第2回意見交換会(中小企業編)を開催

 2017年1月28日に、京都市のホテル京阪 京都 グランデにおいて「がんと共に働く 知る・伝える・動きだす」2016年度第2回意見交換会(中小企業編)が開催されました。

 今回は、京都府の「京都モデル」ワーク・ライフ・バランス推進企業認証を取得し、2016(平成28)年には京都府子育て支援表彰を受けるなど、従業員の働きやすい環境作りを目指す二九精密機械工業株式会社(以後、二九精密)の取り組みについてうかがった後、一般参加者も交えて意見交換が行われました。その様子を紹介します。

第2回意見交換会(中小企業編)登壇者

勢井 啓介氏(せい・けいすけ)(座長)

森田技研工業株式会社 代表取締役社長。NPO法人AWAがん対策募金理事長。ガンフレンド代表(患者会)。がん対策推進協議会患者委員。徳島県がん診療連携協議会委員。2003年に森田技研工業株式会社を起業。その年にS状結腸がん(ステージ4)に罹患、地元の病院で1回手術(2003年)、その後に国立がん研究センターで2回手術(2004年・2005年)したことがきっかけとなり、ガンフレンドを立ち上げる。患者会での活動を通して、患者支援を目的としたNPO法人AWAがん対策募金を立ち上げる。がん検診率向上プロジェクトとしては、出前講座+大切な方へのメッセージカードを県内の小・中・高の学生を対象に行っている。就労支援としては、患者会で職を失っても仕事をしたいという方々の声があり何かできないかということで、無農薬での小松菜栽培にも取り組んでいる。

二九 宏和氏(ふたく・ひろかず)

二九精密機械工業 代表取締役会長。1963年二九製作所入社。現社号変更時に副社長を経て1992年代表取締役社長に就任。2009年から現職。心臓バイパス手術や様々な病気に罹患したが、いずれも退院後すぐ職場復帰した経験から、早期の職場復帰と会社のサポートの必要性を実感。近年は社員のがん罹患者が続き、現状では社員の生活を守れないと、2016年度に会社が社員の総合医療保険(団体型)に加入。中小企業は人員確保が難しいため社員を大切にし、安心して働ける会社を目指している。

大川 智司氏(おおかわ・さとし)

二九精密機械工業 執行役員 社長室室長。同志社大学大学院(人的資源政策専攻)修了後、約30年間京都の電機メーカーに勤務。人事部門を中心に、総務、経理、経営企画部門を担当。2010年4月二九精密機械工業に入社。経営トップ専権事項や人事部門関連業務を担当。公的委員として京都府最低賃金委員や社会保険委員を歴任。2013年に父親を悪性リンパ腫で亡くす。

廣瀬 正典氏(ひろせ・まさのり)

二九精密機械工業 執行役員 京都工場製造部長。京都学園大学卒業後、京都リコーに技術営業として勤務。二九精密機械工業には1982年に入社。コンピューター数値制御の工作機械に携わり、精密部品の量産化を立ち上げ、八木工場工場長を経て2012年京都工場設立と共に現職に就任。2015年(56才)企業健診で3㎝の肺がんが見つかり、左の下葉全摘、上葉部分切除。術後抗がん剤を3ヵ月服用するも体調を崩し服薬中断。その2ヵ月後に左上葉の気胸が見つかり、胸腔鏡手術にて治療。現在仕事をしながら経過観察中。

京都ワーキング☆サバイバー 代表 前田 留里氏(まえだ・るり) (アドバイザリー)

2006年に医療法人同仁会(社団)に入職。企業健診や産業医契約業務などを担当し第一種衛生管理者を取得。2011年に乳がんに罹患した事で仕事と治療の両立の難しさを経験。働く世代のがん患者・家族に必要な情報、支援制度について相談できる場、支え合いの場の必要性を感じ、2015年9月に社会保険労務士と仕事帰りに集まれる場「京都ワーキング☆サバイバー」を立ち上げる。

若尾 文彦(わかお・ふみひこ)

国立がん研究センターがん対策情報センターセンター長
1986年横浜市立大学医学部卒業。国立がんセンター病院放射線診断部医長などを経て2012年より現職。「がん情報サービス」や「がんの冊子」などを通して、がんの情報の発信と普及に取り組んでいる。

