2016.11.04
文=川井直樹
新しいビジネスを生む企業連携のトレンドは、農業の分野にも押し寄せている。IT企業のNECと世界的な建機メーカーのコマツが石川県の小松市農業協同組合(JA小松市)とタッグを組んだ「こまつ・アグリウェイプロジェクト」が進行中だ。このプロジェクトは、小松市の特産品であるトマトの栽培や加工品の開発をJAと企業が連携して展開しており、現在はトマト栽培でのICT導入フェーズを迎えている。
「こまつ・アグリウェイプロジェクト」は、小松市の農業生産性のさらなる向上や人材の育成を目的にした取り組みで、農業の6次産業化を進め、小松市の農業の付加価値も高めようというものだ。
JA小松市と地元の製造大手コマツ、自治体の小松市が協定を結び、「まず収穫したトマトのピューレ化やトマトカレーなど加工品開発を行い、次にその原料となるトマトの品質向上や収量アップをめざしました」(JA小松市営農部園芸課・西村誠課長)。
これまで、品質向上や収量拡大を支えていたのは生産者の経験や勘だった。しかし、こうした技術を高めていくためには、経験と勘に頼っていた部分をデータとして明確にする必要がある。そこでコマツが提案したのが、NECのICTクラウド技術の活用だった。
ここで使われている技術は、センサーや端末からのデータをネットワークを介して集約するNECのソリューション「CONNEXIVE」を、施設園芸の環境監視に活用したものだ。ビニールハウス内部の温度や湿度、炭酸ガス濃度、日照などをセンサーで測定し、データをNECのクラウド上に収集。収集したデータはグラフの形でパソコンやスマートフォンで確認できる。そのため遠隔地にいても、ハウス内の環境をリアルタイムで把握することが可能だ。そのデータを基に、生産者はハウス内の換気や潅水(かんすい:植物に水を供給すること)を行うという仕組みになっている。また、営農日誌も搭載しており、農作業の計画・実績や農薬散布の回数・量などを、ウェブブラウザー上から登録・確認できる。
トマト生産者でJA小松市夏秋とまと部会長でもある本田雅弘氏は「ITを使うことでトマト栽培がどう変わるのかに興味はありましたが、資金面で難しいのではないかと思っていました」と話す。コマツが資金の提供を申し出たことで、NECの技術を活用した連携プロジェクトが走り出した。
JA小松市がプロジェクトへの参加を呼び掛けたところ、5人の生産者から反応があった。30代から40代の若い生産者たちだ。その中の1人、神田誠氏は「ICT導入に関心はありましたが、情報が少なく、自分たちが活用するイメージが湧きませんでした」と話す。実験的に事業を開始したのは、2014年のことだった。
この仕組みのメリットについて、生産者が異口同音に指摘するのが、センサーの情報を収集し蓄積することで“見える化”された点だ。データはクラウド上で管理され、逐次スマートフォンなどに送られてくる。
「離れた場所にいてもハウスの状況が分かるようになりました」と生産者の辻徳和氏は話す。同じく生産者の一人、北大輔氏は「ICTを導入する前に比べて、こまめにチェックするようになり、逆にハウスに行く回数が増えました」と笑う。
プロジェクトのスタート後に加わった橋本拓朗氏は、「栽培に関する本を読んだり、他の生産者に聞いたりしてチャレンジしました。ICT活用で経験不足を補えると考えました」と参加の理由を明かす。
NECの農業ICTクラウドサービスで得られたデータを活用することで、これまでには分からなかった新たな知見を手に入れることもできた。例えば「飽差」もその一つ。ハウス内のセンサーで計測した温度と湿度のデータを数式に当てはめると、1m3あたりの水蒸気の許容量を示す「飽差」が割り出せる。この「飽差」が、トマトの生育と品質に大きな影響を与えることが分かったという。
農業ICTの目的の一つは、これまで「経験と勘」にたよっていた農産物の育成を標準化・マニュアル化すること。これによって生産者の作業が楽になれば、若い世代などの農業参入を促せる。成果は今後、徐々に出始めるだろう。
ただ課題もある。標準化に関して、参加した生産者の加藤晃一氏は「全体的な標準化には時間がかかる」とみている。農業は年ごとの気候条件で収量が変化するからだ。また、生産地域やハウスの置かれた場所によっても、日照時間や温度などの条件が変わる。「プロジェクがスタートしてまだ3年目なので、長期間にわたって効果を見ていく必要があります」と西村課長も指摘する。
今回の農業ICTクラウドサービスを提供したNECは、農業分野でのICT技術のニーズの高まりを受けて、この分野への進出を強化している。もともと同社は社会ソリューション事業に力を入れており、その中核領域の一つであるビッグデータ事業の強化を進めてきた。農業ICTクラウドサービスは、ビッグデータ関連の最先端技術・製品・サービスを体系化した「NEC Big Data Solutions」の一つに位置づけられる。「こまつ・アグリウェイプロジェクト」はその取り組みの成果だ。
現在のサービスは、データをクラウド上に蓄積して通知するところまで。将来は、データの変化に応じて自動的にハウス内を換気したり、潅水したりといった段階にまでさらに発展させたいのが「こまつ・アグリウェイプロジェクト」に関わる関係者の熱い思いだ。
JA小松市園芸課の新瀧裕弥氏は、「6人の成果や情報を得て、ICT化に関心を示す生産者は増えています」と話す。こうしたプロジェクトの成果が、これからのICT化の流れを決めていくことになる。
石川県南加賀農林総合事務所農業振興部農業振興課の山田幸信主幹は、「石川県では稲作をはじめ、他の作物でもICT化が重要だと考えており、その研究も行っています」と話す。ICT化に伴うビジネス機会の拡大は進んでいくだろう。業界の垣根を越えた連携が、そのカギを握るのは言うまでもない。