先が見えないからこそ、勇気が出せる

転機は32歳だった。
東京大学で医学博士号を取得した後、
黒川清はアメリカ東部のペンシルバニア大学に留学した。
医局の階段を一段一段上がり、最後には教授の座につく
──留学はそんなお決まりのキャリアパスに箔を付ける手段だ
と見られていた時代だった。
黒川は、しかし、伝統あるエリート大学というイメージとは
かけ離れた自由な校風に圧倒され、魅了されてしまう。
ノーベル賞受賞者も含む一流の研究者たちは若手を独立させる
ための支援を惜しまない。
若手を手足として使う日本とは大違いだ。
臨床の腕から患者との接し方までを多面的に医者を
評価する方針も肌に合っていた。
アメリカでやっていきたい。
そう決心した黒川はアメリカの医師資格をとるため
猛勉強を始めた。30代後半のことだ。
昼間は研究に没頭し、
真夜中、空き時間を見つけて勉強を続けた。
「黒川はアメリカで医者になれなかったら帰ってきた」
帰国して、そう言われるのも悔しかった。
そして、とれる資格はすべて取った。
今、黒川は強く思う。先のことなんて予測できない、
人生にはいろんな選択肢があると。
「そのことを日本の若い人たちに伝えたいね。
将来ある若者をつぶさないこと
──それは僕たち上の世代の責務だと思う」

HUBLOT -The Are of Fusion-

王の時計

王の時計
ウブロは、創業した1980年のバーゼルフェアで高級品であるゴールドのウォッチケースとカジュアルなラバーストラップとを組み合わせた時計を発表し一大センセーションを巻き起こした。欧州ではギリシャのコンスタンチン元国王が、スペインのファン・カルロス国王に贈るために購入されたことをきっかけに、王族に愛用者が広がった。そのため「王の時計」とも呼ばれ、スウェーデンのグスタフ国王やモナコ公国のアルベール公など、欧州の王侯たちがプライベートだけでなく、公式の場でも着用している。
日経ビジネス発行人

渋谷の時計眼

スケールの大きな人だ。多方面に張り巡らせたアンテナと知的好奇心。日本社会を見る目が正確なのは発想が地球規模だからだろう。高い信頼性と常識にとらわれない斬新なデザインを誇るこの時計が黒川さんと重なって見えた。

クラシック フュージョン ゴールドセラミック

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