高橋 都(たかはし・みやこ)

国立がん研究センターがん対策情報センターがんサバイバーシップ支援部長
一般内科医として勤務後、がん患者の生活の質やサバイバーシップに関する研究に従事。罹患後の暮らし全般、特に本人や家族の就労問題に取組む。厚労省「がん患者・経験者の就労支援のあり方に関する検討会」構成員。

 最初に若尾文彦センター長から、がんと就労についての背景と、「がんと共に働く 知る・伝える・動きだす」のプロジェクトについて説明がありました。

 「日本では、現在年間86万人ががんにかかり、37万人が亡くなる。2人に1人は一生のうちにがんにかかる時代だ。しかし、いまだにがんはまれな不治の病というイメージがあり、がんにかかったことで離職を余儀なくされる人が多い。

 2006(平成18)年のがん対策基本法に基づいて、2007年に第1期、2012年に第2期がん対策基本計画が策定された。第2期では、働く世代と小児がん対策の強化が重点課題に、がんになっても安心して暮らせる社会の構築が全体目標に付け加えられた。この会は、それを踏まえて医療者と患者さんが協力して、がんになっても安心して暮らせる社会を作ることを目指して開催している。

 2016(平成28)年12月に成立した改正がん対策基本法では、国や自治体が、企業に対してがん患者の雇用継続支援を行うことが加えられた。現在、それに基づき第3期がん対策推進基本計画が検討されている。

 私たちは2014(平成26)年から大企業編4回、中小企業編3回の意見交換会を実施してきたが、今回はじめて東京以外で開催する。京都府は2011(平成23)年にがん対策推進条例を制定し、条例にがんとなった従業員の継続勤務などを謳った事業者の責務を含めるなど、がんと就労について先進的に取り組んでいる土地なので、有意義な意見交換を期待する。

 がんと就労の問題は複雑で、個別の解を見いだすためには多くの事例が参考になる。そこで事例を集めるために、このような会を開催している。参加型プロジェクトとしているので、ぜひ会場からも積極的に発言してほしい。会の内容は記録し、後日ウェブサイトと印刷物にて報告する。さまざまな人がそれぞれの立場でがんと就労について取り組むヒントにしていただければ幸いだ」とのことでした。

 次に勢井啓介座長から、挨拶がありました。

「これまで3回座長を務めてきたが、それぞれの事例が印象的だった。がんは不治の病ではなく早期発見で治療すれば治る。だから、がんになったから離職ということは考えないでほしい。大手企業と中小企業では、やはりできることには違いがあるだろう。今日は二九精密の事例を勉強させていただきたい」とのことでした。

 次に、二九宏和氏と大川智司氏から二九精密の取り組みについて発表があり、廣瀬正典氏から、がんにかかりながらも製造部部長として働き続けた体験が発表されました。それらは別途取材した内容とあわせて別の記事「二九精密機械工業の取り組み」で紹介していますので、そちらをご覧ください。

テーマ1:「がんと就労」両立のために行った配慮や工夫

 二九精密の事例について、テーマごとに意見交換が行われました。

 廣瀬さんが「会長のひとことで仕事復帰へのモチベーションが上がった」という件で、経営者としてそのときの気持ちを問われて、二九さんは「厳しそうに聞こえるかもしれないが、家族のような思いで愛情を込めた。自分は腰痛の手術、心臓バイパス手術、肺の中葉切除手術、胆のう切除手術など、大手術をくぐり抜けてきた。手術すれば治ると信じているので、従業員が入院したら『必ず元気で戻ってほしい』と伝えている。その気持ちをわかってくれて元気につながったのかなと思う」と答えました。

 人事担当部門として、がんと就労についての取り組みを問われて、大川さんは、「自分は会長とは立場が違うので、まず治療に専念してしっかり治してほしいと話す。高額療養費、傷病手当金、短時間勤務制度などの説明もする」と答えました。若尾センター長から「短時間勤務制度は普段から社員への周知をしているか」と問われて、大川さんは「特にしていないが、小さな会社なので短時間勤務の正社員がいることはみんな知っているだろう」と答えました。

