想像以上に厳しい状況でも働いている方がいるし、会社に貢献できるのだと実感しました。

--両立している方々は、どのように働き続けているのでしょうか。

 取材させていただいた方々は、ご本人や周囲の方々の対応が非常に細やかで、すごく工夫していらっしゃると感じました。また、周囲の人とのコミュニケーションも大切です。面白いことに、ある患者さんは「主治医にずいぶんわがままを言って、自分の都合に合わせてもらった」とおっしゃったのに、主治医は「実は自分も医療者としていろいろ主張したし、譲れない部分は聞き入れてもらった」とおっしゃいました。単に自分の希望を通したのではなく、話し合いや交渉をして、互いに納得がいく落としどころを探していったということでしょう。

 私はよくがん患者さんに「空から支援は降ってきません。配慮を求めるのではなく、引き出しましょう」と話します。必ずしも支援的ではない会社も多いなか、自己努力を強調するのは、ある意味酷なことだと思います。でも、取材したみなさんも、最初から条件が整っていたわけではありません。医療情報も含めた自分の状況を周囲と共有し、何ができて何ができないか話し合い、対応を工夫し、みんなが納得する方法を見つけていっています。

--それができたのは、どうしてでしょうか。

 配慮を引き出している方は、職場によく状況を説明をしていました。加えて、まず自分ができる範囲の対応策を考えていました。例えば、食道がんで声帯を摘出した方は、筆談をするために電子メモや、食道発声法で小さな声で発声できるようになった後には、会議の際は声を増幅する小型のマイクを使用したそうです※。それらの道具は会社から与えられたわけではなくて、自分で工夫されたんですね。そして、それを見た会社の人たちが「声が出なくても案外コミュニケーションできるんだ」と気付いたことは、「おそらく何とかなる」という前向きな対応につながっただろうと思います。
※「事例7 頸部食道がん手術により声帯を失った後、復職

--事例の中には、必ずしもうまくいっていない方もいるようです。

 そうですね。ただ、みなさん、さまざまな工夫をして、粘っています。そういう試行錯誤の例が含まれているのも貴重だと思います。

 昨年、私たちの研究班が行った調査では、仕事を辞めた人の4割が、最初の治療が始まる前に辞めてしまっていました。両立を試す前に辞めるのは、ちょっとあきらめがよすぎるかもしれません。「人に迷惑をかけない」のは一種の美徳ですし、本当に自分の価値観で身を引くのなら、他人が口を出すことではないでしょう。でも、事例を知るうちに、私は「もうちょっとジタバタしていいのでは」と感じるようになりました。みんなが「時間をかけてあれこれ試してみよう」「もっと試行錯誤してみよう」と思えるようになるには、結果的に上手くいかなかったとしても、実際に試行錯誤してみた事例を知ることは貴重だと思います。

--両立事例での医療従事者の対応は、どうでしたか。

 がんと共に働き続けるには、医療従事者の対応は重要だと思います。取材事例では、医療従事者が「仕事は無理」と言ったケースもあれば、働くことを否定しなかった事例もありました。本人の働き方を詳しく知らない医療従事者にとっては、「無理をしないほうがいいですよ」と言ったほうが無難なので、そう言ってしまいがちですが、医療従事者から仕事を続けることを応援してもらえるのは、患者にとっては、すごく励みになると思います。

 ですから、医療従事者が最初の段階で「早まって辞めることはないですよ」と声をかけることは、立派な就労支援です。また、治療スケジュールを詳しく説明し、考えられる副作用とその対応方法といった医療情報をきちんと共有することも大切です。これは、医療従事者に対する研修で広めていきたいと思います。

--がんと就労について、社会環境は変っているのでしょうか。

 制度面では、がんになっても本人の意欲と能力があれば仕事を通じて社会貢献をするという方向に、着実に向かっていると思います。

 2014年度に厚生労働省の「がん患者・経験者の就労支援のあり方に関する検討会」があって、本人、病院関係者、企業、ハローワークなど、いろいろな立場別に、やるべきことが提示されました。ただ、この段階ではまだ少し理念的なところがあったと思います。2016年2月に、厚労省は「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」を公表しました。これは、長期療養者の治療と職業生活の両立に向けて、職場での対応のあり方を企業に対して示すものです。このガイドラインでは、内容がぐっと具体的になったと思います。それでも、人々の意識という点では、がんに対する片寄ったイメージがまだまだ残っています。企業も医療従事者も本人も家族も、いまだに「がんになったらもう働けない」「がんになったら社会貢献など無理」という先入観があります。そこを是正していくことで、社会環境はかなり変るでしょう。

 ただ、世間一般のイメージを変えるには、ある程度の時間がかかると思います。少し前までは、がんは本人に告知しないのが当たり前でした。それが90年代にがらっと変って、告知が普通になりました。でも、それは一朝一夕にそうなったのではなく、10年くらいかかって徐々に変わっていったと思います。世間一般のがんのイメージが変わるには、おそらく同じくらいか、それ以上の時間がかかるでしょう。子どもだけでなく、大人へのがん教育も必要ではないでしょうか。

