ITpro Special 次世代を担うスーパークリエータたち〜IPA未踏ソフトウェア創造事業の開発者にインタビュー〜

ITpro Special 次世代を担うスーパークリエータたち〜IPA未踏ソフトウェア創造事業の開発者にインタビュー〜

 IPA(独立行政法人 情報処理推進機構)では,個人または数名のグループを対象として,優れたソフトウェア開発者を発掘・支援する「未踏ソフトウェア創造事業」*を2000年度から行ってきた。年齢を問わない「未踏本体」と,28歳以下の若手開発者を対象にした「未踏ユース」の2つのコースがあり,ソフトウェア開発者の登竜門ともなっている。そのなかでも特に優秀であると評価され,「天才プログラマー/スーパークリエータ」と認定された4人の開発者に,開発の苦労などをインタビューした。

*「未踏ソフトウェア創造事業」は,2008年度より,新たに「未踏IT人材発掘・育成事業」に変更される。これは,未踏ソフトウェア創造事業で培ってきたノウハウを継承しつつ,人材育成事業の観点から,事業の再編を行うものである。

物理ベースのレンダリングを柔軟性を持って行えるアーキテクチャの開発

未踏ユースを超えた注目の俊英

 上野康平氏は,未踏ソフトの応募当時はなんと17歳。現在は千葉大学理学部に在籍している。

 上野氏のソフトウェアは,3次元コンピュータスのレンダリングソフトウェアだが,従来のものとは発想がまったく異なる。

 「グラフィックスの描き方には2つあります。1つはアニメのキャラクターなどで使われる『非物理レンダラ』で,人間が経験則で描く古典的な方法です。それに対して光学計算などに基づいて厳密に描くのが『物理ベースレンダラ』です。この2つをミックスさせたのが,私が開発を進めている『nytr』(ニトロ)です。アーティスティックな非物理レンダラと,正確で写実的な物理レンダラを組み合わせたうえで,分散処理の並列レンダリングも実装しました」(上野氏)。

『nytr』描画例
上野氏の『nytr』(ニトロ)による描画例。非物理レンダラのエフェクタ部分と,物理レンダラを合わせて描画できる

 上野氏は28歳以下の若手を対象とした「未踏ユース」だが,評価をした東京大学大学院教授の竹内郁雄氏に「若手の未踏ユースを超えた文句なしのスーパークリエータ」と言わしめるほど,この『nytr』は大きな注目を集めている。

 もともとはパソコン少年だった上野氏にとって,レンダリングに興味を持ったのは自然な流れだったという。上野氏は,自分の原点を次のように語った。

 「小学生の時に家にあったワンボード・マイコンの「TK-85」(TK-80の後継機種)で遊んでいました。それからPC-8001シリーズでN88-BASICをいじるようになって,自分でRPGもどきを作ったりしていました。その頃にどうやったらキレイな絵を描けるか,ということに興味が湧いてきたんです。レンダリングの論文を読んだりしてすっかり夢中になり,それが今の『nytr』に発展しました」。

上野 康平 氏

 そんな上野さんにとって,IPAの「未踏ソフトウェア事業」は,一種あこがれのコンテンストだったそうだ。

 「未踏ソフト出身者には,Rubyのまつもとゆきひろ氏をはじめとして,尊敬するプログラマがたくさんいらっしゃいます。応募したの大きな動機は,そこに挑戦してみたいというものでした。未踏ユースに選ばれてからは,開発者が集まる合宿や発表会が大きな刺激となりました。ほかの人の発想から学ぶことも多く,開発者同士のコミュニティに参加できたことが大きな収穫です」(上野氏)。

 『nytr』の開発で分散レンダリングを手がけたことから,今後は分散処理・並列計算にも力を入れていきたいという。将来は,「まだハッキリ決まっていませんが,研究を続けるか,もしくはベンチャーとして事業化することも考えています」(上野氏)。いずれにせよ,今後も3Dグラフィック界に関わっていくつもりだという。

OTHERS IPA認定の「天才プログラマー/スーパークリエイタ」たち」

「表現手法『Live2D』および『キャラクタ作成システム』の開発」

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 中城氏が開発をしている「Live2D」(未踏応募時は「3D+」というコードネームで開発)は,2次元のキャラクターを3D化せずに自然にアニメーション化できるソフトウェアだ。

■2次元のマンガを自然にアニメーション化

 中城哲也氏は,京都大学工学部を経て印刷関係のソフトウェア開発会社の株式会社ジーティービーに就職。現在は株式会社サイバーノイズを立ち上げ,IPA未踏ソフトウェア事業に選ばれたキャラクタ作成システム「Live2D」などを事業化している。

 イラストやマンガのキャラクターは,当然ながら最初から2次元だけで描かれている。例えば頭がギザギザの髪型は,2次元では成り立つが,3次元の構造物としては考えられていない。CGアニメーションにするには,今までは無理矢理3次元のモデルを作って動かしていた。

 「『Live2D』では3D空間上にモデル化するのではなく,2D映像を構造化してそのまま動かします。まゆ毛・目・口・鼻といったパーツを,2D構造の中で動かすことによって,自然なアニメーションを作成できるシステムです」(中城氏)。

「Live2D」のエディター画面
「Live2D」のエディター画面。目や口などのパーツごとに動作を指定して,2次元の画像からアニメーションを作成できる(画像をクリックすると、拡大表示します)