 がんの治療をしながら働き続けた経験者として意見を求められて、前田留里さんは、「自分は医療法人に勤務していて、二九精密の産業医契約や企業健診のサービスを担当していたが、当時はメンタルヘルスを中心に考えていて、がん患者の就労問題を産業医に相談するという発想がなかった。二九精密では、会社全体で健康管理も社員とのコミュニケーションもできているため、産業医に相談するまでもなかったのだろう。廣瀬さんの仕事に対する強い意志と会社のサポートはすばらしいと思う」と答えました。

 国立がん研究センター高橋都部長から「『従業員の安心』が、ただの理念ではなく実現されているところが印象的。同時に、廣瀬さんは入院中に生産が滞らないように準備して、事業主、部下、顧客に安心を与えた。今後の議論で、その安心がどういうふうに出てきたのかを教えていただきたい」と感想を述べました。

テーマ2:それを推進していく上で悩んだことや困ったこと

 悩んだことや困ったことはなかったか問われて、廣瀬さんは「仕事では困ったことはなかった。会長のひとことで会社は受け入れてくれると信じて、ひたすら治そうと考えた。病気については、当初人生が終わったように思ったが、主治医が『手術するのは、治る可能性があるからで幸せなこと』と話してくれたので、その可能性にかけようと思った。丁寧に手術してもらったおかげか回復が早く、主治医にお礼を言いたい」と述べました。

 若尾センター長から、「手術後の通勤がつらかったそうだが、他に体力的につらいことはなかったか」と問われて、廣瀬さんは「つらいことはあったが、生活がかかっているので負けていられないと思った」と答えました。

 経営者の立場から困りごとや悩みはなかったかと問われて、二九さんは「自分は最近の医療を信じている。廣瀬は、私の言葉をだしにして、『絶対に帰ってくるんだ』と自分自身に暗示をかけたのではないか。それがよかったのではないかと思う」と述べました。

 若尾センター長から、「廣瀬さんの性格を知っていて、『こう励ませばよい』と配慮したのか」と問われて、二九さんは「できるだけ工場を回って、病気であってもなくても社員ひとりひとりに声をかけている。社員には、たぶん同じように声をかけていると思う」と答えました。

 経営者でありがん患者でもある立場で発言を求められて、勢井座長は、「自分ががんにかかったのは、14年前に48歳で起業して2カ月後くらいだった。最初の手術の後遺症で、尿がでなくなったり便が勝手に出てしまうようになったりして、仕事上とても困った。出張で飛行機に乗るときに便を漏らすとまずいので、客室乗務員に事情を話して、離着陸時以外はトイレを占領させてもらったりした。がん患者が顧客から信頼を得られるのか心配したが、『いままでにないものだが、貴社でなんとか作れないか』といった相談を持ちかけられて、モチベーションが上がった。当時4名ほどだった従業員は、全員がんばってくれた。現在、社員が14人に増え、まだまだ零細だが会社らしくなってきた。将来的には海外進出をしたい。病気になると身体が自分の思うように動かない。経営者としては、『こんな人間がいてもいいのか』ではなく、その人の技量をいかに発揮させるかを考えたことがよかった」と述べました。

 人事部門の立場から意見を求められて、大川さんは「人事は、何かやろうとするとお金がかかるが、投資に見合う成果を具体的に判断しにくい部門だ。入院・手術見舞金制度として、団体用総合医療保険を導入する際も、投資をどう回収するかの説明が難しかった。最終的には経営者の判断と、人材は宝だという考えで実施が決まった。企業にとって大切なものは、人、金、モノ、情報などと言われるが、人が中心ではないか。社員がひとりひとり力をつけていくことで、会社も強くなる」と答えました。

 高橋部長から「コスト負担をどうするかという点は、企業は避けて通れない。どのように考えて決断したのか」という問いに、二九さんは「経営者としては費用対効果を求めるが、今回の医療保険については、従業員の安心という問題が導入のきっかけになった」と答えました。

 高橋部長から「廣瀬さんは入院するときに後継者がまだ育っていないと思ったそうだが、治療のあとで働き方を変えた部分はあったか」と問われて、廣瀬さんは「手術の2日後からメールでやりとりをするのは正直つらかったので、ひとつの仕事を2人以上の人が担当できるようにする多能工化を進めている。例えばインフルエンザで1週間休む社員がいても、納期を1週間遅らせるわけにはいかない。いまは7、8割多能工化ができている。自分が元気な間に、すべて構築したい」と答えました。

