

東京大学生産技術研究所第三部講師、助教授を経て、現在、同教授。2003年より同所戦略情報融合国際研究センター長。文部科学官、大連理工大学客座教授。データベース工学、並列処理技法、Webマイニング、大規模ストレージ、超大容量地球環境デジタルライブラリ(1ペタバイト)に関する研究に従事。文部科学省特定領域研究「情報爆発IT基盤」領域代表、経済産業省情報大航海プロジェクト顧問、初代情報大航海コンソーシアム会長を務める。現在、情報処理学会副会長。関係データベースの生みの親である故Codd博士(IBM)の名を冠したACM SIGMOD Edgar F Codd Innovation Awardをアジアで初めて本年授賞。
喜連川 私たちが「情報爆発」という科研費(科学研究費補助金)のプロジェクトを文部科学省に申請したのが2004年、翌2005年に認められてプロジェクトが始まりました。米国のサイバーフィジカルシステム(CPS)の最初のワークショップは2005年に開催されています。一方、経産省の「情報大航海」プロジェクトは2006年にコンソーシアムを立ち上げ、翌年からプロジェクトが始まりました。そこには、人類が創り出す情報が爆発的に増大し、それを活用することで今までになかったまったく新しいサービスが生み出される面白い時代に入ったという認識が、いろいろなところで同じころに生まれたことを物語っていると感じます。新しいことが起こるためには環境の変化が必要ですが、「情報爆発」は文字どおり情報が桁違いに増えることを意味し、これは大きな環境の変化です。これをチャンスとしてとらえ、どう変革に役立てていくかという観点が必要になってくると思います。
森本 情報の爆発的な増大は主にインターネットで、データのアップロードがダウンロードと同じ速度で可能になったことが大きいと思います。これにより、多くの人が大量の良質なデータを活用できるようになりました。ただ一方では、活用する、しないの格差は拡大しているのではないでしょうか。そのギャップが大きくなっている中で、情報を利用しやすい形で提供していく、コンシューマビリティー(可用性)という問題が重要になっていると考えています。

赤阪 企業レベルで見ると、この数年で情報活用に関する意識はだいぶ変わってきているように思います。競争力の源泉は技術力や優秀な人材ですが、情報をうまく活用することで生産性の向上を図ろうとする企業も増加しています。企業の役員クラスの方とお話をさせていただくと、「情報の収集、分析はルーチンワーク化しがちで、それが業務に組み込まれると社員の時間をどんどん奪っていく。情報収集・分析の結果がどれくらい活用されているか実態がつかめていない」という声を伺うことがあります。その意味で、情報活用のリテラシーを上げていくことが極めて重要になっていると見ています。
森本 情報を活かすためには、活用するという意志と戦略が必要です。データを眺めていれば戦略が出るわけではなく、「こうしたい」という意志がなければなりません。そして、その意志は戦略と密接に関わっています。日本企業はそういった点があまり得意ではないのではないかという気がしています。
喜連川 戦略の立て方、意志の持ち方を含めて産みの苦しみを味わいながら一緒に考えていくプロセスが重要で、それをIBMに期待しているのではないでしょうか。日本企業を強くするには、そのプロセスに丁寧に取り組んでいくことが必要だと思います。
赤阪 データの活用という観点では、経営層だけでなく中堅管理職や現場レベルでもオペレーショナルな形で活用をしています。そこで重要になるのがPDCAサイクルを回していくことです。例えば、予算を立てて、目標値を作り、実績値をとっていく。そこで予算と実績の間に大きな乖離が生まれた場合、その問題点を現場に考えさせてアクションプランも含めて報告させる。それを繰り返し行っていくことで情報を活用するリテラシーが養われていきます。
森本 IBMの研究員はお客様企業に伺い、毎日のオペレーションで生まれる大量のデータの使い方でお客様が気づかれていない部分を明らかにし、見える化し、最終的に活用できる段階までレベルを上げる活動もしています。なかには毎週5日間、お客様のところへ伺っている研究員もいます。その中で工場に行った研究員が1日中、サプライチェーンの議論を聞きながら数理分析のモデルを作り、お見せしたところ高い評価を受け、ここから長期のプロジェクトが始まったこともありました。お客様企業では、高度な情報の分析、活用により新たな知見を得ることができることが驚きだったようです。