 中城氏は,子供のころから絵を描くのが好きで,画家になろうと考えたこともあったという。プログラムに興味を持ったのは,自宅にパソコンがあったためとのこと。「小学校の頃から父が持っていたPC-8001をいじっていて,BASICでプログラムもどきを書いていました。その経験もあって,ジーティービーでは似顔絵を作るプログラムを開発したこともあります」(中城氏)。

 そんな中城氏も前述の上野氏と同様に,IPAの未踏ソフトに選ばれたことで,合宿やオフ会・発表会など,開発者同士のコミュニティができたことが大きいと語る。「開発者同士の出会いが大きな刺激となります。また未踏ソフトに選ばれて開発費を援助してもらえたことで,1年間安心して開発に集中できました。また,IPAという公的機関による評価によって,ビジネス面でも大きなメリットがありました。今後はアバター事業などに挑戦していきたいと考えています」(中城氏)。

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「Sequential Graphics:臨場感を描画するソフトウェア」

 櫻井氏の「Sequential Graphics」は,従来までのペイントソフトのように紙の上での絵を模倣・再現するのではなく,PC上でしか生まれない臨場感のある描画ができるペイントソフトだ。

■PCでしかできない臨場感のある描画ソフトを開発

 櫻井稔氏は,東京芸術大学美術学部デザイン学科に在籍しながら,ペイントソフトの開発をしている。このユニークなソフトが生まれたきっかけは偶然だったという。

 「着想当時,マウスの軌跡をを変化させるプログラムを書いたところ,非常に面白い質感が生まれました。プログラムに触れながら,その質感から新しい面白さを見つけることが,紙や粘土で作品を作る際の感覚に非常に似ていたのを覚えています。その感覚を突き詰めていったのが『Sequential Graphics』です」(櫻井氏)。

「Sequential Graphics」での描画例
「Sequential Graphics」での描画例。PC上でしかできない臨場感のある描画になる(ここからYoutube動画にリンク)(画像をクリックすると、拡大表示します)

 従来までのペイントソフトは,紙面上での筆跡を再現するものだ。それらとの違いを,櫻井氏は次のように説明する。

 「ペイントソフトが現実世界を模倣している以上,紙面上での表現の臨場感には及ばないのではないかという限界を感じていました。そこでこのソフトでは現実世界を模倣するのではなく,PC上でしかできない独自の表現方法があるはずだと考え開発をしています。このソフトの特徴は,動画でも静止画でもないキャンバスにあります。ループ状につながったアニメーションフィルムを常に回し続け,そこに描画することで,描画した線の位置や勢いなどを記録します。描く経過を重視し,描くという行為自体を作品にするわけです」。

 未踏ソフトに選ばれたことで,大学側からも高く評価されたという。さらに,次のように続けた。「自分のこれからの先の道が開発によって明確になりました。また未踏ユースでの同期メンバーとの繋がりも有意義で,彼らはと一生涯どこかで関わり続ける気がしています」(櫻井氏)。

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「問い合わせ学習を用いた自動操作ソフトウェア“子猫の手”の開発」

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 近藤氏は,人間の操作意図を理解して確実に自動化ができる自動操作ソフト「子猫の手」を開発している。

■人間の操作意図も再現する自動操作ソフト

 従来までの自動操作ソフトは,ウィンドウの位置がズレただけで操作できなくなったり,自分でプログラミング作業が必要だったりした。誰でも簡単に使える自動操作ソフトとして開発されたのが,『子猫の手』だ。このソフトでは自動化したい操作をやってみせて,次にソフト側からの操作の意図・目的を問い合わせる。

 「例えばチェックボックスをクリックする操作をした後に,これは『チェックボックスをONにする』のか,それとも『チェックボックスでクリックする』のか? という目的を明確にします。このように人間の意図を,問い合わせによって記録することで,より確実に自動操作できます」(近藤氏)。

「子猫の手」の設定画面
「子猫の手」の設定画面。問い合わせ画面でユーザーの目的・意図を記録することで,正確な自動操作を可能にしている(画像をクリックすると、拡大表示します)

 開発で大変だったのは,ユーザーが何を操作しているかをリアルタイムで情報を収集する仕組みを構築することだったという。「特にWindowsを解析しなければならないような処理が非常に多く要求されたため,調査や実装に時間がかかりました」(近藤氏)。

 近藤氏も,未踏ソフトに選ばれたことでほかの開発者と知り合えたことが一番のメリットだと言う。「高い技術と向上心,はっきりとした目的意識を持った尊敬できる人たちがたくさんいて,とても刺激を受けました。今後,技術者として生きていくうえで大きな糧になっていくと思います」(近藤氏)。

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 4人のスーパークリエータにインタビューしたが,異口同音に口にするのが,「開発者同士のコミュニティに参加できたことが刺激になった」ということ。発表会や合宿・オフ会といった集まりが,ソフト開発に刺激を与えるだけでなく,将来の進路や事業化を考えるきっかけにもなったようだ。

 これら未踏ソフトウェア創造事業の成果展示や,オープンソース・ソフトウェア,ソフトウェア・エンジニアリング,高度IT人材育成などの講演・パネルディスカッションを行う「IPAX2008」というイベントが,2008年5月27日(火)・28日(水)に東京ドームシティ・プリズムホールおよび東京ドームホテルで行われる。未踏ソフトウェア創造事業のクリエータもブースを出展するので,興味のある人は行ってみてはどうだろうか。

IPAX2008

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