 高橋部長から「つらい症状があるときに、職場で工夫していることはあるか」と問われて、廣瀬さんは「自分の仕事を『ちょっとやってくれないか』と頼んだら引き受けてくれる人材の育成に取り組んでいる。たいていは、それでうまくいく」と答えました。

 若尾センター長から「多能工化について、経営者や社員の反応はどうか」と問われて、廣瀬さんは「経営者は、企業として当然と考えていると思う。従業員は、中には反発する人間もいたが、ひとりひとり面談をして説明をした結果、いまはみんなの理解を得ている。話し合うときに『やりたくない人は、やらなくてよい企業へ行けばよい』とも言ったが、最終的にはみんな残ってくれた」と答えました。

 多能工化について意見を求められて、二九さんは「これは廣瀬の担当する京都工場だけではなく、全社的に取り組んでいることだ」と答えました。

テーマ3:中小企業ならではの柔軟な運用

 若尾センター長から「中小企業だからこそできたことはあるか」と問われて、二九さんは「少人数だから早く決断できるということはある。昨今インフルエンザが猛威をふるっているが、昨年はインフルエンザの予防接種を全従業員に行った」と述べました。

 大川さんは「経営層の人数が少なく、3つの事業所は距離的に近く行き来がしやすいため、決定のスピードは速い。上場企業では株主の意見も影響あるが、われわれは株主イコール経営者なので、従業員の顔を見渡しながら決定できる」と答えました。

 若尾センター長から「従業員第一という考え方は、会社創設のときからのものか」と問われて、二九さんは「おそらくそうだ」と答えました。

 ほかの企業で何かに困っている話を聞いていないか問われて、前田さんは「中小企業は人材確保が大変なので、いまいる人をいかにやめさせないかが大事だと聞く。大企業では、何かあったときに人事が産業医を呼んで、産業医と面談をして、復職のプランが立てられて、定期的なフォローが受けられてといったルートがある。中小企業は、産業医と契約はしていても、うまく取り入れられていないことが多い。二九精密でも産業医が必要ないくらいうまく回っているが、廣瀬さんも自宅療養3日で職場復帰するのは大変だったのではないか。もし産業医と話していれば、もう少し違う復職の仕方があったかもしれない。もっと産業医を活用していただければと感じた」とこたえました。

 「がんになったことを会社に伝えることに躊躇はなかったか」と若尾センター長に問われて、廣瀬さんは「いきなりの告知で驚いたが、会社への報告は正確にする必要があると思った。入院のプランも含めて上司にすべて包み隠さず説明した」と答えました。

 社員とのコミュニケーションをする環境作りについて問われて、二九さんは「わが社は良くも悪しくも同族会社で家族的な雰囲気だったが、最近規模が大きくなってそうもいかなくなってきた。昨年と今年の新入社員は、顔と名前が一致しなくなっている。それでも、できるだけ工場にでかけて声をかけ、コミュニケーションしやすい雰囲気作りを心がけている」と答えました。

 若尾センター長から「短時間勤務制度は、家族のように大切に思うから働きやすい環境を作るということか」と問われて、二九さんは「それもあるが、従業員が持つスキルの高さを早期に回復できることは会社としてメリットがある。新たに採用すれば、ゼロから教育が必要だ。社員のほうも短時間勤務をさせてもらっているという思いから、効率よく仕事をしてくれていると思う」と答えました。

 新しい社員の採用に苦労しているかと問われて、大川さんは「採用は順調で、定期採用では昨年は15名が入社し、今年は7名が入社する予定だ。中途入社も月に1、2人採用できている。食事をした店でアルバイトをしていた学生など、小さなきっかけで知り合った大学の先生や学生とのつながりを広げていくようにしている。採用のための費用はあまりかけていない。ハローワークの担当者には個別にお願いして誘導してもらう。ただ、誘導されてきた人の中には優秀でも志望動機が弱く辞退されることがある。自分から二九精密を選んで来てくれる人は、長く続くとわかってきたので、会社のことをよく説明して自分で選んでもらう。それが定着率にもつながっていると思う」と答えました。