喜連川 定常的なオペレーションからヒントを得るのは大切ですが、どんな未来があり得るのかを考えることも重要だと思います。米国はGDPの15%ほどを医療費に充てていて、その引き下げのためにEHR(電子健康記録)やPHR(生涯型電子カルテ)などが検討されています。そこで行われるカルテやレセプトの電子化は、病院で支払うコストの削減には効果があります。しかし、病気にかからないようにするためのプロアクティブな対策にはなりません。
そこで情報大航海プロジェクトでは、2008年度から始まった「特定健康診査(メタボ健診)」に対するITの活用を考えています。メタボ健診の対象者は全体で2,000万人ほどになりますが、その指導は健保組合や自治体の責任で、一人ひとり問診していくとたいへんな数の医師や保健師が必要です。最近では加速度センサーの精度が非常に向上しているので、それを身に付ければ1カ月間の運動量が分かり、エビデンス(検証結果)にもとづいた健康指導が可能になります。そして、リアルタイム解析がさらに発展すれば、「自宅の駅に近づきました。今日は運動不足ですからひと駅前で降りて歩きませんか?」などのレコメンデーション(分析結果から得られた情報を活用したサービス)ができるようになります。そうすると運動量が増えると期待され、薬を飲んだのと同じ効果が生まれ、これを「情報薬」と呼んでいます。実際に予備的な実証実験を行いました。
森本 確かに、そうした発想や考えは日常的なオペレーションのレベルからは生まれてきません。かなりの飛躍が必要です。
喜連川 もうひとつ強調しておきたいのは、情報爆発の活用例を話しておりますと、多くの人はすぐに「見える化」だとおっしゃいます。しかし、生み出される情報量は今までの10の3乗ないし、4乗ぐらいは増え、今までとはぜんぜん次元が違うレベルになっています。これは、従来の見える化という言葉の範疇を越え、観測可能な領域がとてつもなく大きく広がった「超観測」だと思います。
赤阪 企業の日常業務の中でも、今までは不可能だと考えられていたことが技術の発展によって大きな可能性が出てきています。例えば、銀行は顧客との間にさまざまなチャネルを持っています。顧客はホームページで金融商品を調べたり、インターネットバンキングで送金する。あるいは、コールセンターに電話して商品を照会したり、営業店の窓口で投資信託を契約したり、預金をする。これらの行動はいずれも銀行にとってはたいへん貴重な情報で、それを組み合わせることができれば、顧客の問題解決や商品提案などのヒントが生まれます。ところが組織的に、またシステム的に連携する仕組みになっていないことが多かったのではないでしょうか。最近、コールセンターの通話ログを分析するツールの技術的な向上がめざましく、しかも実用レベルで提供できるようになりました。こうした技術も活用しつつ、複数の情報を連携させて、顧客に最適な商品提案を行うための支援ができるようになってきています。
森本 研究レベルではテキストマイニング、データマイニングからさらに一歩進み、さまざまな形で行われる売買や人の移動データなどヘテロジニアス(異種・異質)な情報を集め、分析することにより、シナリオや潜在的なリスク、そしてオポチュニティー(機会)を探し出すことが可能になっています。このような技術的なアプローチは、例えばマネーロンダリング対策のための手法として使われています。また、テキストマイニングでは、生命保険の支払い請求に対して不払いが起きないように、申請データと実績データを照合させてチェックする仕組みの研究も進んでいます。
さらに将来を見据えた、より広い範囲での研究も進められています。例えば、二酸化炭素の削減が急務になっていますが、現在の段階では事業所単位でしか排出量を把握することができません。これをさらに「車1台ごと」というようにミクロで、しかも時間ごとにダイナミックに変化する量を予測することができるようにするための研究が行われています。また現在、電気自動車(EV)の開発が進められており、近いうちに実用化されると見られています。EVは電力を使うだけでなく、自分で作り出した電力を売ることができます。そこで、売電時の入金や充電時の売電金額との相殺などを細かく行うためのマイクロトランザクションや固体認証などの研究にも取り組んでいます。
喜連川 情報活用という観点から、日本企業が強くなるような法制度改革に取り組むことが重要だと考えています。著作権法が改正され、2010年1月から検索エンジンによるwebページの一時記憶が認められるようになります。今までは法的にできなかったので、検索エンジンのサーバーを海外に置いたりしていました。これによって、遅まきながら日本でも検索エンジン・ビジネスをやれるようになり、今後は日本で検索エンジンを開発するための基礎ができました。技術の進展とともに、法制度を機動的に見直していくことが不可欠と考えます。次に問題になるのは個人情報の取り扱いです。個人情報保護法によって個人情報の目的外利用は厳しく禁止されています。しかし、個人情報保護法には、「個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利利益を保護することを目的とする」とあり、その有用性にも積極的に目を向けていく必要があると思います。
赤阪 私は以前、金融関連企業に勤めていましたが、当時は営業活動といえば、電話帳の上から順番に電話をかけていく、非常に効率の悪いやり方でヒット率も極めて低いものでした。しかし、現在のようにグローバルなレベルに市場が広がる中では、そうしたやり方では効率的に顧客に最適な商品を提案していくことはできません。そこで、さまざまな情報を活用し、市場や顧客行動の分析をすれば、顧客のニーズを明らかにして将来を予測することができます。それによってヒット率を大きく上げることが可能になるわけです。今までは「とにかく多く打席に立つ」という頑張りが大切だったわけですが、コスト削減の時代においては情報を有効活用して、「打率を上げる」ことが重要になってきます。また、リスク管理においても事前に事態を予測し、対応策を先回りして打ち出すことにより、まさかの場合のダメージの軽減につながります。ですから積極的に情報を活用して、今までと同じ努力で今まで以上の成果を上げ、競争力の強化に役立てて欲しいと思います。
森本 かつて企業にあるデータは紙の書類で保管されている場合が多かったのですが、最近はほとんどがデジタル化されています。それは研究員から見れば「宝の山」で、何かを探り出すことができる状況があちらこちらにできつつあります。そのような状況があれば、ぜひ私たちにご相談いただき、“一緒にその宝の山から潜在的な価値をみつけていきましょう”と呼びかけたいと思います。