 企業については、先に紹介した厚労省のガイドラインが、具体的な行動を示しているので役に立つと思います。今後、医療従事者にとって判断の助けになるものも必要だろうと思います。

--実際にがんになったときに、心がけることはありますか。

 働くことを、すぐにあきらめないでください。けっこうジタバタしても大丈夫です。仕事を続けることは難しそうに思えても、ひとまず判断を棚上げしてください。様子を見て状況がわかってきたところで、じっくり相談をして決めればいいんです。そういう時間的な余裕はありますから。

 あなたに働いてほしいと思っている職場の仲間がきっといるはずです。もしそれが期待できなくても、多くの企業で、人事はしっかり従業員のことを考えてくれています。たとえそうででなくても、従業員の解雇は、企業にとっていろいろな意味でリスクを伴うものです。ですから、粘れば交渉の余地はあると思います。

--活用できるリソース(社会資源)は増えますか。

 リソースのさらなる充実も大切ですが、まずは、いま自分が使えるリソースをよく知り、活用できるようにすることが必要です。昨年、私たちの研究班でアンケート調査をしたところ、高額療養費や傷病手当金といった制度自体を知らない方が、大勢いらっしゃることがわかりました。知っている人でも、「どうやって知ったか」という質問には「自分で調べた」という回答が一番多かったことは、衝撃でした。日本のセイフティネットは基本的には申請主義ですから、知らなければ利用できません。知らないと損をしてしまいます。でも、がんと診断されて本当に大変なときに、患者さんが支援制度を一から調べるのは難しく、現実的ではないと思います。

 情報提供については、医療現場が大きな役割を担えると思います。早い段階で、病院関係者から支援情報をお知らせする必要があります。それから、企業でも人事や上司が社内の支援制度をきちんと知らせてあげるようにしなくてはなりません。一方で、そういう情報を得たあとに、これからどうするかを考えるのは、やはり患者さん本人にしかできません。その方の人生ですから、周囲が代わりに考えてあげることはできません。

 ただ、家族、友人、同僚、上司のような周りの人たちは、ご本人がいろいろ考えているときに、「どうしたらいいだろうね」と一緒に考えてあげたり、「こういう考え方もあるよ」と異なる視点を提示してあげたりすることはできます。一緒に考えてくれる存在は、ありがたいですよね。取材した事例では、家族が働くことを止めたりせずに、本人の意志を尊重してくれたケースが多かったと思います。

--時短勤務や在宅勤務といった、企業内の支援制度はどうでしょうか。

 2つポイントがあると思います。まず、がんを特別扱いするのではなく、何らかの働きにくさをもった方が、誰でも利用できる制度にすること。それから、そういう働き方をする人の評価を公正にやることです。時短勤務、フレックスタイム制、在宅勤務、テレワークといった支援制度のバリエーションが増えるのはいいことです。でも、それを運用するときに、周りの納得を得ることが不可欠です。

 企業は、組織としての調和と企業活動の維持を重視します。配慮を考えるときは、病気になった本人だけがハッピーなのではなく、カバーするスタッフも含めた組織としてハッピーにならなくてはなりません。ところが、医師は患者さん個人を相手にしますから、同僚のことまでは考えません。けれども、その人が本当に快適に働くためには、同僚や上司の理解と納得が必要です。医療従事者が、企業の考え方を理解して行動できるようなガイドブックもあるとよいですね。

--今後のプロジェクトについて教えてください。

 まず、これまでの活動を継続し、より充実したものにしていきたいと思います。

 現在、このWebサイトには、多くの事例やリンクなどの情報が集まっています。がんと就労に関してはおそらく日本で一番情報が充実したポータルサイトでしょう。事例は、今後も追加していきますので、新しい応募をお待ちしています。それから、これまでに意見交換会やセミナーなど、それぞれの立場の人が実際に集まって、交流する場を設けてきました。これも、今年度も計画されています。

 これまでの活動にさらに加えるとしたら、企業からのコメントをもっといただけるといいですね。人事や同僚や上司から、「こういうことに困っている」「こんなときはどうしたら」という現場の声を共有できれば、きっととても参考になると思います。

 それから、このプロジェクトのことを、もっと世の中に知ってほしいと思います。せっかく貴重な情報が集まっているので、広く活用していただきたいですね。

事例紹介

「がんと共に働く 知る・伝える・動きだす」では、がんと共に働く事例をご紹介してまいります。

企業レポート

「がんと共に働く 知る・伝える・動きだす」で紹介した、企業の「がんと就労」事例です。

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「がんと共に働く 知る・伝える・動き出す」が開催したセミナーをレポートします。

インタビュー

がんと共に働く、をテーマにしたインタビュー記事を掲載しています。

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