 高橋部長から、「自分が短時間勤務をすることは考えなかったのか。今後、がんになった部下への働き方のアドバイスはあるか」と問われて、廣瀬さんは「自分は、がんになっても働ける見本となるためにやった。部下が同じ立場になったときには、自分の経験をもとにアドバイスをしながら、負担がかからない仕事のやり方を進めようと思う。そのためには周りの協力が必要なので多能工化を進めているし、人事に人員補充の要請もしている。部下にがんになってほしくはないが、もしなったときにはどういう体制を取れるかを常に考えている」と答えました。

 高橋部長から「短時間勤務以外に病気の治療と仕事を両立できる制度や工夫はないか」と問われて、大川さんは「病気になったら産業医の相談が受けられる。就業規則では6カ月の休職期間が満了したら基本的に退職することになっているが、会長の判断で、メンタル疾患で8カ月休んで復帰した人がいる。就業規則でも最終的にトップが決めるとあるため、柔軟な判断が可能だ。ただ、働く上で公平性は必要で、ノーワーク・ノーペイを軸に据えておく必要がある」と答えました。

会場を交えての意見交換

 次に会場の参加者からの質問や意見が求められました。

 がん患者の就労支援をしている社会保険労務士(以後、社労士)の男性から、「がんに罹患した社員の復職希望に応えたい経営者は多いが、前例がないと何をしてよいかわからないという。何かアドバイスはあるか」と問われて、二九さんは「オーナーの家族であればどうするかと考えて判断することが大事だ」、大川さんは「ベストな答えを見つけることは難しいが、『これはベターな方法か?』と考えれば、『もう少し違う方法があるのでは』と思うので、ベターな方法を探すといい。どんなことでも最初ははじめてなのだから、前例がなくてもやればいい。それから、最近では有給休暇の理由を聞いてはいけないことになっているが、自然に本当のことを言える会社なら、病気になったときも本当のことをきちっと話せるだろう。その人の背景を周りが十分理解していれば、新しいことをやっても理解を得られるし、それを制度にすることもできる。そうやってまた仕事に戻ってもらえることが会社としては大切だ」と答えました。

 別の社労士の男性は、「自分は神奈川県でがん相談支援センターの社労士派遣モデル事業で、就労相談を受けている。その体験からも今日の話からも、働く意欲の種火をいかに社員に燃やし続けさせるかが重要だと思った。二九会長の言葉は、廣瀬さんの種火に空気を送って燃え上がらせた。印象深かったのは、会長さんが自身で大病の経験があるためか、観念的にならずに話していることだ。経営者に、がんは不治の病といった観念があると対応が違ってしまう。安心と言葉で言うのは簡単だが、二九精密はそこに心を入れている。だから、従業員も心で返そうとするのだろう。しかし、こういう安心はなかなか伝えにくいと思う。それをどう現場で伝えるようにしているのか」と質問しました。

 二九さんから、「従業員の安心だけではなく、顧客や協力会社の安心がある。従業員が安心した環境の中で物作りをするから、いい品質のものを納期どおりに納められる。その関連性が3つの安心になって、いまの二九精密がある。いろいろな仕事も個人的なつきあいも、通じあう会話力があって、顧客とも協力会社ともうまくいくのではないか」と答えました。

 医療を提供する立場という男性から、「自分はいろいろな大企業の産業衛生スタッフと話をしてきたが、大企業は非常に恵まれている。今日の、中小企業ならではの柔軟な運用という話は非常に参考になったが、産業衛生スタッフとの接点が見えなかった。症状を具体的に産業衛生スタッフや病院関係者と持つための連絡シートの活用などは考えなかったのか。もし産業医が遠くにいるのなら、がん相談支援センターを利用できなかったのか。滋賀県では、がんを告知するときには必ず『あなたはいますぐ辞める必要はない』と話す。入院は痛みを取って退院するためにするのではない。入院のときから、退院後のことが始まっている。そういう心構えでやっているのだが、それについてお教え願いたい」と発言しました。

 二九さんから「これからは、産業医に相談したい」と回答がありました。

 若尾センター長から、「一般的に医療者と会社の連携がまだまだできていないということで、厚生労働省が昨年2月に出した『事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン』には、主治医と職場が連絡するための様式例が掲載されている。こういうものも活用していただきたい」と紹介がありました。

 自分も患者だったという経営コンサルタントの男性から、「日本の就労者数が圧倒的に減少していく中で、製造業は生きていけるのかという問題がある。大企業はいろいろな制度があって、そのこと自体はいいが、イレギュラーなことが起こると回らなくなってしまう。今日の話で、中小企業には家族のようなつきあいといった無形資産があって、ルールはなくてもなんとかしようとすれば回るのだなと思った。それなら日本の将来も明るいとほっとした」と発言がありました。

 若尾センター長から「大企業の中にも、ルールがないところは運用や配慮でカバーしようとするところはある」とコメントがありました。

テーマ4:今後、どのように考えているか

 最後に、今後の展望について問われて、二九さんは「いまは特にないので、もしこんなところが不足しているという提案があれば教えてほしい」と答えました。若尾センター長から、「今日の話で出たように、もう少し産業医の活用を今後考えていただけたらありがたい」と発言がありました。

 勢井座長が「今回の話で心に残ったのは、多能工化だ。顧客に迷惑をかけず、企業にメリットがあり、従業員もいろいろな技術を覚えられる。ウィンが3つ重なる方法を自分も今後考えていきたい。

 二九精密では障がい者雇用率が法定以上で、障がい者が働き続けるためにアシスト器具を作った話(二九精密機械工業の取り組みより)は、素晴らしいと思った。どこからそういう考えがでてきたのか教えてほしい」と発言しました。

 それに対して、大川さんから「どの人も一生懸命働きたいと思うので、働けるようにするにはどうするかを考えた。アシスト器具については、金属加工では金属を削ったあとに削りくずを風で吹き飛ばす作業がある。左手の力が弱い人は製品を右手で持ちながら左手で空気を送る装置を使えなかった。そこで、足で踏んで空気を送るアシスト器具を廣瀬が作ったところ、その人は健常者と同等以上に仕事ができるようになり、いきいき働いている」と説明しました。

 最後に高橋部長が挨拶として、「中小企業の産業保健を専門にする友人から『両立支援の肝は、どんな規則を作るかとか、どう運用するかではない。病気などで多少の働きづらさがあっても、この貴重な人材にどう働き続けてもらうかと考えることだ。そう考えると、アイデアはでるものだ』と聞いたことがある。まさにその通りの言葉がいま大川さんから出たことに感動した。これが100年続く企業の種火なのかなと思った。がんになったから、治ることが難しいから働けないという考え方は、古くなっている。いまは、再発してからでも年単位で、場合によっては10年以上、普通に生活ができる。今日、ここに集まった縁を大事にして、情報交換を続けていければと思う」と締めくくりました。

ご来場頂いた皆様から貴重なご意見を頂きました!

第2回意見交換会(中小企業編)会場アンケート結果

本日の意見交換会は?

9割近くの方に「役にたった」とお答えいただきました

本日のご感想をお聞かせください。今後とりあげてほしい事例や話題・論点などがあれば、お書きください。(一部をご紹介しています。また、読みやすいよう加筆や修正などをしています)

・がんと就労に対して、今まで中小企業側からの意見を聞いたことがなかったので、とても勉強になりました。 それから、社員に医療保険をかけるという考えはとても参考になりました。ありがとうございました。

・初めて参加させて頂き、「がんと共に働く」ということを深く考えた事がなかったのでとても参考になった。

・働き方が多様化する中にあって、介護や育児などの問題と同様に「がん患者」の就労ということに前向きに取り組んでおられる方や組織がたくさん存在することを初めて知りました。自分自身が7年前に大腸がんに罹患し、会社の経営を続けているが、このような機会をもっと社会に知らせていくべきだと感じました。

・健康企業を目指すには、職員が安全で安心して働く事が出来る職場の環境整備を行う事が企業の使命であり、職員一人当たりの健康管理に対するコストを、計画的に事業に取組んで行く事が大切である。政策コストの考えを持たなければならない。

・会社では総務部長をしています。これまでがんにかかった社員、家族との関わり方に悩んでいました。今回の交換会を聴請し、がんは治る、復帰できる病気であるというスタンスで私達は接するべきだという意識を持つことができました。

・いい意味での産業医の活用をもっと行いたい。「がんと就労」という意味ではなく「病気と就労」のような話が多かった。もっと”がん”に対しての具体的事案を聞いてみたかった。

・発表された企業の理念が、就労のサポートにつながったように思いました。がんと診断を受ける前の職場のコミュニケーションや人間関係が、就労継続をすすめる上でとても重要なことであると感じます。

・様々な立場の方の考えを聴くことが出来ました。「従業員が自分の家族だったら」は大切な考え方です。

・企業の対応はそれぞれの規模や資金マンパワーによって異なる。事例を参考にして導入するのは厳しい。もっと少人数の小企業であり、財政的に余裕のない事業所を事例として紹介して欲しい。

・ディスカッションされた内容については大変参考になった。質問は出来ませんでしたが、長時間労働の抑制に対する取り組みが強化されるなか、労働強度が当然上がり、残業縮減による経済面への影響と課題は山積みになると考えます。産業医と就労現場との日常的なコミュニケーションについて好事例があれば、何らかの形で開示頂きたい。

・企業と産業医との関わりの重要性について改めて認識させて頂いた。また、経営者のハートと従業員の意欲が前提とされていると感じました。

・二九さんの経営方針に感動しました。「安心」と何度も口に出されてました。これはがん経験者の社員のみならず、介護や育児で会社に遠慮しながら働かざるを得なくなっているケースも目にしますが、「安心」できる環境があると、そういう人たちも自信をもって働けることでしょう。私は「がんと就労支援」で表彰を受けた会社(分類上大企業)に勤めていますが、制度・システムは整備されていますが、社員が周りにいる該当社員に冷たい視線を送る悲しい場面を見ることも少なからずあります。全社員に経営トップの「気持ち」を伝えるのは難しいですね。

・がんだけでなく、子育て世代でも、気持ちよく休ませてもらえたら、その分頑張ろうと思えるので、投資は回収できると思います。二九さんの様な会社が増えるといいと思いました。

・二九さんのような中小企業の取り組み事例の重要性を認識した。中小企業によって様々な取組みが行われる社会づくりが必要。

事例紹介

2016年度、「がんと共に働く 知る・伝える・動きだす」では、がんと共に働く事例をご紹介してまいります。

  • 難病に乳がんを併発し、大学教員、小規模事務所など2度の転職を経験 2013年春に、関節痛、発疹、発熱、陰部潰瘍、下痢が出現。ベーチェット病が疑われるが診断に至らず。同年秋に症状が悪化し、以後、症状に応じてステロイド内服の開始→減薬→休止を繰り返す。2014年2月に職場の健康診断で乳がんが見つかる。4月に乳房全摘出術を受け、5月にタモキシフェンによる・・・
  • 企業レポート2 企業レポート2 二九精密機械工業の取り組み 京都に本社を置く二九精密機械工業(ふたくせいみつきかいこうぎょう。以後、二九精密)は1917年に創業し、今年100周年を迎える老舗企業。開業当初の仏具製造業から機械加工を行うようになり、現在は金属加工を中心とした精密機械部品加工やβチタンパイプの製造を行っている。血液分析計の注射針や内視鏡のパーツなど、約60%がメディカル関係の製品だ。
  • 事例6 肺腺がんの治療の傍ら、広告会社営業部長の業務を継続 2015年8月末に職場の健康診断で肺に影が見つかり、10月に肺腺がんステージIIIBと診断される。右下葉に2.3センチの原発巣があり、縦隔、両鎖骨上リンパ節に転移、右腸骨に転移の疑いあり。手術や放射線治療はできないため、11月上旬より通院にて分子標的薬アファチニブ(商品名ジオトリフ)の服用を開始。副作用が強く出たため、当初の1日40mgを2016年6月ごろより30mg、・・・
  • 事例5 小児がんの後遺症を抱えながら就職し、上司、産業医のサポートにより業務を継続
1988年、2歳のときにウィルムス腫瘍(腎芽腫)と診断される。抗がん剤治療と放射線治療の合併症のため慢性腎不全となり、腹膜透析、人工透析を経験。1991年に5歳で父親から提供され生体腎臓移植。寛解し、通院と服薬を継続しながら通学、就職。2014年に27歳で慢性腎不全を再発。人工透析を経て、・・
  • 事例4 大腸がんを治療の傍ら、勤務を継続  2011年4月に上行結腸がんが発見されて手術を受けた後、約半年、12クールの抗がん剤治療を実施。2014年11月に腹膜播種で再発。手術後、約半年、12クール抗がん剤治療を実施。2015年9月に右外腸骨リンパ節に再発、手術。2016年2月に右鼠径部リンパ節転移により、手術。同年5月に傍大動脈リンパ節に再発。
  • 事例3 悪性リンパ腫を治療の傍ら、自営業を継続 2008年2月、びまん性大細胞型B細胞性非ホジキンリンパ腫(肺原発、ステージIVb)と診断される。約4カ月間のR-CHOP療法を受けた後は経過観察となり、2013年に完全寛解。2014年秋に脳転移のため入院し、2週間間隔でメトトレキサート・ロイコボリン救援療法を6回受けて退院。
  • GISTを治療の傍ら、個人事業所にて勤務を継続 2012年6月に外陰部腫瘍の摘出手術を受け、病理検査でGIST※と診断される。3カ月後に断端部位を除去するために再手術。経過観察中の2014年8月に局所再発。2015年1月に摘出手術を受ける。同年4月に分子標的薬の服用を巡ってセカンドオピニオンを求めるうちに、遠隔転移(腹膜播種、胃と副腎の間の腫瘤など)が・・・
  • 事例1 直腸がんを治療後、がん相談支援センターの就職相談を利用して転職 2012年に直腸S状結腸部がん(ステージIIIa)の告知を受け、11月に腹腔鏡下手術により摘出。半年間(6クール)の術後補助化学療法を受ける。その後、再発は認められず、現在は経過観察中。フリーランスのときは、仕事先との長年の人間関係があったため、病気のことを正直に話して理解を得た。長期療養者等就労支援モデル事業(当時)によるがん相談支援センターの・・・
  • 企業レポート1 生活協同組合コープみらいの取り組み
生活協同組合コープみらいは、2013年にちばコープ、さいたまコープ、コープとうきょうの3つが合併してできた。宅配、店舗等を中心に事業を行い、事業高3800億円、組合員数325万人。正規職員3000人、パート・アルバイト職員10500人が働いている。理念は「CO・OP ともに はぐくむ くらしと未来」、ビジョン2025(2025年の目指す姿)として・・・

セミナーレポート

「がんと共に働く 知る・伝える・動きだす」が開催した意見交換会の模様をレ ポートします。

  • 第1回意見交換会(大企業編)を開催 2016年10月26日に「がんと共に働く 知る・伝える・動きだす」2016年度第1回意見交換会(大企業編)が、東京築地の国立がん研究センターにて開催されました。
  • 第1回意見交換会(大企業編)を開催 2016年10月26日に「がんと共に働く 知る・伝える・動きだす」2016年度第1回意見交換会(大企業編)が、東京築地の国立がん研究センターにて開催されました。

セミナーレポート

2016年6月に「ヒューマンキャピタル2016」の併設セミナーとして開催された「ヒューマンキャピタル2016・セミナー 『がんと就労』企業でできるがん対策 ~コープみらいのきめ細かい復職支援制度から学ぶ~」の模様をご報告します。

  • 『がんと就労』企業でできるがん対策 ~コープみらいのきめ細かい復職支援制度から学ぶ~ 2016年6月に東京国際フォーラムにて、企業の人事・組織戦略・人材関連サービスのための専門イベント「ヒューマンキャピタル2016」が開催されました。その中で、6月10日に実施されたセミナー・・・

インタビュー

がんと共に働く、をテーマにしたインタビュー記事を掲載しています。

  • 想像以上に厳しい状況でも、働けると実感 「がんと共に働く」プロジェクトがスタートして、3年目を迎えました。プロジェクトの中心メンバーのひとりとして当初から関わってきた、国立がん研究センターがん対策情報センターがんサバイバーシップ支援部長の高橋都氏に、プロジェクトを通してわかったこと、がんと就労の最近の状況、これからの課題などをうかがいました。

2015年度の取り組み

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意見交換会レポート

第2回意見交換会

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セミナーレポート

ヒューマンキャピタル2016・セミナー

「がんと共に働く 知る・伝える・動きだす」では、趣旨にご賛同頂いた企業様のご協賛を募集しております。
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